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日蓮大聖人・池田大作

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東京総合幹部大会 人材の宝庫・東京たれ

1967.10.18 「池田大作全集」第3巻

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1  さる十月十二日、秋晴れの大日蓮華富士大石寺において、世紀の正本堂建立発 願式を、全国の代表幹部六千六百人、海外代表その他を含め、合計八千八百八十八人をもって厳粛に挙行し、末法化儀の広宣流布の新しい時代の幕を切って落とすことができました。また、十月十五日には、国立競技場において、東京の同志の皆さんの手で、事故一つなく、見事なる文化祭を開催することができ、内外に妙法健児の団結の姿、絢爛たる第三文明建設の息吹きを示すことができました。かかる意味において、この十月は、広宣流布史上、また仏法史上に、新しい一ページを刻んだ出発の月であり、躍進の月であったと確信いたすものであります。(拍手)これはすべて、皆さま方の絶大なるご支援と、ご協力のたまものであり、この席を借りて、厚く感謝申し上げるものであります。(拍手)
 五月三日の本部総会依頼、私は全国各地を回ってまいりました。本日の東京総合幹部大会はその最後の締めくくりとなりましたが、同時に正本堂建立発願式を終えて、まさしく新しい時代にはいり、その先駆けとしての幹部大会であり、より深い意義があることを銘記していただきたいのであります。
2  いまさら申し上げるまでもなく、東京こそわが創価学会発祥の地であります。初代牧口常三郎会長以来の大幹部、二代戸田城聖会長のもとで薫陶をうけた人材が、キラ星のごとく居並ぶ人材の宝庫であり、広宣流布の本陣であります。力弱き私が三代会長の重責を担い、この七年間の発展を築きえたのも、全部皆さん方のご支援のたまものであります。これから不開門を開くまで、宗教革命、政治革命にあって、いよいよの私が頼りとするのは、東京の皆さん方であるということを強く自覚していただきたいのであります。(拍手)まさに東京こそ、全国の総元締めであり、わが学会の本拠地であります。東京の皆さんが健在であるかぎり、広宣流布の基盤は大磐石であり、私も安心して指揮をとっていけるのであります。
 一般的に国土世間としてみた場合、政治、経済、教育、学術、芸術、産業、交通等、あらゆる面から考えて、その中枢は全部、東京に集結しております。一個の生命体にたとえれば、頭脳のようなものであり、また急所であります。東京には、北は北海道から南は九州、沖縄にいたるまで、全国の人々が集まっており、同時に、東京に住んでいる大半の人が、全国いたるところに親兄弟をもち、実家をもっていると考えられます。こうした実態を見るにつけ、聞くにつけ、まさに日本の広宣流布、王仏冥合といっても、詮ずるところは、東京が中心になる以外にないということを、強く感ずるものであります。過去、全国折伏の発展の経過をたどってみても、東京でまず入信した人が故郷へ帰って、その縁故者を折伏していく。それが拠点となって、その地方の折伏が進められ、やがて組となり、班となり、地区となり、支部、本部、総合本部となってきております。
3  東京を中心として戸田前会長のもとに、創価学会がどのように発展していったかについては、小説「人間革命」のなかで、これから書いてまいりますが、昭和二十六年、戸田前会長の第二代会長就任と同時に、東京にまず十二の支部が結成され、この十二支部旗を折伏の旗印として、支部長陣頭指揮で、慈折広布の戦いが勇敢に開始されたのであります。そこには、あらゆる笑、迫害、批判がありましたが、少人数で敢然と折伏を展開し、大聖人の御金言のままに進んでまいったのであります。まさしくそれは“堪忍”の二字の戦いでありました。