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高等部新世紀会大会 ”甘え”排し”鍛え”の青春を

1983.1.23 「広布と人生を語る」第4巻

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1  今朝、読売新聞を読んでいると、コラム「編集手帳」に作家の里見*さんを追憶した一文があった。そこには「懸命になりさえすれば、だれでも清く美しい心になれる」との氏の言葉があった。深く胸に残った一言だった。「懸命」であれば、つねに清き心と美しい心を持続することができる。このことは、信仰の世界においても、また他のあらゆる世界においても、共通のことである。
 里見さんとは、十数年前、本山見学をされたさい、総本山でゆっくりと人生を語り、風俗を語り、信仰を語った思い出がある。学会を深く理解してくださっていた方で、聖教新聞の記者ともおつきあいがあった。
 当時、既に八十歳をすぎておられたと思うが、なお矍鑠として「もっともっと文を書きたい、山にも登りたい」といわれていた。その生きいきとした姿に敬服したものだ。氏は懸命に生きて、九十四歳で大往生されたわけである。
2  総本山の近郊には、有名な白糸の滝がある。富士山から流れてくる水で、冷たいがじつに清らかである。
 私は先師日達上人に、二十年近くご奉仕申し上げてきた。その間、日達上人から「日夜、たいへんでしょう。寸時の暇もなく正法流布にご奉仕してくださることは、ほんとうにありがたい」との意味の励ましの御言葉をたびたびいただいた。
 あるとき私は「白糸の滝の清流は間断なく動き、飛び、走っています。われわれもそのようにしていかないと、信心を濁らせてしまいます」との趣旨のお話を申し上げた。
 もったいなくも、日達上人は「その言葉はいい言葉だ。自分もほんとうにそう思う。そうでないとあらゆる世界、和合僧の世界も濁ってしまう」とおっしゃっておられた。
 学会はどこまでも走る、流れる、そして戦う。そうでないと広宣流布もできないと思うし、信心の清き心、美しい心を濁らせ、くさらせてしまうからだ。
3  文豪・吉川英治に次のような言葉がある。
 「どの青年も、おしなべて情熱との戦いを繰り返し乍ら成長していくのに、君は不幸だ。早くから美しいものを見過ぎ、美味しいものを食べているということは、こんな不幸はない。喜びを喜びとして感じる感受性が薄れてゆくということは、青年として気の毒なことだ」と。
 また、今朝、読んだ新聞に、千葉の女医殺しの容疑者として、夫の医師が逮捕されたことが報じられていた。その見出しに「二男、苦労知らず」「”甘えの生活”破滅」とあったのが、強く胸にひびいた。
 ”甘え”の人生であってはいけない。甘えの人生は、結局は、敗北に終わるものである。諸君はしっかりと勉強をし、苦労をつみながら、信心を深め、自己をみがいていかなくてはいけない。
 退転し、反逆と敗残の人生を歩んでいる山崎、原島も、甘ったれの人生であった。弁護士であるからといって甘やかされ、元理事長の子供であるからといって甘やかされてしまったことはまことに残念である。また、過保護が問題児をつくることは、世界共通の課題となっている。
 どうか諸君は、自分で自分を戒めつつ、自分が置かれた立場で懸命に行きぬいていく努力を忘れないでほしい。”甘え”からは”人間としての芯”をつくれない。
 人間としての芯をもたない人は、結局、要領主義の、浮草のような人生となりさがってしまうものだ。”甘え”は自分を不幸にし、他人をも不幸にすることを、よくよく心に刻んでいかねばならない。
 学会は青春を鍛えるかっこうの訓練の場であると確信されたい。
4  多くの学会の最高幹部をはじめ第一線で広布を担い活動しているリーダーは、かならずといっていいくらい、その深い決意に立ったのは、高等部時代であったという。高校時代は、みずからの決意で人生を歩みはじめる大きな分岐点であるといってもよい。ゆえに私は、高等部の諸君の成長のために、再び力をそそぎたいと思う。
 二十一世紀は諸君の舞台である。諸君のなかから学会の最高指導者も出るだろう。また、世界に活躍していく広布の人材も数多く輩出するだろうし、それを祈っている。
 現在とは時代背景も違うし、多少の脚色もあると思うが、みずからの宗教的信条に生きた青年として天草四郎がいる。徳川幕府の権力と戦い殉教したその姿は、それなりに信仰に生きる、尊く、美しいあり方であったと思う。また同じく祖国フランスを救った少女ジャンヌ・ダークも殉教の道を選んでいる。
 殉教そのものを美化するわけではない。しかし、そこに貫かれた不退の信念の美しき昇華を、使命に生きる信仰者として、諸君は学んでほしいのである。
 「羊千匹より獅子一匹」との言葉がある。いかなる苦難にあっても、雄々しく獅子のごとく”一人”立ちゆく信心が学会精神である。
 いまは勉学という現実に根をおろし、足元を固めながら、この学会精神だけは忘れずに、一歩一歩と成長してほしい。
5  話は二十数年もまえになるが、昭和三十三年三月の初旬のこと。総本山では大行動が落慶し、記念総登山が行われていた。
 戸田先生はお体の具合が悪かったが、一か月にわたり総本山で、指揮をとられた。
 私も同行し、戸田先生のもとでいっさいの指揮をとった。当時、理境坊が戸田先生の宿泊所であり、輸送班の指揮所となっていた。
 ある日、刑事が総本山に来て、聞き込みをしているとの連絡があった。静岡の伊豆で老夫婦殺害の強盗殺人事件があり、その犯人の青年が、総本山にまぎれ込んでいるらしいというのである。
