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日蓮大聖人・池田大作

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第2章 教育とは「生命を与える」こと  

「21世紀への母と子を語る」(池田大作全集第62巻)

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6  教訓よりも訓練──「鍛え」が大切
 久山 はい。そのうえで、私が母親として心がけてきたのは、「忙しい」ということを言い訳にしないことでした。しかし、時間がないことも多かったので、子どもにいろいろと我慢させた部分もあったと思います。
 長女は小学三年生の時、ちょっとしたいじめにあったのですが、自分で『わたしの家庭教育』(第三文明社)という本を読み、一人で祈り、乗り越えたのです。私がそのことを知ったのは高校生になった時のことで、胸が痛みました。
 三女も小学六年生の時、自分でこの『灯台』を読んで、「自分はどう育つべきか」と考えたそうです。(笑い)
 池田 「親はなくても子は育つ」と言うが(笑い)、いつも、常に子どもといっしょにいるのが、必ずしもいいわけではない。何でもしてあげたいと思うのが親心だろうが、それでは、子どもの自立心をつみ取ってしまうこともある。
 ルソーは言っている。
 「わたしたちのなかで、人生のよいこと悪いことにもっともよく耐えられる者こそ、もっともよく教育された者だとわたしは考える。だからほんとうの教育とは、教訓をあたえることではなく、訓練させることにある」(『エミール』今野一雄訳、岩波文庫)
 教訓よりも訓練――「鍛え」が大切です。荒波や寒風に向かう「強さ」が大事なのです。
7  まず親が福運をつけること
 小野里 ところで、創価学会の婦人部員にとっては、子どもたちに、どうやって信心を受け継がせていくかが大きな課題です。
 池田 信心は一生の問題です。だんだんと深まっていけばよいのです。信仰は強制されてやるものではないのだから、無理に分からせようとしても、かえって逆効果だ。
 まず親自身が、人間として、信仰者として立派に成長していくことです。子どもには、その姿を示しながら、自然な形で、徐々に身につけさせていけばよい。
 久山 私の子どもたちは、私たち夫婦が学会活動から帰ってくるのを寝ながら待っていて、門の開く音で寝室から出てきました。それで、私と夫の遅い夕飯の食卓をみんなで囲んで、“わが家の夜の座談会”をしたものです。仏法のいろんな話をしたのも、この食卓でした。子どもたちは、印象深く覚えているのです。
 勤行は、どの子も小学一年生の夏休みくらいから教え始めました。小さいうちから、夫が勤行する時、隣に座らせていたため抵抗はなかったようです。
 小野里 わが家でも、子どもにきちんと勤行を教えたのは小学校入学からですね。
 ただ、それ以前から見よう見まねで覚えていたらしく、三歳の頃、外で何か騒いでいる声がするので、見に行ってみると、息子が近所の子どもたちに勤行を教えているところでした。(笑い)
 池田 仮に、子どもが信心しないからといって、内向きになってはならない。くよくよするよりも、人の面倒を見たほうがいい。必ず一家を信心させてみせる、という確信を持ち続けることが大事です。
 また、親が、子どもの“従者”のようになってはいけない。子どもに心を奪われて、信心もしっかりできない母親は、自分も人間として向上しないばかりか、子どもも立派に成長させられない。夫にも影響を与えて、時には働けなくしてしまうものです。
 子どもに引きずられている母親は、結局は子どもの自主性を奪い、子どもの成長を阻んでしまう。小さな自分を乗り越えて、社会のため、人々のために行動するお母さんの姿こそ、最高の教育です。
 かつて戸田先生は、子どもの教育で悩む婦人に、こう語られた。
 「まず子どもを三角にしようか、四角にしようかと悩むまえに、自分に福運をつけなさい。
 どこの親でも子どもを立派にしたいという願いは、みな同じです。食べるものも詰め、夜も寝ずに子どもに尽くすだろう。その努力と信念だけで子どもがよくなるなら、世の中の不幸はないのです。
 ところが『こんなはずではなかった。こんなことならいっそ、子どもなんか産まなければよかった』と悩んでいる親はたくさんある」
 小野里 本当にそのとおりですね。
 池田 戸田先生は、続けてこう言われている。
 「それは子どもに対する福運がないからなんだよ。自分に福運があれば、子どもはみんなよい子に育ち、立派に成長していくのです。
 まず自分です。一生懸命、仏道修行に励んで、福運を積むのです」と。
 久山 「まず自分に福運を」――ここから出発すれば、どんな問題に直面しても、揺れ動かずに進んでいける気がします。
8  子どもたちを愛する心に平和がある
 小野里 福運を積むために活動していますが、「子どもを会合に連れていくと、騒いでしまうので困る」と悩んでいるお母さんも少なくないのですが……。
 池田 子どもは、もともと騒ぐものだからね。元気な証拠です。(笑い)
 久山 先生が、コスタリカで行なわれた“核の脅威展”の開幕式(一九九六年六月)であいさつされた時のエピソードが印象に残っています。
