Nichiren・Ikeda
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精神的な不安とはかなさ
「古典を語る」根本誠(池田大作全集第16巻)
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1 根本 男女の交渉や結婚などの風習も、まったく違いますから。
池田 美人の標準も違っているようです。(笑い)
池田亀鑑博士の要約によると、当時の美人の条件は、色が白く、小柄で、下ぶくれの、どちらかというと肥っているほうがいいらしい。『源氏物語』中の醜女は、背が高くて、痩せていて、鼻が大きい。その典型が鼻の先端が赤い末摘花(すえつむはな)という女性(池田亀鑑編著『源氏物語事典』東京堂出版)ですね……。
根本 現在でも共通の条件もあるが、八頭身とか、グラマーとか、フアニー・フェイスとかは、あまり好まれなかったようです。(笑い)
とくに髪の長さ、美しさが強調されていますね。身長にあまる髪が誉められている。
池田 衣服を何枚も重ねて着ているわけですから、身体の線は露でない。それで顔と髪、衣装に美を凝らしたのですね。
根本 とても活動的な、健康な生活とは言えませんね。
池田 そうです。
それは王朝の人々が内面的なものへ眼を向けることになった、一つの要因ではないかとみたい。行動範囲が狭く、いつも室内に垂れこめている生活は、どうしても運動不足になる。
それに、王朝というと、非常に華美をきわめた生活のように想像しますが、今から言えば、はなはだ質素なものだった。嗜好品なども、乏しい。コヒーも煙草もない(笑い)。栄養もじゅうぶんとは思えない。住居も開放的で、病気に罹りやすかったでしよう。
根本 王朝への憧れが、いささか醒めかけてきました。(笑い)
池田 おそらく、平均寿命も短かったでしょう。
『源氏物語』の人物の死の場面は、どれも強い印象を刻みつけますが、とくに女性は短命のようです。早世がめだちますね。
ちょっと調べてみても夕顔は十九歳、葵上は二十六歳、六条御息所は三十六歳、藤壷中宮は三十七歳、紫上は四十三歳、宇治の大君は二十六歳で死んでいる――といったぐあいです。
「若菜」の巻で、光源氏の四十賀の祝いが行われ、それが物語の大きな展開の節になっているのですが、その盛大さを見ると、四十歳という年齢が、人生のサイクルの一つの極点だったのではないかと思えてならない。
根本 現在では、還暦はもちろん、喜寿でも、まつたく珍しくなくなっていますがね。
池田 まあ、文学的効果から言ったら、ヒロインたちがあまり長命なのも困るでしょうね。(笑い)
だが、実際的見地から言うと、王朝文学に漂う精神的な不安、はかなさの意識は、たぶんに閉ざされた、貧しい不健康な生活ぶりや、寿命の短さなどからきているとも考えられる。
根本 なるほど……。
池田 また『源氏物語』の人物は、よく泣きますね。読んでいてあきれるほど、じつにしばしば涙を流す。うれしいにつけ、悲しいにつけ――万事について、深い情緒を感ずるという心性も、ここから培われているのではないかと思う。
根本 それには、仏教の無常観の影響もあると考えられますか。