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日蓮大聖人・池田大作

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アメリカ広布20周年記念ハワイ総会 唱題で苦悩の根本的解決へ

1980.10.3 「広布と人生を語る」第1巻

前後
1  ハワイ総会にご招待をしていただき、一同を代表してウィリアムス理事長をはじめ皆さまにつつしんでお礼申し上げる。
 私が初めてハワイの地を訪れた一九六〇年(昭和三十五年)の十月三日は、三十人前後のメンバーであった。二十年後の今日、八千世帯を超える大発展をされたことに対して、私は心から敬意を表したい。
 きょうは私はヤシの木陰で名月を仰ぎながら数人の友と懇談するようなつもりでお話をさせていただく。
2  大御本尊の御恩を忘れてはならない。また、代々の御法主上人の御恩もけっして忘れてはならない。
 なぜ信心をしなければならないのか。それは、人間には四苦――「生」「老」「病」「死」という厳しい宿命、運命というものがある。
 ゆえに、日蓮大聖人は「一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり」と仰せられ、御本尊にひたすら題目を唱えきっていくことのみが、その解決の根本的な道であるとお示しになったのである。すなわち、南無妙法蓮華経という大法によってのみ、その運命的な苦しみを開くことができる。そして人間の浴する遊楽の人生を生ききることができると仰せなのである。そのために信心が必要なのである。
 とくに「死」という問題は絶対的なものである。だれ人もさけることはできない。その死の時に、成仏の境界で、自身になんの苦しみもなく、さらに一家眷属に対してもなんの心配もないという人生の最後を飾るためにも、信心が必要なのである。
 わが生命のうえに崩れざる幸せを築いていくための“四苦”の解決は、政治でも経済で、科学でもできない。ただ御本尊に唱題をしぬいていく以外にない。この原理は、私どもがつくっていうのではない。日蓮大聖人の御聖訓なのである。
 また、勤行にすれば楽しく、勤行しなければ一日がリズムに合わないということは、皆さま方がとくと体験しておられるとおりである。
 したがって、退転だけは絶対にしてはならない。御本尊を離してはならない。これをきょうはおたがいに約束したい。
3  来年に予定される第二回SGI(創価学会インタナショナル)総会は、この地で開催することに内定した。その節は、世界から多くの方々がみえるので、よろしくお願いしたい。(ヒルトン・ハワイアン・ビレッジ)

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