 ――大統領をはじめ、多くの閣僚、政府関係者らが列席して、おごそかな雰囲気のなかで始まった開幕式。ところが、壁を隔てた隣の「子ども博物館」から、子どものはしゃぐ声が聞こえてきます。先生のスピーチが始まった時も、それは、騒がしいくらいだったといいます。
 しかし、先生は、微笑みながら、その声を抱きとめるように、こう語られました。「にぎやかな、活気に満ちた、この声こそ、姿こそ、『平和』そのものです。ここにこそ原爆を抑える力があります。希望があります」と。
 当意即妙のスピーチに、参加者のだれもが感動しました。大手新聞社の論説委員長は「何よりも深い感銘を受けました。あの一節に、池田会長の知性とセンスと人間性が、余すところなく表れています」と語られたといいます。
 池田 子どもたちを愛する心に「平和」があるのです。子どもを抑えつけようとするのは、平和の対極にある。自由奔放な子どもの生命力を愛し、未来へと限りなく伸ばしていくことが大人の責任です。
 小野里 以前、私は婦人部の先輩から、こんなお話をうかがいました。それは一九七四年、池田先生が南米のペルーを訪問される途中の飛行機の中でのことです。
 ある外国人の婦人が三人の子どもを、きつく叱っていました。しかし子どもは、大きな声で泣き叫ぶ一方です。先生は、すっと母子のそばに寄られ、談話室に誘われました。そして、ボールペンでいろいろな絵を描いて遊んであげるうち、いつしか子どもたちは泣きやみ、楽しげに遊び始めたというのです。
 そのお母さんは、何回となく先生に感謝し、叱ることしか知らなかった自分を反省していたそうです。
 同行していた婦人部の方は、先生が子どもの心をよく知り、どんな国の子どもたちとも、心を通わせられることに感動されたそうです。
 池田 そんなこともあったね。
 ともあれ、婦人部の皆さんは、いろんな工夫をして子どもといっしょに会合に参加しておられるね。
 小野里 はい。三人のお子さんを持つ、群馬のある婦人部の方は、「会合参加の時は、子どもが静かにしてくれるよう、三〇分から一時間、しっかり祈ってから参加しました」と言っていました。
 また、午前中に子どもたちと公園で思い切り遊んで、午後の会合には疲れて自然に静かにしているように工夫したそうです。
 私自身、息子が幼い頃は、「大事な会合だから、みんなの迷惑になるようなことはしちゃいけないよ」と、会合の前によく言い聞かせました。
9  母の心を生命に刻んだ人は原点に帰る
 池田 創価学会には、いろんな人がいて、それぞれが個性を輝かせながら、皆が心を一つにして理想に進んでいる。社会のため、地域のため、未来のため――。
 友の嘆きにいっしょに悩み、友の喜びをわが喜びとする。不幸に打ちひしがれている友の手を取り、励ましながら、ともに歩んでいく――これが学会です。こんな世界は、ほかにありません。言葉や、理屈で伝えるより、子どもを学会の世界に、じかに触れさせることが、いちばん自然な人間教育になる。学会そのものが、人々に「生命を与える」世界だからです。
 子どもと学会の世界をつなぐうえで、最も大きいのがお母さんの役割です。
 小野里 母としての使命の大きさを胸に刻んでまいります。
 池田先生の友人である、インド最高裁判所元判事のモハン博士が群馬に講演に来られた時、父親がいないという一人の女性に対し、こう語られました。
 「実は、私も父を知りません。私が生まれる前日に、父は死んだのです。わずか一日違いです。私は母の手ひとつで育てられたのです。それでも最高裁の判事として、世の中に尽くせました。
 母の偉大さを決して忘れてはいけないですよ、青年の皆さん。あなたのお母さんこそ、世界で一番偉大な方です。お母さんの心のなかにこそ、神は宿っているのです」
 池田 博士は、偉大なる人権の闘士であるだけでなく、著名な詩人でもあります。そのエピソードは『世界の指導者と語る』(潮出版社)にも、綴らせていただきました。
 博士が、お母さまに捧げた詩には、深く胸を打たれます。
  おお愛する母よ。
  あなたに贈る一番の栄光は、わが名望が街中に響きわたること。
  私は貧しき人の味方。病める者の友。窮せる人の仲間。
  彼らを助けることを私はやめない。ためらいもしない。
  たとえ貧苦の底に転げ落ちようとも。たとえ、この身が疲れ果てようとも。
  これが母よ、あなたの宗教。
  あなたの口ぐせは、こう。
  「偉ぶるな。つつましくあれ。いつも謙虚な心であれ」――(詩「おお愛する母よ」から)
10  博士のお母さまが、博士に、民衆のために生き抜く「生命」を与えたのです。自らの命を削るような思いで。「自分のこともかえりみず、悩める人々に尽くし抜く。これこそ『母の宗教』である」と――。
 「母の心」が生命に刻まれた人は、途中で、どんな人生を歩もうとも、必ずその原点に帰ってくる。いつか、正しい人生の軌道に導かれていくものです。それほど、母の愛は深いものなのです。
 “子どもに生命を与えてゆく”かけがえのない存在と自覚して、何があっても前向きに頑張ってほしいのです。

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