Nichiren・Ikeda
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日蓮大聖人・池田大作
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1 季羨林博士の業績
「東洋の智慧を語る」季羡林/蒋忠新(池田大作全集第111巻)
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古い言葉と新しい言葉を分類
池田
まず、この「てい談」を、釈尊や『法華経』をめぐって展開していきたいと思います。
「釈尊が、どのような言葉を使っていたのか」「釈尊やその弟子たちが、どんな言葉で語りあい、仏教の真理を広めていったのか」という問題は、私どもにとっても、最大に関心のあるところです。
また「釈尊の肉声」と「『法華経』などの大乗経典」との関係を考えるうえで、大きな手がかりとなるでしょう。季羨林先生にぜひ、おうかがいしたいところです。
季
どうぞ、どうぞ。私の知識の及ぶ範囲であれば、喜んで、お答えしたいと思います。
池田
なんと言っても、季先生は「仏教の言語」に関する世界的権威ですから。
先生は長らく、ドイツのゲッテインゲン大学に留学されました。世界の一言語学、仏教学の中心となってきた大学です。この大学で、故ヴァルトシュミット教授に学ばれたのですね。教授は、サンスクリット学、仏教学の泰斗であられた。
季
そうです。しかし、第二次世界大戦と時が重なりあっていたので、ヴァルトシュミット教授が一時兵役につかれたこともありました。
そのときは、もう引退されていたジーク教授が、トカラ語やサンスクリットを教えてくれました。ジーク教授はトカラ語の世界的な権威だったのです。
池田
ドイツのインド学、東洋学の研究者の層の厚さ、伝統の大きさがしのばれます。季先生の、お仕事にも、ドイツ伝統の、厳密でがっちりした知的営為の積み重ねが感じられますね。
さて、「釈尊が使った言葉」をさぐるうえで、まず「初期の仏教経典がどのような言語で書かれていた」か。これが重要な鍵となります。季先生は、この問題を長く研究しておられますね。
季
そのとおりです。
池田
たとえば、前章で紹介しましたが、『マハーヴァストゥ』についての画期的な業績があります。
この経典の言葉に「古い部分」と「新しい部分」が含まれていることを発見された。新しい部分は紀元後四、五世紀のものまで含まれているようですね。
季
そうです。私は、この経典に使われている「アオリスト」(動詞の変化で、過去を表す時制の一つ)に注目して、新しい層、古い層の二層に分けたのです。
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経典成立時期の推定基準
池田
つまり、古いか新しいかを推定するための「目印」を発見されたわけですね。すばらしいご研究です。
要約すると、こう言えるでしょうか。
目印である「アオリスト」は、新しい層ーーいわゆる標準的な古典サンスクリットでは、あまり使われていない。古典サンスクリットというのは、大文法学者バーニニ(前五~前四世紀)と、その注釈家たちによって整備された言葉ですね。
一方、古い層、古い文体では、ほとんど唯一の過去時制であるかのごとく、非常に、ひんぱんに使われている。
季
おっしゃとおりです。
蒋
一九六年から六五年まで、私は幸いにも季先生のもとで、古典サンスクリット、仏教混淆サンスクリット、パーリ語を学ばせていただいたのですが、五年にわたる研鎖と長年の研究を通じて、私は、季先生の仏教混淆サンスクリットにおける偉大な研究成果に心から敬服しております。
季先生は、仏教経典の「アオリスト」に論及したさい、次のように指摘されています。
「一般的には、旧文体では、アオリストは数量的にはほとんど圧倒的な比率を占め、新文体では、その他の過去時制の形がこれに代わり、完了形が代わって用いられる場合が最も多く、過去分詞も少なくない」と。
池田
なるほど。そこで、「アオリスト」という「目印」を、この経典(『マーヴァストゥ』)にあてはめると、「アオリスト」が多く出てくる部分は、古典サンスクリットの影響が少ない「古い時代のもの」であると。そして、「新しい部分」は、古典サンスクリットの影響を受けて成立した。このことを、季先生が論証されたのですね。
蒋
そうです。そして、季先生のこの結論、法則は『マハーヴァストゥ』にあてはまるだけではなく、『法華経』にも完全にあてはまるものです。さまざまな梵文『法華経』の写本研究にもとづき、私は、自信をもって断言できます。
これらの季先生の結論は正しく、のちの学者が新しく発見された文献を使って検証したとしても、それに十分耐えうるものだと考えます。
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