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日蓮大聖人・池田大作

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アルゼンチン代表者会議 「太陽の仏法」の大光を全国土に

1993.2.15 スピーチ(1993.1〜)(池田大作全集第82巻)

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3  アルゼンチンのことわざ「太陽は皆のために昇る」
 ところで本日は、大聖人御聖誕の記念日(二月十六日)を前に、歴史的な代表者会議となった。
 大聖人は仰せである。
 「日輪・東方の空に出でさせ給へば南浮の空・皆明かなり大光を備へ給へる故なり」──太陽が東方に昇ったならば、南閻浮提なんえんぶだい(世界)の空は皆明るくなる。太陽が大光を備えておられるからである──。
 ひとたび太陽が東天に昇れば、その大光はあまねく全世界を照らす。
 同様に日本に聖誕された大聖人の「太陽の仏法」は、全地球の全民衆を赫々かっかくと照らし、妙法の大慈悲の光を降り注いでいく。
 そしてこの大聖人の仏法の世界性、普遍性を見事に証明してくださっているのが、アルゼンチンの皆さまの活躍である。
 アルゼンチンと日本は、ちょうど地球の反対側に位置し、距離的には最も離れている。そのアルゼンチンの皆さまと、「御聖誕」の記念日をお祝いすることを、大聖人はどれほどお喜びであろうか。
 アルゼンチンのことわざに「太陽は皆のために昇る」と──。
 大聖人の「太陽の仏法」は「平等の仏法」である。大聖人は「皆のために」──末法万年のすべての民衆のために、大法を説き残された。堕落した聖職者のためなどでは絶対にない。
 とともに、信仰している、信仰していないによって、人間を偏狭に差別するものでもない。
 どうかアルゼンチンの皆さまは、心広々と、太陽のように明るく、アルゼンチンの全国土、全民衆に希望の光彩を送っていただきたい。
4  アルゼンチンの皆さまには、満々たる「やる気」がみなぎっている。万事において積極的である。まことに力強い息吹をたたえている。
 貴国のことわざにも「何かができる環境にある人よりも、やる気がある人のほうが、事を成就する」「意志は力なり」「やる気があればチャンスは見つかる」「決して希望を失うな。どんなに深い穴でも綱が届くから」などとある。
 その意味において、皆さま方の「燃える心」が、どれほどの大偉業を成就しゆくことか。私は胸躍る思いである。
5  「自分の『一念』がそのまま人生となる」
 人間は、なかんずく信仰者は、自分の心の決めた通りに、人生を開いていくことができる。
 南米各国を解放した、アルゼンチンの大英雄、サン・マルチンも常に自分に言い聞かせていたという。「なるべき人にならなければ、なんの意味もない」と。
 「一念三千」の法理は、偉大なる「一心の妙用みょうゆう」を説き明かしている。わが「一心」「一念」の鍛えによって、限りなき″知恵″と″力″を自在に発揮していく。そして自分も幸福になり、人をも幸福にしていく。そこに大聖人の仏法の精髄がある。
 信心の「一心」は微妙である。その微妙な一念の違いが、全宇宙に反映し、百八十度、異なる結果となって現れる。
6  貴国の人間主義の大詩人・アルマフェルテの言葉に「時には、『偉大なる運命』が眠っている場合がある。それを呼び覚ますのは『苦悩』である」と。
 「煩悩即菩提」である。「問題」や「悩み」をもっていない人は一人もいない。そういう一家もない。地域もない。
 要はどうすれば、それを解決できるかである。「悩み」を越えた向こう側にある「勝利」に向かって、知恵をしぼり、努力を重ねることである。″もしも″こんな悩みがなければ──と夢を見ているだけの生き方は敗北の生き方である。
 ″どうすれば″その課題を乗り越え、価値と勝利に変えていけるか──常にその前向きの努力をなす人が「勝つ人」である。
7  「自信」が大切である。「確信」が力である。
 イギリスの詩人・ブレイクの詩にこうある。「太陽も 月も 自分を疑ったとしたら その瞬間に光を失うだろう」
 自分を信じているからこそ日月も輝いている。「確信」こそ赫々たる「栄光」への燃料である。
 ″人間は自分の「一念」通りの人生を生きる″″自分の「一念」が、そのまま「人生」となる″──この真理を、見事なる勝利の劇で証明する「名優」であっていただきたい。
 また、周囲にも「自信」をもたせる「励ましの人」であっていただきたい。
 これからともに、永遠の「黄金の日々」を楽しく刻みましょう。
 最後に、アルゼンチンの皆さま、お一人お一人に、限りなく福運あれ、栄光あれ、凱歌あれと申し上げ、記念のスピーチとさせていただく。

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