Nichiren・Ikeda
Search & Study
ロマンの世界
「古典を語る」根本誠(池田大作全集第16巻)
前後
1 池田 運命という大きな力のまえに、精いっぱい生き、戦い、抗していく人間の劇を『古事記』はみごとにとらえています。ヤマトタケルは、実在の一人物ではなく、時代を象徴する英雄として、民衆の心情の地盤に造形された個性である、と言えるでしょうね。
根本 そうですね……。
池田 その背景には、多くの英雄伝説が秘められている、と見ている人が多い。
倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるはし(大系1)
そして、初めに引いた「命の 全けむ人は……」に続く望郷の歌。「建く荒き情」を恐れられた青年の、内面のひだに、どれほどナイーブな、柔らかな心情がひそんでいるかを表していますね。
根本 この物語は、いわゆる貴種流離譚の典型であると言われています。父である天皇の命により、休む暇もなく、次々と戦陣に出なければならない。この父と子との対比は、国家秩序の形成過程のなかで、敗退していかざるをえない、人間の悲劇でしょうか。
池田 たしかに、現象的には、敗北であるかもしれない。しかし、私は、そとに響いているのは、権力秩序に抗し、苛酷な状況に追いつめられながら生きる、人間への讃歌であるとも感じられるのです。そこに一種のロマンというものの原型を私はみたい。
根本 現代では、ロマンというものが、喪われてしまっているようですが。
池田 そのとおりです。私はユゴーの『九十三年』とか『レ・ミゼラブル』とかホール・ケインの『永遠の都』などが好きですが、これらの小説は、私にロマンの薫りを伝えてくれるのです。どんな状況にあれ、理想を捨てず、永遠なるものへの憧憬をいだき続け、連帯を信じてたじろがぬ一個の人間の姿勢ほど、美しく、晴れやかさに満ちたものはない。
いかに悲惨な、いかに見苦しい現実社会のなかにあってさえも、それと死力をつくして奮迅しながら、乗り越えていこうとする人間性への信頼というものがなくては、文学も、歴史も、――いや、およそ人間の人間たる価値や進歩というものは、無意味になってしまうのではないでしょうか。
根本 同感ですね。現代は、ともすると、人間性とか理想とかを、一つのイデオロギーにすぎないと考えがちですからね。。歴史のとらえ方にしても、人間をぬきにして、社会環境や生産関係、経済的な観点から、究明しようとする傾向が、あまりにも強い。
池田 ともかく人間が、歴史を形成し、また変動させる重要な原点であることは否定しえない。ゆえに、その主体としての人間にスポットを当てて、すべての作品というものを、見抜く必要があるでしょう。きょうは、いささか『古事記』を離れて、気ままな散策になってしまいましたね(笑い)。散策も、それなりに悪いものではありませんが、次回は、いよいよ『古事記』と仏教、とくに法華経との関係などに論及していきたいものですね。