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日蓮大聖人・池田大作

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種種御振舞御書  (5/17) 今日蓮は日本第一の法華経の行者なり其の上身…
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頸を刎られんとせし時は長一丈の月と顕われさせ給い、伝教大師の法華経をかうぜさせ給いし時はむらさきの袈裟を御布施にさづけさせ給いき、今日蓮は日本第一の法華経の行者なり其の上身に一分のあやまちなし、日本国の一切衆生の法華経を謗じて無間大城におつべきを・たすけんがために申す法門なり、又大蒙古国よりこの国をせむるならば天照太神・正八幡とても安穏におはすべきか、其の上・釈迦仏・法華経を説き給いしかば多宝仏・十方の諸仏・菩薩あつまりて日と日と月と月と星と星と鏡と鏡とをならべたるがごとくなりし時、無量の諸天並びに天竺・漢土・日本国等の善神・聖人あつまりたりし時、各各・法華経の行者にをろかなるまじき由の誓状まいらせよと・せめられしかば一一に御誓状を立てられしぞかし、さるにては日蓮が申すまでもなし・いそぎいそぎこそ誓状の宿願をとげさせ給うべきに・いかに此の処には・をちあわせ給はぬぞと・たかだかと申す、さて最後には日蓮・今夜・頸切られて霊山浄土へ・まいりてあらん時はまづ天照太神・正八幡こそ起請を用いぬかみにて候いけれとさしきりて教主釈尊に申し上げ候はんずるぞいたしと・おぼさば・いそぎいそぎ御計らいあるべしとて又馬にのりぬ。

ゆいのはまに・うちいでて御りやうのまへに・いたりて又云くしばし・とのばら・これにつぐべき人ありとて、中務三郎左衛門尉と申す者のもとへ熊王と申す童子を・つかわしたりしかば・いそぎいでぬ、今夜頸切られへ・まかるなり、この数年が間・願いつる事これなり、此の娑婆世界にして・きじとなりし時は・たかにつかまれ・ねずみとなりし時は・ねこにくらわれき、或はめこのかたきに身を失いし事・大地微塵より多し、法華経の御ためには一度だも失うことなし、されば日蓮貧道の身と生れて父母の孝養・心にたらず国の恩を報ずべき力なし、今度頸を法華経に奉りて其の功徳を父母に回向せん其のあまりは弟子檀那等にはぶくべしと申せし事これなりと申せしかば、左衛門尉・兄弟四人・馬の口にとりつきて・こしごへたつの口にゆきぬ、此にてぞ有らんずらんと・をもうところに案にたがはず兵士どもうちまはり・さわぎしかば、左衛門尉申すやう只今なりとなく、日蓮申すやう不か


くのとのばらかな・これほどの悦びをば・わらへかし、いかに・やくそくをば・たがへらるるぞと申せし時、江のしまのかたより月のごとく・ひかりたる物まりのやうにて辰巳のかたより戌亥のかたへ・ひかりわたる、十二日の夜のあけぐれ人の面も・みへざりしが物のひかり月よのやうにて人人の面もみなみゆ、太刀取目くらみ・たふれ臥し兵共おぢ怖れ・けうさめて一町計りはせのき、或は馬より・をりて・かしこまり或は馬の上にて・うずくまれるもあり、日蓮申すやう・いかにとのばら・かかる大禍ある召人にはとをのくぞ近く打ちよれや打ちよれやと・たかだかと・よばわれども・いそぎよる人もなし、さてよあけば・いかにいかに頸切べくはいそぎ切るべし夜明けなばみぐるしかりなんと・すすめしかども・とかくのへんじもなし。

はるか計りありて云くさがみのえちと申すところへ入らせ給へと申す、此れは道知る者なし・さきうちすべしと申せどもうつ人もなかりしかば・さてやすらうほどに或兵士の云く・それこそその道にて候へと申せしかば道にまかせてゆく、午の時計りにえちと申すところへ・ゆきつきたりしかば本間六郎左衛門がいへに入りぬ、さけとりよせて・もののふどもに・のませてありしかば各かへるとて・かうべをうなたれ手をあさへて申すやう、このほどは・いかなる人にてや・をはすらん・我等がたのみて候・阿弥陀仏をそしらせ給うと・うけ給われば・にくみまいらせて候いつるに・まのあたりをがみまいらせ候いつる事どもを見て候へば・たうとさに・としごろ申しつる念仏はすて候いぬとて・ひうちぶくろよりすずとりいだして・すつる者あり、今は念仏申さじと・せいじやうをたつる者もあり、六郎左衛門が郎従等・番をばうけとりぬ、さえもんのじようも・かへりぬ。

其の日の戌の時計りにかまくらより上の御使とてたてぶみをもちて来ぬ、頸切れという・かさねたる御使かと・もののふどもは・をもひてありし程に六郎左衛門が代官右馬のじようと申す者・立ぶみもちて・はしり来りひざまづひて申す、今夜にて候べし・あらあさましやと存じて候いつるに・かかる御悦びの御ふみ来りて候、武蔵守殿は


今日・卯の時にあたみの御ゆへ御出で候へば・いそぎ・あやなき事もやと・まづこれへはしりまいりて候と申す、かまくらより御つかいは二時にはしりて候、今夜の内にあたみの御ゆへ・はしりまいるべしとて・まかりいでぬ、追状に云く此の人はとがなき人なり今しばらくありてゆるさせ給うべし・あやまちしては後悔あるべしと云云。

其の夜は十三日・兵士ども数十人・坊の辺り並びに大庭になみゐて候いき、九月十三日の夜なれば月・大に・はれてありしに夜中に大庭に立ち出でて月に向ひ奉りて・自我偈少少よみ奉り諸宗の勝劣・法華経の文のあらあら申して抑今の月天は法華経の御座に列りまします名月天子ぞかし、宝塔品にして仏勅をうけ給い嘱累品にして仏に頂をなでられまいらせ「世尊の勅の如く当に具に奉行すべし」と誓状をたてし天ぞかし、仏前の誓は日蓮なくば虚くてこそをはすべけれ、今かかる事出来せばいそぎ悦びをなして法華経の行者にも・かはり仏勅をも・はたして誓言のしるしをばとげさせ給うべし、いかに今しるしのなきは不思議に候ものかな、何なる事も国になくしては鎌倉へもかへらんとも思はず、しるしこそなくとも・うれしがをにて澄渡らせ給うはいかに、大集経には「日月明を現ぜず」ととかれ、仁王経には「日月度を失う」とかかれ、最勝王経には「三十三天各瞋恨を生ず」とこそ見え侍るに・いかに月天いかに月天とせめしかば、其のしるしにや天より明星の如くなる大星下りて前の梅の木の枝に・かかりてありしかば・もののふども皆えんより・とびをり或は大庭にひれふし或は家のうしろへにげぬ、やがて即ち天かきくもりて大風吹き来りて江の島のなるとて空のひびく事・大なるつづみを打つがごとし。

夜明れば十四日卯の時に十郎入道と申すもの来りて云く・昨日の夜の戌の時計りにかうどのに大なるさわぎあり、陰陽師を召して御うらなひ候へば申せしは大に国みだれ候べし・此の御房御勘気のゆへなり、いそぎいそぎ召しかえさずんば世の中いかが候べかるらんと申せば、ゆりさせ給へ候と申す人もあり、又百日の内に軍あるべしと申しつれば・それを待つべしとも申す、依智にして二十余日・其の間鎌倉に或は火をつくる事・七八度・或は人