Nichiren・Ikeda
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日蓮大聖人・池田大作
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第3章 助け合い支え合う絆
「21世紀への母と子を語る」(池田大作全集第62巻)
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「衆生所遊楽」の人生を
平川
すべては自分の一念なのですね。
私の長年の知り合いで、埼玉で障害をもったお子さんを懸命に育て上げ、和楽の家庭を築いてきた方がいます。
結婚して初めて生まれた息子さんが、脊椎に障害があり、三歳まで生きられるかどうかと医者から言われた。そこで、お母さんは、「この子を死なせてなるものか。絶対に信心で乗り越えてみせる」と奮起されました。
お子さんを連れて折伏にも歩き、「その子が治ったら、また来てよ」と冷たい言葉を浴びせられながらも、決して退かなかった。
その後、小学校で息子さんが障害のことでいじめられ、「お母さん、僕が生まれてきてよかった?」と聞かれた時には、「もちろんよ。あなたが生まれてきて、お母さんは、本当に幸せだよ」と、思わず抱きしめたそうです。
息子さんは、そんなお母さんの思いに応えるように、中学でも懸命に勉強に励み、その姿をじっと見ていた担任の先生は、卒業式で「僕が感動している生徒がいる」と言って、涙を流しながら息子さんのことを紹介されるほどだったといいます。
藤野
お母さんの強い祈りと励ましがあればこそ、息子さんも頑張られたのですね。
平川
私もそう思います。
お母さんは、「体の障害に負けて、心の障害をつくらせない」「つらさに負けない強い心を」と、ずっと息子さんのことを必死に祈ってこられたといいます。
そして、八六年に池田先生が三郷文化会館を訪問された時に、「感傷に涙する婦人部ではなく、太陽のごとく明るく前を向いてね。強く生きるんだよ」と激励していただいたことが、何よりの支えとなった、と。
息子さんは今では、立派な社会人として、また地域では男子部の副部長として元気に活躍されているそうです。
この前も息子さんが、「おふくろ。学会の先輩がよく俺にいろいろ“頼んだよ”と言うけど、俺が障害者だっていうこと、みんな忘れてるんじゃないか」と笑っているのを聞いて、くじけずに頑張り抜いてきて本当によかったと語っておられました。
「一つひとつの経験が、お金では買うことのできない財産となり、何があっても負けない心を築くことができました。この信心にめぐりあえたことを感謝しています」との言葉を聞いて、私も感動しました。
池田
それはよかった。本当にうれしい。
法華経には「衆生所遊楽」という言葉がある。
この「遊楽」とは、“うわべの楽しみ”とか“うわべの幸福”のことではありません。仏法でいう「遊楽」とは、生活の中で、現実の社会の中で、自分を輝かせ、自在に乱舞していくことを意味しています。
あたかも“波乗り”を楽しむように、人生の苦難さえ「喜びに変え、「希望」に変え、人生そのものを、太陽のごとく気高く、燦然と光り輝かせていく生き方なのです。
仏法の「誓願」という、菩薩の生き方は、自分で誓い、使命の人生を勝ち取っていく――そこに本領があります。
戸田先生は、よく言われていた。
「われわれの姿は、“貧乏菩薩”や“病気菩薩”のように見えるが、それは人生の劇を演じているんだよ。正真正銘の地涌の菩薩なんだ。人生の劇なら、思い切って楽しく演じ、妙法の偉大さを証明していこうではないか」と。
子育てにも同じことが言えるでしょう。
お子さんの病気、勉強のこと、進路のこと、悩みはさまざまあるかもしれない。だが、それを全部、家族が幸福になるための「財産」なのだととらえて、一歩でも前に進む人が、本当の「人生の勝利者」です。
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