十二支部は、A、B、Cの三段階に分かれていて、まずA級支部は鶴見支部(支部長=森田悌二氏)、蒲田支部(小泉隆氏)、小岩支部(和泉覚氏)、杉並支部(柏原ヤス氏)の四支部。B級支部は文京(原島宏治氏)、中野(神尾武雄氏)、築地(馬場氏)、足立(藤田氏)、志木(伊藤氏)の五支部。C級支部は本郷(笹木氏)、向島(星生氏)、城東(臼井氏)三支部でありました。途中で支部長を代わった人も、また亡くなった人もあります。昭和二十六年当時は、学会はまだ全国で数千世帯、そして、その大半が東京でありました。日本全体が敗戦の痛手にあえぎ、インフレに苦しんでいたころで、学会員も皆、貧乏と病気に悩んでいたのであります。だが、三代秘法の大御本尊を奉持し、初信の功徳を得て、いよいよ大確信に燃えていったのであります。
4  そして、おのおのの宿命打開のために、広宣流布の大願成就のために、皆、希望にあふれ、勇気に満ちて、忍耐強く折伏に励みました。今日の学会発展の基盤は、全部この当時の東京、関東十二支部にあったといっても決して過言ではありません。東京および近県の折伏はいうにおよばず、夏になると、各支部長が主将となって、自分の費用で全国各地へ地方折伏に出かけて行ったものです。すなわち、この一念と闘争力が、全国広布の原動力となったわけであります。青年部も当初は、男子四個部隊、女子五個部隊であり、一部隊が幾つかの支部にまたがっておりました。やがて二十九年には一支部一部隊制となり、その戦いを通じて、今日の青年部の伝統が築かれたのであります。
 私も昭和二十八年元旦に第一部隊長となり、翌二十九年三月、一支部一部隊制の発足と共に参謀室長に任ぜられ、青年部の建設期をに思う存分戦ってまいりました。同時に、支部においても当初は蒲田支部幹事として、昭和二十八年四月には文京支部長代理として、一心不乱に指揮をとってまいりました。また関西、北海道、中国など全国各地へ折伏隊の主将として出かけ、全国広布の道を切り開いてきたことなどは、ご存知のとおりであります。その思い出、足跡は、生涯、自己の胸中に深く焼きついていくことでありましょう。当時、共に戦った同志が現在の創価学会の首脳であり、大幹部であります。どの立ち場にあっても、なんら悔いるところのない法戦をなしきったことは事実であり、そこで築いた福運、善根が今日の結果となって全部生きております。
5  すなわち、あらゆる意味で、創価学会の本源となり、化儀の広宣流布の基盤を確立して、黎明期を開いたのは東京、関東の皆さん方であり、また皆さんの先輩であります。(拍手)正本堂建立発願式を終えた今日、再び東京の皆さん方の手で、全国に先駆けて、王仏冥合の第二ラウンドの黎明期を見事に飾っていっていただきたいのであります。(拍手)幹部の陣容をみますと、昭和三十五年、理事は東京で七名、関東を含めて十名でありました。現在は東京のみで三百二十一名、関東も合わせますと四百六十名となっております。大幹部数は、三十五年、東京では百五十五名、関東を含めて二百五名でありました。それが現在では、東京のみで五千六十五名、関東を合わせますと実に八千五百四十九名という膨大な陣容となっております。支部数の変遷をみますと、三十五年、東京二十二支部、関東九支部、合計三十一支部でありました。それが現在では東京で十二総合本部・三十五本部・七百一支部、これに関東の八総合本部・二十九本部・五百五十八支部を加えて、合計二十総合本部・六十四本部・千二百五十九支部という、目覚ましい発展を遂げてまいりました。男子部隊数は、昭和三十五年には東京三十六、関東を合わせて四十八個部隊でありましたが現在は東京七百九十二、関東を合わせて千三百六十八個部隊であります。女子部隊数は東京三十四、関東を含めて四十六部隊でありましたが、現在では東京七百二十八、関東を含めて千二百八十三個部隊と、急速に発展している現状であります。
