Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第1回全国青年部幹部会 「新しき世紀」を「新しき力」で

1988.1.9 スピーチ(1988.1〜)(池田大作全集第70巻)

前後
15  いつの世にも、時勢に迎合し、正義の人に卑劣な攻撃を加える者は、後を絶たない。
 しかし、誇り高き魂は弁解しない。いちいち反論することもない。なぜか――。
 そうした卑しい人間を相手にすれば、自分自身を同じ低次元にまで下げてしまうからである。シェニエも、また、そのことをよく知っていた。
 彼がギロチンで処刑されたその日、衣類などの遺品の包みに隠されて、最後の日々の獄中詩が、ひそかにシェニエ家に届けられた。その中に、次のようにある。
  ペテン師にかかったら
  優雅、貞淑、饒舌な美しい女性が
  中傷の的になるのは承知のこと。
  
  あなた達が、あの卑しい男を
  声とはいえば、ごく低く、しかし、調子は恐ろしく
  卑劣、ならず者、下郎などと
  気高い口ぶりには似合わない雑言でののしったならば
  それこそ彼らの思う壷になるのです。
  
  連中にはふさわしいが、あなた方らしくない。
  これらの連中とあなた方とでは言葉が違う。
  彼らの真似をしたら、汚い侮辱が
  正当化されてしまいます。
 人のことをあげつらってばかりいる人間は、所詮どんな立派な人のことも悪口するものである。くだらない悪口など、放っておきなさい。同じ低次元にまきこまれては、彼らのねらいに乗ったことになる。誰が何といおうとも、自若じじゃくとして、わが魂の気高さを守りぬけば、それでよいのだ――と。
 シェニエの遺言とも受けとれる痛烈な詩句である。
16  次元は異なるが、大聖人は、佐渡でしたためられた諸法実相抄に、「日蓮をこそ・にくむとも内証には・いかが及ばん」と仰せである。
 余りにも有名な一節であり、いかに大聖人を憎み、迫害しようとも、御本仏としての赫々(かっかく)たる御境界は、はるか彼らの思いもよらぬ高みにあるとの師子吼ししくであられる。
 私どもは、御本仏の誉れの門下である。ゆえに、卑しきキツネのごとく人をごまかす者達が何をえようとも、歯にもかけず、堂々たる「我が道」を獅子王のごとく歩み通していただきたい。そこに人間としての正しき生き方の真髄もあるからだ。
 また熱原の法難の際の聖人御難事には、「からんは不思議わるからんは一定とをもへ」と。私が常に胸に刻んできた御聖訓である。この仰せを深く強く拝するがゆえに、いかなる怒涛どとうをも私は悠々と乗り切ってきた。
 この「覚悟の一念」もまた、諸君の未来を照らす大切な要件であるにちがいない。
17  すばらしき一日、一年、一生を
 ともあれ、イタリアの同志の真心の歌「ある晴れた五月の日のように」は、青春の誇り高き魂の調べである。
 さらに、五月といえば、私どもにとって胸の高鳴りゆく月でもある。
 立宗七百年を目前にした昭和二十六年(一九五一年)五月三日。雲ひとつない、青く美しく広がりゆく天空のもと、我が恩師・戸田先生が会長に就任されたからである。
 そしてまた同じように、陽光輝くこの月この日――私も第三代の使命のバトンタッチを受けた。三十二歳の青年であった。
18  私どもは、正しき信仰という無上の「希望の源泉」を持っている。ゆえに、いかなるよこしまな泥沼のごとき現実社会にあっても、我が胸中には、いつも「美しき五月の青空」が広がりゆく″幸の大王″でありたい。また″幸の女王″であっていただきたい。
 そして、何があろうとも、さわやかな「そよ風」と「光」を心に感じ、楽しみながら、心豊かに妙法を唱え、詩歌を口ずさみゆくような素晴らしき「一日」「一日」でありたい。また同じく素晴らしき「一年」「一年」を、そして悔いなき素晴らしい「一生」を送っていただきたい。
 最後に、輝く二十一世紀に向かいゆく青年部の限りなき「前進」を願い、また「使命」と「信念」を持って進みゆく諸君の前途を祝賀し、その意義のうえから提案しておきたい。
 すなわち一九八八年の本年を「創価学会青年世紀の年」の第一年と決めてはどうか。そして明年を第二年とし、十二年後の二〇〇〇年までを「学会青年世紀の年」と銘打って、前代未聞の「広宣流布の上げ潮」と「自らの成長」と「偉大なる連帯」を、見事に、そして壮大につくり上げていっていただきたい。
 このことを切に願い期待して、本日の記念のスピーチとさせていただく。

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