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日蓮大聖人・池田大作

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相模原文化会館開館記念勤行会 広布という生きがいの信心を

1978.10.8 「広布第二章の指針」第14巻

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1  皆さん方の信心と真心あふれる努力によって、このように立派な広布の拠点が落成したことに対し、心より祝福申し上げたい。これからは、この相模原文化会館を、教学を学び、人間革命の輝かしい歴史を築く広布、信心の拠点としていっていただくようお願い申し上げる。
2  最近、ある人がいっていた。ある著名人が、今ではだれからも見向きもされない。かつては、一世を風廃するような有名人であった。一人、気ままに自由奔放に人からうらやまれるような振る舞いをしていたという。しかし、今では、だれもが、その傲慢な姿にイヤ気をさしているというのである。
 われわれは社会のなかにあって、大勢で助けあい、尊敬しあい、朗らかに広布という人生を生きている。これが信仰人即社会人としてのあり方なのである。
3  一人の人間は弱いものだ。多くの友人や同志がいることは、まことに心強いものである。道をあやまたぬため戒めあい、苦しいときは助けあう、そこに組織の重要性があるのである。
 あるメンバーの博士がいわれていた。自分の入信動機は何か――いくら高尚な理論をもち、批判力をもっていたとしても、一人では何もできない。いわんや民主主義の時代である。一つの信念を持った多数の人々の団結があって、はじめて平和・反戦の力強い具体的な運動もできる、とかねがね思っていた。その意味において、多くの観念的な平和運動よりも、非難、中傷をあびながら、前進する学会員の信念と行動をつぶさに分析した。その結果、これ以外ない、と思ったからである――と。
 強盛な信心に勝る宝はない。見栄や虚飾の人生は、かならず最後は崩れてしまうものだ。私はこうした幾多の体験のうえから、信心は少なくとも二十年単位にみるべきであると思っている。
 ともかく皆さん方は、子孫の代にまで福運を継承していく信心の根っこの存在であることを忘れないで、いかなる苦悩も功徳に転じゆく、いちだんと勇気ある信心、確信あふれる信心を貫いていただきたい。
4  何が大事かといっても、人間ほど大事なものはない。自分ほど大事なものはない。
 日蓮大聖人は、その人間を根底から救うために、三大秘法の大御本尊様をお残しになられたのである。われわれの広布の戦いもまた、そのもっとも大事な人間のための幸せの道を未来万年に開く実践である。
 その確たる実証を示していくためにも、一人ひとりが信心強盛でなければならない。そして無量の功徳を積み、社会のなかでは信用を積んでいただきたい。また、どこまでも常識豊かに、大勢の人々を包容していける境涯革命を願いたい。
 相模原といえば、私は、すぐにかつての文京支部時代のことを思い出す。私も、そして故原島理事長も、辻副会長も、その相模原広布のために何回も激励に通った懐かしい国土世間であるからだ。本日は、当時から活躍してきた功労者の方々ともお会いでき、これ以上の喜びはない。
 中国には「水を飲む時、井戸を掘った人のことを忘れてはならない」との言葉があるが、この相模原においても、年配の功労者をどこまでも大切にして、そうすることが人間の道であることを深く銘記し、さらに地道に着実に前進していっていただきたい。
5  昨日は全国の約百二十島から代表が集って、離島本部の第一回総会が行われた。沖縄の支部長、婦人部長も、喜々として集ってこられた。
 そのなかで私は、十数年前に激励した沖縄の一婦人の報告を聞いた。当時、その人は夫を亡くし、経済状態は貧苦のどん底にあった。しかし、御本尊を抱きしめるようにして生きてきたこの十八年間で、いつでも世界中をまわれるほどの大福運の人生を築いているとの喜びの報告を聞き、私は驚いたしだいである。まさに信心に偽りなく信心ひとすじに生きぬいたことを厳然と証明する晴れ姿でもあった。
6  所願満足の人生かざろう
 大河の時代の広布の舞台は、あくまでも社会である。その流れは基礎工事のための土木作業ともいえた草創期のあり方と異なるのは当然である。ゆえにこれからは、一人ひとりが健康で、なによりも福運を積んでいくことに尽きる。
 それぞれの職場においても、いなくてはならない存在になることじたいが、広布の一つの姿であると銘記されたい。ともかくも生きて生きぬいて、所願満足の一生をかざっていかれるよう願ってやまない。
7  信心を貫き、真実の幸福を築くためには、勇気が必要である。私は、地涌の眷属としての貴き使命に生きる皆さん方とともに、未来の広布の基盤をつくるために、これからも全力をあげたい。
8  重ねて健康になるための信心を願いたい。立派な生活を送っていくための信心であってほしい二家が無事安穏であるための強盛な信心であっていただきたい。
 ともかく信心は、健康、福運、長寿の人生を築くための原動力である。広布という最高の生きがいに満ちあふれた世界で、それぞれが伸びのびと活躍していただきたい。
9  功徳を積み、福運の人生を築くためには、水の流れるような信心を持続していくことである。人生の途上にはさまざまな過去世からの宿命との対決はあるだろう。しかし、大事なときに退いたり、ひるんではならない。
 忍耐強く、十年、二十年、三十年の信心の坂を上っていくならば、想像もつかない福運の境涯に入っていくものだ。これは、先輩諸氏の姿をみていただければわかるとおりだ。それを”冥益”というのである。
 樹木でも、毎日見ていれば、その生長は見えない。未来を担う子供たちの姿も同じである。しかし、その成長は、年々、明確に証明されていく。信心の実践も、後になるほど”これでよし””これでよかったのだ”という、心から満足できる人生に変革されていくことを確信されたい。
10  私は、人間が好きである。いわんや仏法のため、広布のため、人々のために、日夜、骨身を惜しまず無償の実践を展開する皆さん方が大好きでならない。それが私の気持ちである。
 功徳に満ちた皆さん方の、朗らかでにぎやかな前進を心よりお祈り申上げて、本日の指導とさせていただく。

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