 本部・会館の数も、三十五年当時は東京八、関東二、合計十会館でありましたが、現在では、本部・会館が東京四十一、関東二十九、合わせて七十会館となっております。この数は、現在の全国の本部・会館数二百六十の役二割七分に達しております。また、学術、芸術等のあらゆる分野の頭脳も、この東京に集中していることはいうまでもありません。学生部も、この夏をもって部員二十万名を突破いたしましたが、そのうち十四万名は東京、関東に集中しております。文化局では、学術部六百名中三百四十名、芸術部六千名中三千名、教育部一万四千名中四千六百名が東京、関東です。まさに、組織は盤石の体制であり、人材はキラ星のごとく連なっております。
6  だが、これだけ学会が大きくなった、広宣流布の進展が花々しくなったといっても、人口比にすれば、ようやく全都民の一割ないし一割五分の人々が信心し、残りの八割以上の人々は、まだ信心していない状態であります。したがって、われわれの戦いは、まだまだこれからであり、同時に未来は洋々と開けていることも間違いないと思うのであります。この東京をさらに開拓し、ここに舎衛の三億の原理を顕現していくことが、すなわち日本全体の舎衛の三億につながっていくことを、自覚していかなければなりません。いま東京都の全世帯数は、約三百万といわれております。したがって、正本堂建立の昭和四十七年を一つの指標として、全員の力で大いに座談会を盛り上げ都内百万世帯の達成へ、堂々と折伏の駒を進めていきたいと思いますけれども、いかがでしょうか。(拍手)
 東京都のビジョンにつきましては、今年の春、私なりの考えを発表させていただきましたので、ここでは割愛させていただきます。ただ一つ申し上げたいことは、現在の文明社会のあらゆる問題をかかえているのが、この東京の実情であります。
 したがって、東京を新社会に、常寂光の都にすることは、世界の文明に常住の光明を与え、第三文明建設の確固たる基盤を築いたことになり、共に、それが王仏冥合の最直道と考えなくてはならないと思うのであります。科学的、技術的発展だけを取り上げるならば、人類文化はますます飛躍的な発展を遂げることは間違いなく、それは大変うれしいことであり、かつまた望むところです。
 しかし、人間の真の幸福、さらに人間性というものを中心に考えた場合には、その将来は必ずしも明るいものではない。むしろ、人間疎外、人間性の喪失は、より以上深刻になるのではないかと危ぶまれております。その人類文化の行き詰まりを打開し、現在および未来をおおう暗黒に対して光明をさしかけるものは、ただ日蓮大聖人の大生命哲学による王仏冥合の実現以外にはないことを断言しておきたいのであります。(拍手)王仏冥合のモデルケースを、まずこの東京に打ち立て、民衆に、人類に、希望と勇気と喜びを与えていくべき使命が私どもにあることを深く確信し、その実現を目指して、仲良くスクラムを組んで、前進してまいろうではありませんか。(拍手)
7  なお、神奈川、千葉、埼玉、群馬、城、栃木、さらに山梨の近県の皆さんも、実質的には、東京と同じ立場にあることを自覚していっていただきたいのです。これも、東京都のビジョンですでに申し上げたように、もはや東京といっても、関東諸県、千葉、神奈川は一つの圏内です。現実に、これらの諸県には、いわゆるベッドタウンが続々誕生し、そうした衛星都市に住む多くの人が、毎日、都心まで通勤している現状であります。
 また、ゆくゆくは東京湾を埋め立てようとか、横須賀と千葉県を結ぶ橋を造ろうとかの企画も立てられていると聞いています。水資源の問題一つ取り上げても、東京都だけでは、この膨大な人口を支えることは、とうていできえません。どうしても神奈川、千葉、埼玉、群馬、栃木、城をも含めた、広い範囲の視野に立たざるをえない。いわゆるメガロポリス化の現象は、すでにどうしようもない勢いで進展しております。
