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日蓮大聖人・池田大作

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兵庫代表幹部会 「共戦」「共進」「共生」の大道を

1983.12.14 「広布と人生を語る」第5巻

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1  ここ兵庫池田講堂は開館一周年をむかえた。月日のたつのは速いものだ。同じ時間の経過であっても、御本尊を拝し、広布に生きゆく人生は、他の人よりも何倍もの価値ある日々を生きているのである。私たちは、みずからが当面する広布と信心の諸活動に、勇んで進みゆくところに、宿命転換もあり、仏道修行の結晶たる一生成仏もなされていくことを確信したい。
 兵庫は、魅力ある、無限の可能性、未来性に満ちた地であり、多士済々の人材を擁した、学会の縮図ともいうべき国土世間である。この地に活躍する友が、力をつけ、見事なる信心の指導者と育ちゆくとき、どれほど広布推進の力となるかもしれない。その意味からも、「広宣大道旅」(広宣大道の旅)との揮毫を、兵庫の友への真心として贈らせていただいた。
2  法華経には「共戦」、そして「共進」「共生」とのことばがある。
 われわれは、久遠において妙法流布を誓った地涌の菩薩の眷属である。そして、五濁の末法、三毒強盛の社会にあって、妙法広宣を願い、この世に生を受けた「共戦」の同志なのである。ひとたび、御本尊を受持し、折伏・弘教に励むことを誓った人は、地涌共戦の友であることを忘れてはならない。
 「元品の法性は梵天・帝釈等と顕われ元品の無明は第六天の魔王と顕われたり」との御文を拝しても信心の厚薄によって、成仏と地獄への道に分かれていくものだ。久遠の誓いの同志であるわれわれは、どこまでも御本仏日蓮大聖人の門下として、御遺命のままに、広布に共戦しゆく、尊い生涯を飾っていきたい。
 また、大聖人の仏法にあっては、“進まざるは退転”である。御本尊を根本に、一生成仏へ、また広宣の人生へと、同志とともに進みゆく「共進」の人生が大切であり、そこにこそ、最高に生きがいに満ちた人生の大道が開かれ、また、人間における最重要の課題ともいうべき「生老病死」の問題の解決がある。ゆえに、妙法につつまれながらの最高の人生を共に生きぬいていきたい。
 そして、この「共戦」「共進」「共生」をば妙法の同志の絆としながら、たがいに守りあい、自分たちの手で、自分たちのために、多くの人々が自由を謳歌しながら信仰に励みゆく妙法の王国を築き上げていただきたい。

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