 私も調べてみたが、みあたらない。だが、一つだけ持ち主不明のカバンが、理境棒の本堂のすみに置かれていた。カバンの名前をみると刑事のいっていた犯人の名前だった。
 青年は入信の当初は、生きいきと先輩や同志とともに活動していた。生活は貧しいながらも、ようやく成長しはじめていた。しかし何かを機会に退転してしまった。殺人を犯し金を奪ったが、忘れられない総本山へやってきて、なんとか逃げようとしたらしい。
 カバンが犯人のものとわかり、すぐ戸田先生にお話しした。先生は横になっておられた。話を聞かれた先生は「まことにかわいそうな事件だ。人を殺すということは絶対にあってはいけない。殺された老夫婦がいちばんかわいそうだ。お題目をあげてあげなさい。その青年も一生苦しむだろう」としみじみおっしゃっていた。ともかく自首をすすめることだと、先生はいわれた。
 私は彼が現れるのを待った。しかし、こない。夕闇がせまるころ、彼は感づいたのか、売店のスクーターを盗んで逃げたという報告が入った。
 後日、弁護士をとおして、その青年から知人のところへ手紙が寄せられた。そこには「ほんとうに学会が懐かしい。学会の人たちが懐かしい。罪に服して、また信仰の道をまじめに歩みたい」との意味のことがかかれていたようだ。
 彼の述懐によれば、スクーターで逃げていくとき、電柱がすべて幽霊になって追いかけてきたという。途中でスクーターを乗り捨て、ただ恐ろしくて、どこをどう逃げまわったか、最後に横浜で捕まったとのことだった。
6  そこで諸君に強く申し上げたいことは、これからの長い人生において、いかなる理由があったとしても、絶対に人を殺してはならないということだ。いかなる卑劣な人間に裏切られても、人を刺したり、殺すようなことは絶対にあってはいけない。
 現代はいとも簡単に人を傷つけたり、殺してしまったりする。自分さえよければよしとして、生命の尊さを顧みようとしない傾向が、ますます顕著になっている。
 多くの指導者が、そうした風潮を嘆きながらも、解決への確かな方途を見いだしえないでいる。そのなかにあって、仏法を根本に生命尊厳の運動を、日本に、世界へと展開しているのが創価学会である。
 いかなる時代にあっても、この生命尊厳の旗は降ろしてはならない。ここに、仏法者としての道があると確信するからだ。
 また、指導者に育ちゆく諸君は、どこまでも正しき人生の軌道を歩みゆくべきである。清浄で健全な大道を進みゆくべきである。
 いまは若い。若いゆえの苦悩はとうぜんである。だからといって、自分の弱さに負けては指導者にはなれない。信心を強くもち、いかなる苦悩のなかに入っても卑屈になったり、邪道に走ったりしてはけっしてならない。いつ、どこでも、はつらつと青春を生きぬいていける人が、結果として指導者に育っていくのである。
7  私事でまことに恐縮だが、私には三人の息子がいる。私はこの三十五年間、広布のために使命の道を走りつづけた。法戦の連続の展開であった。そのためもあって、息子たちの教育はほとんど妻にまかせた。
 妻は、たえず信心の必要性と学会の使命を教え、正確な勤行を教えていった。そして、信心の世界へ、学会の同志のなかへはいっていくようにした。そのうえで、子供の教育として考えたことは、一つはかならずアルバイトをさせたことだ。若いうちにお金の貴さを体で覚えさせたい。甘えさせてはいけないという意図からだ。
 二つは、大きくなれば家から出し下宿をさせたこと。これは、自分のことは自分でさせ、他人の苦労もわかりながら独立独歩の人間にと願ったからだ。三つは、それぞれの子供に応じた”鍛え”を考えた。少々体の弱かった長男にはスポーツを、体の頑健な次男には勉学を、三男には”甘え”をつくらないよう天文や海洋のほうへと向かわせた。若い人が不明朗な、不健全な生き方をすることはまったくよくないとして、ひろびろとした心の育て方をしていってくれた。
 青春時代は、生きいきと大空を相手にしたり、大海を相手にしながら、伸びのびとした気持ちで成長していってもらいたいとの念願が、すべて実を結んだようである。
 いまは、三人ともみずからの意思で、教育界に、社会にと順調に第一歩を踏みだしている。
 それぞれ家庭の状況が違うので、教育方針が異なるのはとうぜんであるが、これをひとつの例として、諸君の今後の人生の歩みにおいて、ここから何かをくみとってもらえればと思う。
8  最後に、諸君に願いたいことは「約束を果たせる人に」ということだ。
 これまで多くの世界の指導者に会ってきたが、私が会った指導者は、一人として約束を破った人はいない。私もまた約束を破らないようにしてきた。約束事はかならず果たす−− その信念の人が人間としていちばんえらい人だと思う。
 たとえ約束をして卑怯者に裏切られても、その裏切った人間の心の奥に「さすがあの人はえらいひとだ」との思いを生涯残していくような偉大な人間になっていただきたい。
 本来なら、いろいろな楽しい話をしてあげたいと思う。しかし、ほんとうの話を、ほんとうに訴えて、ほんとうの人材をつくりたいとの気持ちで、本日はこの席に望んだ。また、諸君にも来てもらった。どうか、その真意をくんでいただければと思う。
 厳しい社会でご両親もなにかとたいへんであろう。「気持ちをわかってくれない」といった反発ではなくして、あるときは友人のような気持ちで大きく支え、激励してあげるような心根の清らかな一人ひとりであってほしい。また、後に続く未来部員たちにとっても”よき兄、よき姉”のような存在であっていただきたいことを心から念願して、私の話とさせていただく。

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