 関東、千葉、神奈川の皆さんも、毎月の本部幹部会には東京の同志と一緒に参加しているのですから、あくまでも東京と同じであるという自覚に立っていただきたい。関西についていえば、和歌山や京都、兵庫、堺などといった近接地域の発展が、大阪の発展の支えになっています。同じく、関東が発展すれば東京は強くなり、東京が強くなれば、関東も自然に発展していくという相互関係にあります。私は、この関東、神奈川等をも含めた大東京のモットーとして“全国の模範・東京たれ”“人材の宝庫・東京たれ”との合言葉を掲げて、進んでいったならばよろしいのではないかと、提案するものであります。(拍手)
 いつも申し上げているとおり、正本堂建立までの向こう五年間が、大切な時抄ともいえるのです。すなわち広布達成史上で最も大事な“時”なのであります。私どもはこの意義ある時にめぐりあえた宿縁を深くかみしめ、一生成仏を成し遂げて1くまたとない時であることを自覚していくべきであります。この五年間こそ一つの重要なヤマであります。これを乗り越えて通れば、あとはぐんぐん道が開けていくことは、間違いないと思います。その突破口をつくってみせるという闘魂に燃えて、私どもの信力・行力を結集し、未曾有の民主革命の潮流を、新たに巻き起こしてまいろうではありませんか。(拍手)
8  選挙が近づいてきますと、必ずさまざまな形で学会批判がでてきます。いつも同じ愚かなことを繰り返しているわけでありますが、放置しておけば増長してくるし、もしそんなことで紛動される人がいてはかわいそうでなりません。最近、特に著しい傾向として、宗教団体が政治づいてきたということであります。全日仏は仏教徒政治同盟、新宗連は新宗連政治連合、生長の家は生長の家政治連合、西本願寺は西本願寺時事協会などの政治結社を組織して盛んに政界進出を企てております。この問題については、ある一流新聞も、結局これらは創価学会・公明党に対する怨嫉であり、政策はもちろん綱領さえもない、たんに既成政党に票田を提供し、結託しているだけのことであると分析し、批判しております。
 しかるに、一部の感情的な評論家等は、こうした他宗教の実態には全くふれないで、創価学会のみを取り上げて、創価学会の政界進出は宗教本来の使命を逸脱するものであると批判しております。しかし、数多くの宗教団体が、政治結社をつくった今日、かかる批判は片手落ちであり、これからは通用しなくなってくるわけです。仮に、与えていっても、評論家が創価学会を批判したと同じように、他の宗教団体が政治結社を組織したことに対して厳しく批判をしなくてはならないことになると思いますが、いかがでしょうか。(拍手)そうでなければ評論家の批判は客観性を欠いた多分に感情的な発言であり、とうてい評論家の名に値しません。
 また、これらの宗教団体は、かつていずれもの創価学会の王仏冥合の戦いに対し、政教一致だ、祭政一致だと悪口をいい、批判を続けてきたのであります。その舌の根も乾かぬうちに、今度は自分たちが平然と政治に乗り出してきております。この欺瞞こそ、自らの宗教にいかに力がないかを暴露した証拠以外の何ものでもないのであります。(拍手)およそ、宗教団体が政治活動を行っていく意義は、その宗教のもつ理念、教義、哲学を、政治のうえに具現し、社会のために、民衆のために貢献していくところにあります。したがって、真実に自らの宗教に理念があり、その理念を政治反映したいのならば、自らの教団から独自の候補を出すべきであります。また、理念があるならば綱領や政策を打ち出すのが当然であります。現代の政治を憂い、民衆の味方として戦う正義感があるならば、既成政党や既成政治家に関係なく、むしろ政治を国民の手に取り戻すために、民衆のなかから新しい候補を立てるべきであると思いますけれども、いかがでしょうか。(拍手)
9  政策、綱領すら打ち出せないのは、彼らに理念がない証拠であります。理念がないとは、その宗教に教義がないことに通じます。教義のない宗教団体は、もはや宗教ではなくして、宗教に名を借りた営利団体であるといわざるをえないのであります。(拍手)しかも、活動といえば選挙のときの推薦活動しかなく、その推薦する候補も保守系から革新系にいたるまで、同一の教団が推薦するといったしまつです。なんと無節操な、なんと信念のない姿でありましょうか。彼らが既成政党や既成政治家と利害のうえで結託して、いかに推薦議員が多数当選したと豪語しようとも、それは所、腐敗政治を助けて、ますますその腐敗を増長せしめ、民衆を踏み台にして自らの利益を得ようとする醜い野心以外の何ものでもないと私は訴えたいのであります。(拍手)
