此の文は釈迦如来の悟の如く一切衆生の悟と不同有ること無し故に如来の智慧を信ずるは即ち妙法なり所謂南無妙法蓮華経の智慧なり云云。
薬王品
此の文は色香中道の観念懈ること無し是を即ち真法供養如来と名くるなり所謂南無妙法蓮華経唯有一乗の故に真法なり世間も出世も純一実相なり云云。
妙音品
此の文は即ち久遠を悟るを身不動揺と云うなり惑障を尽くさずして寂光に入るを三昧とは云うなり所謂南無妙法蓮華経の三昧なり云云。
普門品
此の文は法界の依正妙法なる故に平等一子の慈悲なり依正福智共に無量なり所謂南無妙法蓮華経福智の二法なり云云。
陀羅尼品
此の文は五種妙行を修すれば悟の道に入つて嶮路に入らざるなり此れは安穏と云う事なり、所謂・南無妙法蓮華経即安穏なり云云。
厳王品
此の文は一句妙法に結縁すれば億劫にも失せずして大乗無価の宝珠を研き顕すを生値仏法と云うなり所謂南無妙法蓮華経の仏法なり。
勧発品
此の文は妙法を悟れば分段の身即常寂光と顕るるを命終と云うなり千仏とは千如御手とは千如具足なり故に不堕悪趣なり所謂南無妙法蓮華経の御手なり。
已上品品別伝畢
一廿八品悉南無妙法蓮華経の事
疏の十に云く惣じて一経を結するに唯四のみ其の枢柄を撮つて之を授与すと。
御義口伝に云く一経とは本迹二十八品なり唯四とは名用体宗の四なり枢柄とは唯題目の五字なり授与とは上行菩薩に授与するなり之とは妙法蓮華経なり云云、此の釈分明なり今日蓮等の弘通の南無妙法蓮華経は体なり心なり廿八品は用なり廿八品は助行なり題目は正行なり正行に助行を摂す可きなり云云。
一 無量義経の事
御義口伝に云く妙法の序分無量義経なれば十界悉く妙法蓮華経の序分なり。
一 序品
御義口伝に云く如是我聞の四字を能く能く心得れば一経無量の義は知られ易きなり十界互具三千具足の妙と聞くなり此の所聞は妙法蓮華と聞く故に妙法の法界互具にして三千清浄なり此の四字を以て一経の始終に亘るなり廿八品の文文句句の義理我が身の上の法門と聞くを如是我聞とは云うなり、其の聞物は南無妙法蓮華経なりされば皆成仏道と云うなり此の皆成の二字は十界三千に亘る可きなり妙法
の皆成なるが故なり又仏とは我が一心なり是れ又十界三千の心心なり、道とは能通に名くる故に十界の心心に通ずるなり此の時皆成仏道と顕るるなり皆成仏道の法は南無妙法蓮華経なり。
一 方便品
御義口伝に云く此の品には十如是を説く此の十如是とは十界なり此の方便とは十界三千なり。既に妙法蓮華経を頂く故に十方仏土中唯有一乗法なり妙法の方便蓮華の方便なれば秘妙なり・清浄なり妙法の五字は九識・方便は八識已下なり九識は悟なり八識已下は迷なり、妙法蓮華経方便品と題したれば迷悟不二なり森羅三千の諸法此の妙法蓮華経方便に非ずと云う事無きなり品は義類同なり、義とは三千なり類とは互具なり同とは一念なり此の一念三千を指して品と云うなり此の一念三千を三仏合点し給えり仍つて品品に題せり南無妙法蓮華経の信