Nichiren・Ikeda
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日蓮大聖人・池田大作
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4 人生と社会
「東洋の智慧を語る」季羡林/蒋忠新(池田大作全集第111巻)
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人と人、人と社会
季
では次に、人生と社会について考えてみたいと思います。
私が思うに、人間の一生のなかでなすべきことが多く、事柄がいかに複雑であろうとも、帰納するとそれは二種類になります。
第一には、人と人の関係を正しく処理すること。一人の人間における教養もこのなかに含まれますし、それは正しく人と人の関係を処理する基礎になります。
第二には、「天人関係」すなわち「人」と「大白然」との関係を正しく処理することです。
この二つは人生の根本的な問題であり、だれもが意識的であれ無意識的であれ、直面しなければならない問題でしょう。
人は社会から離れることはできません。古代インドの遁世者や古代中国の隠士は、その名は社会から離脱していることになっていますが、実際は、完全に離脱することは不可能でした。
人とかかわっていかなければならない以上、おのずから摩擦や矛盾が起きてくるし、調和と情感も生じてきます。
問題がきわめて重要であるゆえに、影響力をもつ世界のあらゆる宗教が、各自の考えを表明しています。中国の儒教は、この問題を最も重要視し、最も多く述べており、現実的でもあります。
池田
たしかに、中国の儒教は、人と人とのかかわり方を示した人間倫理の宝庫ですね。二十一世紀になり、あらためて儒教倫理の示す本質に注目が集まっているのも、当然のことでしょう。
大乗仏教も、宗教はどこまでも人間や社会の問題とかかわっていくべきである、との立場を表明し、隠遁者や、社会から超然とした態度や生き方を戒めています。「菩薩道」の慈悲の実践を通じて、現実社会を良き方向へ変化させていくべきである、と。
『法華経』の「法師功徳品」には「(諸の説くところの法は)皆、実相と違背しない」(『法華経』549ページ、通解)等とあります。ここに示されている「実相」とは、真理のことです。
天台大師はこれを受けて、「一切世間の治生産業(政治・経済等)は、皆、実相と違背しない(『法華玄義』大正33巻)」等と言っています。
さらにこれを受けて、日蓮大聖人は「智者というのは、世間の法より外に仏法を行わないものである」(御書1466ページ、通解)と明快に述べております。
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東洋民族が育む倫理
池田
近代西洋文明では、宗教や哲学の地位は大きく後退しました。人間社会の具体的問題を解決する手段としては、あるときは科学、あるときは民族主義、あるときは共産主義イデオロギーが重用されてきました。しかし、その行き方は、二十世紀の後半に、明らかに限界を迎えました。
今ほど、「宗教の復興」と「哲学の再生」が求められるときはありません。
大乗仏教に示される「菩薩」の倫理、その基調には、孔子の”仁”とも通底する”慈悲”の心が脈打っています。
人類にとって、”仁”や”慈悲”など、東洋民族が育んできた倫理への再評価と、その実践が必須でありましょう。
蒋
”仁愛”や”慈悲”等、東洋民族が育んできた倫理に対して、再評価と実践を行わなければならない。この池田先生の主張に、私は全面的に賛成です。私は、これは非常に重要な現実的意義のある正しい主張であると考えます。
人類が二十一世紀に突入した今日、情報技術、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー等のハイテク技術が、二十一世紀も間違いなく引き続き急速に発展をとげていくであろうことは、だれもが認めるところです。しかし、技術自体はいわゆる「両刃の剣」です。
それは人類に幸いをもたらすこともできるし、災い、ひいては壊滅的な災難をもたらすこともできます。
核技術がもっ両面性は、すでにこの問題を証明しています。自然科学界に関する報道によれば、先にあげた三つの急速に発展している新技術の威力は、核技術をはるかにしのぐものなのです。一つの総合体として、人類は現在、そして今後とも、生死存亡の岐路に立っていると言っても過言ではないでしょう。
このような現実に直面した人類にとって、生存の道はたった一本だけです。それは、人類が手にした技術を人類の幸福のために使い、しかも人類に危害を与えない、とくに、新技術を使って核兵器よりも大きな威力をもっ人類威嚇の武器を製造することがないようにする方法を考えだすことです。
そのための方法はたった一つです。それは、全力をあげて”仁愛”と”慈悲”等、東洋民族が育んできた倫理を実践することです。
人々、とりわけ権力や富を握っている人たちが皆、「自分が望まないことは、他人にしないようにする」という言葉を実践しさえすれば、世界の平和と人類の幸福は最も基本的な保障を得ることができるでしょう。
このようなわけで、人類は技術を重要視するとともに、技術を握る人類自身の善と悪をより重要視し、人と人との関係をうまく処理すること、つまり倫理問題を最重要の地位に位置づけなくてはならないと思います。
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