 さらに創価学会・公明党の王仏冥合だけを「政教一致ではないか」等と批判する評論家にも一言しておきたい。むしろ、これら諸宗教団体の政界との結託こそ、まさしく中世ヨーロッパにおける政教一致と同じ本質のものであり、戦前の祭政一致の亜流であり、民衆の信教の自由を脅かす亡霊のごとき存在ではないでしょうか。この事実を指摘せずして、真の評論とはいいえないでしょう、現代は「一億評論家の時代」といわれております。そんな浅溥な評論など、聡明なる民衆が、いつまでも信用するわけがないのであります。(拍手)
 われわれの王仏冥合は、明確なる理念を根底としたものであり、政治の根底に理念を置くことは、近代の西欧諸国においても当然のこととされています。むしろ、宗教の基盤のない民主政治こそ、不具であるとさえいわれています。王仏冥合の達成まで、ご聖訓に照らし、まだまだこうした魔の蠢動は、続くと考えられます。また、それを助ける無節操な、無知な評論も跡を断たないでありましょう。だが、日蓮大聖人の教えを奉じた私どもの正義の戦いのまえには、それらの評論は風の前の塵のごとき存在であります。新時代に目覚めた民衆の声ほど真実で、強きものはない。民衆の怒りほど恐ろしきものはない。民衆の真実の叫びほど正しきものはない。やがて国民の一人一人が、もはや日本の前途は民衆の真実の味方である創価学会に任す以外にはないと深刻に理解する時代がかならずやってくると革新したいのであります。(拍手)
10  兄弟抄にいわく「師子を吠る犬は腸くさる日月をのむ修羅は頭七分にわれ仏を打ちし提婆は大地われて入りにき」云云と。師子王のごとき創価学会の前進を阻もうとするものは、自ら墓穴を掘るものであり、やがて滅亡し去っていくことを、断言なされた御文であります。私どもはこの御金言を深く心に銘記して、勇躍前進していこうではありませんか。(拍手)
 私どもは再び、卑劣な行動をする他宗教団に対しては、あくまで追撃の手をゆるめずに、断固これを粉砕していくことを宣言したいのであります。(拍手)破邪なくして立正はなく、安国もありません。世の不幸の元凶を除くことは、日蓮大聖人のご精神であり、わが創価学会の使命であります。しかし、仏法に無知な人々に対しては、あくまでも温かく包容し、正法の偉大な功力を、身をもって教えてあげることが正しい行動であります。
 ここで私は、東京がさらに折伏を推進していくために、次の点を強調しておきたい。第一は、現在は順縁広布の時代であり、全民衆、全庶民を包容し、新時代を開く時であります。したがって、皆さん方幹部は、まず一家和楽の信心を実現し、誰からも慕われ、模範とされるような家庭を築いていっていただきたいということであります。特に、ご婦人の方々は、そのたろに意を注いでほしい。すでに社会の大半の人々は、折伏をうけており、信心のすばらしいことは認め始めております。しかし学会員もふえ、信心している家庭の姿が、世間の人々の目に直接映ずる機会が多くなっている現在、家の中が乱雑だったり、夜遅く帰るようなことがあってはなりません。それでは、せっかく入信したいと考えている人まで、かえって敬遠させてしまう結果になります。これでは、折伏は行き詰まってしまうし、信心即生活の正しいあり方ともいえません。いつも楽しい、だんらんの空気に満ちみちた、隣近所の模範となるような、家庭生活の基盤を一歩一歩着実に築いてまいろうではありませんか。(拍手)
