Nichiren・Ikeda
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日蓮大聖人・池田大作
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(二)
小説 青春編「アレクサンドロの決断」他(池田大作全集第50巻)
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父親が話題を、ここでの生活に戻すと、シェニエはもう危険を感じなくなった。やがて、父子に別れを告げようというときに、彼はルネに明るい顔を向けて言った。
「ああ、ルネ君、一つだけ言い添えておくけれど、詩も、絵も、『友愛』への、またとない作業でもあるのだよ。なぜなら、それは、何の注釈もなしで、あらゆる人々が分かりあえるものだからね。芸術は、人の心と心とをつなぐ『友愛』の懸け橋となる。これこそ、フランス革命の一つの柱じゃないか。がんばりたまえ、ルネ君。それから、これを君にあげよう。いや、もらってくれたまえ。何もあげるものがないものだから」
そう言って、シェニエは、自分の襟もとから絹地の白いスカーフを取り、ルネに差し出した。汗やほこりに汚れて皺んではいたが、ルネの手に詩人のぬくもりが触れた。
立ち去っていくシェニエの背に向かって、父親が怒鳴るような大声で言った。
「ご心配はいりませんよ、ムシュー。気をつけていきなさいよ」
振り向くと、農夫は親しみの込もった目付きを一層やわらげて、軽く手を挙げた。
やがて、シェニエの姿が、彼方の林の陰に消えた。父親も、家の方へ帰っていった。
ルネは、再びとりかかった写生の手をとめて、空を仰いだ。谷間の上空は、青く深く凪いだ海のように、どこまでも晴れわたっている。その青さが、全身に染み込んでくるようであった。空を見上げながら、詩人との会話を、心に反芻してみた。そして、自分が決めた通り、わき目もふらずに画家への道を進もうと思った。
家に帰ると、ルネは、父親から意外な話を聴かされた。前日、当局から通知された潜伏中の反革命運動家の中に、詩人の肩書をもつ人物もいた、というのである。名前は忘れたが、年齢はあの青年と同じぐらいだろうと。
「だが、殺し合いの手助けはご免だ」
父親は、ぽつりとそう言うと、もはや青年の名前を尋ねようともしないで、黙り込んでしまった。
ルネは、はっとした。自分の部屋にひきこもると、脇のポケットから、あのスカーフを取り出してみた。そして、詩人がふと「もう自分には時間の余裕がない」と漏らした言葉を、何度も想い返した。
もう、あの人に、これきり生きては会えないのではないか――。スカーフを握りしめながら、不安の翳が消えなかった。
その日から、再びシェニエの姿をビエーブルの谷間に見ることはなかった。
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