Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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ベンカタラマン大統領 非暴力という「インドの道」を行く

随筆 世界交友録Ⅲ(池田大作全集第124巻)

前後
10  「インドも日本のようになれ」「いな!」
 しかし、近代の日本は「釈尊の道」とは正反対の道を歩んできた。
 一九三八年(昭和十三年)、日本の国会議員が、ガンジーを訪ねた。日本軍の中国侵略が激しくなっていたが、それには触れずに、彼はきいた。(前掲『ガンジー』。以下、同書から引用・参照)
 ――インドと日本の融和は、どうすれば達成できましょうか。
 質問に、ガンジーは、ぶっきらぼうに答えた。
 「日本がインドに貪欲な目を向けなくなれば、可能だろう」
 別の時、英国在住のインド人が、ガンジーに言った。
 「インドも日本のようにならなくてはならぬ。われわれは自らの陸軍や海軍を持ち、威光を輝かさねばならぬ。そうするならば、インドの声は世界中に轟きわたるだろう」
 しかし、それは、ガンジーが望む〈新しいインド〉ではなかった。
 ガンジーは、首を横に振った。
 「あなたはインドをイギリス的になさろうとしています」
 それでは「イギリス人のいないイギリス支配」であり、何も変わらない、と。
 ガンジーは、暴力という「野獣の掟」によらない新国家を、非暴力という「人類の法」に基づく新社会を手探りしていたのである。
 行くべき道は〈剣の道〉ではなく〈愛の道〉だった。
 彼は、大英帝国に対しても「キリスト教精神の道を踏み外した」ことを叱っていた。
 今、二十一世紀。
 日本は、世界は、古くて新しい〈人類愛の道〉を歩む覚悟をもつべきだ。
 「心の大掃除を!」と叫んで、道半ばに倒れたマハトマに続く覚悟をもつべきだ。
 そこにしか、真の〈新しい世紀〉はない。
 元大統領は九十歳になられた2000年にも、SGI運動への共感の言葉を寄せてくださるとともに、「ガンジー師の教えを、二十一世紀へ伝えたい」と、熱っぽく語っておられたという。
 あの「青春の出会いの日」から五十余年。
 師への誓いを、今なお胸深く抱きしめておられるのである。

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