11  第二にお願いしたいのは、皆さん方の隣近所を大事にしていっていただきたいことです。もはや今日は創価学会即社会の時代であり、なにも創価学会だけが特別な社会ではありません。信心している家庭と、そうでない家庭とのあいだに、決して断絶をつくってはなりません。人間の心は微妙です。隣人を大切にしようという心が、ちょっとした心づかい、言動にあらわれ、敏感に相手に映じていくものです。細かいことのようですが、それが長い目からみて、また広い視野に立ったときに、どれほど大きな力となっていくか測り知れないものがあります。第三には職場の第一人者になっていただきたい。職場で誰からも信頼され、尊敬され、責任ある仕事を任されるようになること自体、個人における広宣流布であり、王仏冥合の立派な縮図であります。これらの実践なくして、われわれの言々句々か生きた力となるわけはない。そうでなければ、爾前迹門の言々句々であり、本門の叫びとはならないのであります。結局、信心即生活、信心即社会、この実現こそが大聖人の仏法における真実の実践なのです。
12  第四には、実際の折伏にあたっても、信心第一をむねしと、明るく、伸びのびとした楽しい活動であっていただきたい。大聖人の御金言どおりの実行であれば、それ自体、衆生所遊楽であり、楽しくないわけがありません。第五には、皆さん方は外にあっては折伏の第一線の闘将であると共に、内にあっては全学会員の心の依処となる、人間味あふるる指導者であっていただきたいのです。かつて戸田前会長も、青年部の部隊長訓に次のごとく申されております。「部隊長諸君は私の股肱と頼む者であり、わたしの花と誇る栄誉の人である。学会においては若き大幹部であり、学会の後継者であり、かつ筋金入りの人材である。外に向かっては法論の大弓を張り、内にあっては学会一万の依怙である」――これは、当時、部隊長に与えられたものですが、今日においては、四者の大幹部、地区部長、地区担当員の全幹部に通ずる指導、指針であると思います。「外に向かっては法論の大弓を張り」とは、折伏であります。折伏の大弓を張って戦っていくということです。「内にあっては学会一万の依怙である」とは、全学会員から信頼される指導者でなくてはならないということです。どうか、この戸田前会長の指導を、再び全幹部が心に刻んで、信心の筋金入りの、誇り高き庶民の指導者として、内外共に学会を支える堂々たる幹部の自覚、決意、実践であっていただきたいものであります。(拍手)
 特に壮年部の大幹部は、地区部長、班長を弟のように包容し、大事にし、婦人部の大幹部は地区担当員、班担当員を妹のようにいつくしんで、支部内を一家のように、楽しい、麗しい団結で飾っていただきたいのであります。すでに、新しい時代の活動は開始されております。しかるに幹部が、なお旧態依然たる感覚で指導していては、後輩がかわいそうです。どうか、皆さん方一人一人が、創価学会を代表しているという自覚を常に忘れず、また皆さん方の一切の言動、生活の諸法実相がすべて信心の発露であり、折伏であることを忘れず、新時代の開拓者らしく、明るく、楽しく日々の活動をしていかれんことを、重ねて希望するものであります。(拍手)
13  上野殿御返事にいわく「ただをかせ給へ・梵天・帝釈等の御計として日本国・一時に信ずる事あるべし、爾時我も本より信じたり信じたりと申す人こそおほくをはせずらんめとおぼえ候」云云と。これは有名な一節であります。御本仏日蓮大聖人は、広宣流布は仏意であり、必ず成就できると叫ばれております。そして、広宣流布が達成された時には、じつは自分も信心していたのだ、創価学会の味方だったのだ等といってくる人が数多く現れると予言された御文であります。この御金言に照らして、日夜、広宣流布に向かって勇往邁進している私どもが、どれほど偉大な福運ある立ち場にいるかを痛感するものであります。いま創価学会を誹謗している人も、やがて心から目覚めなければならないときがきます。しかしそのときには、すでに皆さん方の境涯とは天地の開きができているのであります。
 したがって、兄弟抄には「日蓮が法門は古へこそ信じかたかりしが今は前前いひをきし事既にひぬればよしなく謗ぜし人人も悔る心あるべし、設ひこれより後に信ずる男女ありとも各各にはかへ思ふべからず」と申されております。いま、本尊流布のために、辛労を尽くしている人が最も大聖人の称賛をうける人であり、大福運をば、胸中に開いていける人であることは明瞭なる事実であります。
