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日蓮大聖人・池田大作

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カナダ広布20周年記念総会 真実の”平和”と”幸福”へ

1981.6.22 「広布と人生を語る」第2巻

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2  今回の旅行ではソ連からはじめてカナダにいたるまで、八か国を歴訪し数多くの政府要人や有識者と会談をかさねてきたが、そこで私が訴えてきたことは、人類にとってもっとも大切な平和ということである。
 古来、仏法はインド応誕の釈尊の仏法を一つの流れとして、三千年来、すべて絶対平和主義であった。寛大であり、慈悲の精神であった。生命尊厳の法を貫いた戦争絶対反対の思想であったことは歴史の証明するところである。
 私は政治家でも外交官でも経済人でもない、平凡な一市民として、仏法を根底に平和へ挑戦している。あらゆる国の市民が、仏法の平和精神にふれ、国境を越えた横の連帯を強めていくことが、たとえ道は遠いように見えても、もっとも確実なる平和への大道といってよい。
 カナダは若い国であり、未来の国であり、二十一世紀への国である。この愛すべき緑の平和の天地を、さらに世界平和の天地へと広げていくためにも、まず信心という原点を確固として築いていっていただきたい。
 私はトインビー博士をはじめ、幾多の有識者と会談しているが、その焦点は「人生の目的とは何か」の一点を明確にせずに平和、文化を論じても、しょせん行き詰まってしまうものなのである。
 日蓮大聖人の仏法では、人生の目的は幸福になることであると説かれている。仏法用語では成仏という。すなわち、みずからのなかに仏界という生命を涌現しきって、この世の人生を遊楽し物心ともに幸せになることであると結論付けられている。
3  人間だれしも一度は死ななければならない。この「死」というものを解決しなければ、真実の幸福はない。ビクトル・ユゴーは「人間はみんな、いつ刑が執行されるかわからない、猶予づきの死刑囚なのだ」といっている。またトインビー博士も「理論的には多くのことを知ったが、死ならびに死後の生命ということを知るためには東洋の高等仏教に学ぶ以外にない」と深く述べていた。
 この「死」という問題を抜本的に解決し、生命の永遠性を説かれたのが日蓮大聖人の仏法である。そこに、絶対幸福への道が開かれていくわけである。
4  人生には、さまざまな目的がある。しかしそれらの多くは、相対的幸福を満足させるための目的にすぎない。絶対的幸福とは、生きとし生けるものすべてを幸福と調和のリズムに導く根本法である御本尊に境智冥合し、仏界の生命を涌現して、あらゆる人生の荒波を乗り越えていくところに開けてくる。ここにこそ、人生最大の目的があるといってよい。
 いっさいは自分のための仏道修行である。ともかく、カナダの皆さまは水の流れるがごとき信心を貫き、よき市民として、まず二十年を目標にしていただきたい。
 子供も二十年もたてば大人になり、樹木も二十年で大樹となる。この二十年を目標に、清らかな、うるわしい仏法家族として所願満足の人生を送っていただきたいことを念願して、本日の指導とさせていただく。

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