 西欧の大詩人シルレルは「汝の運命の星は汝の胸中にあり」といった。この言葉は、さまざまな意味、内容を含んでおりましょう。ただし、運命は決して他から与えられるものではなく、誰人たりとも自己の胸中に開いていくものだからであります。ただし、真実の仏法を実践していない人の胸中の運命の星は、鈍い、寂しい光を放っているにすぎないといえるのではないでしょうか。燃え上がるような信心をしている人の胸中には、大福運の星がキラキラと美しく清浄に輝いていることは、間違いないと私はいいたいのであります。すなわち、皆さん方こそ、胸中に大福運の星辰のまばたきを秘めた当体であり、やがてその輝きは、自身の生活のうえに、境遇のうえに、燦然と光彩を放っていくことを断言してやまぬものであります。(拍手)
14  どうか、大変ご苦労とは思いますが、大聖人の子供として、弟子として、御遺命達成のため、かつは自己の大福運を積むために、第六の鐘の終幕、そして第七の鐘の鳴り始めである正本堂建立を目指し、この広布途上、最も大事な五年間を、東京勢、関東勢全員で力を合わせて、学会歌を声高らかに歌いつつ、胸を張って秩序ある前進を再び開始しようではありませんか。(大拍手)
 ここで私は、ホイットマンの詩の“開拓者”の一節を、私の感情を表すものとして、読み上げておきたい。
    吾等は此処に躊躇しては居られない、 
  吾が愛する人達よ、吾等は進まねばならない、吾等は危険を顧みない。
  吾等少壮の強き民族よ、吾等に他の総てはたよる。
    開拓者よ! おお開拓者よ! 
  
    おお汝若者等よ、西部の若者等よ、
  かくも忍耐強く、活力れ、雄々しき誇りと友愛に充つ、
  汝西部の若者等よ、私は明らかに見る、汝が最先頭に踏みゆくを見る。
    開拓者よ! おお開拓者よ! 
  
    年上の民族は立ち停ったか、 
  彼等は海の彼方で疲れ果て、力挫け仕事を止めたか、
  吾等は永遠の仕事、負担と課業とを引受ける。
    開拓者よ! おお開拓者よ! 
  
    あらゆる過去を吾等は後にした、吾等はより新しき、
  より力ある世界、変化ある世界に進出する、
  新鋭と強壮との世界を捉え、労働と行進との世界を捉う、
    開拓者よ! おお開拓者よ!
  
    見よ私の子等よ、果断の子等よ、 
  吾等の後部に懸る此等の群衆のために、決して降伏したり沮喪してはならない。
  吾等の背後には幻のような幾百万年の過去が厳然として督励している。
    開拓者よ! おお開拓者よ!
  
    世界のあらゆる脈搏よ、 
  それらは吾等のために脈打ち、「西部」の運動と共鳴する。
  凡て吾等のために、一人で、また多数でしっかりと前線へ進む。
    開拓者よ! おお開拓者よ! 
15  十月の残された後半と十一月一か月の合計の四十五日間は、本年度最後の折伏の月となります。見事なチームワークをもって、おのおの班一世帯の目標を無理なく事故なく達成し、激動の昭和四十二年度をお互いに飾ろうではありませんか。ただし夜の会合は、九時半に一切終了して、家路に向かうことを厳守してください。特に婦人部、女子部の人たちの帰宅が遅くならないように、幹部の方々の十分なるご配慮を願うものであります。なお、十二月、そして来年の一月は指導の月といたします。また文化祭については、今後の予定として、次は昭和四十五年秋、すなわち会長就任十周年の時に開催したいと提案申し上げますが、いかがでしょうか。(拍手)その次は、正本堂建立の昭和四十七年秋に盛大なる文化祭を開催したいと思います。
 それでは、くれぐれもお体を大切に、いつも快活な、すがすがしい活動ができますように、心から念願して、私の話を終わります。(拍手)

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