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日蓮大聖人・池田大作

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第17回全国県長会議 確信と喜びの個人指導を

1978.3.8 「広布第二章の指針」第13巻

前後
1  皆さん方の真剣なご努力によって、本年度もすべてが順、調に飛翔していることに対し、心から御礼申し上げたい。日本の社会も、ますます乱世の様相となっている。それにともなって、われわれの前進も多角的、重層的にならざるをえない。
 しかし、全会員に根本の信心を確立するという明確なる信念と路線は永久に見失ってはならない。そのための、聡明なる指導、指揮を願いたい。
2  今日までの活動によって、一千万人を上回る広宣流布の偉大な実相をつくったことじたい大変なことである。
 ただここで、もっとも大事なこととして銘記すべきことは、量よりも質という時代に入ったことだ。すなわち、一人ひとりの信心の確立、人格の確立、立派な社会人としての確立である。そのための真剣なる祈りと奉仕が、未来の大きい上げ潮をつくっていくことになることを忘れてはならない。
3  地道な進歩と行動を
 この地道な進歩と行動が、一切の勝利を固める基となる。急進的な行き方は、たしかに景気よくみえるものだが、それはかならず行き詰まる。渓流と大河の時代は違うのである。遠回りのようにみえるが、あくまでも時代相応の地道な進歩が大切であると銘記されたい。
 大河の時代にあっては、急進は目的を近視眼的にしてしまい、大地についた力を出せずに空転に終わってしまうものだ。大目的をしっかりみつめ、それをめざして地道でありながら確実な前進をしていくことが、道理にかなった正視眼的な行き方なのである。
 幹部は睡眠をよくとっていただきたい。
 皆さんが毎日多繁であることはよく理解しているし、心より感謝している。しかし、睡眠をとらなければ、明澄なる判断、敏捷な活動はできなくなる。そこにいつしか無責任な行動に流されがちになってしまうものだ。
 広宣流布は、遠征である。短期の決戦ではない。ゆえにけっしてあせったり、無理な冒険をしてはならない。日々清新にして顔色もよく、自信に満ちみちた健康な姿で人々と接していただきたい。それが信心指導のもっとも重要な点であり、人々に喜びと自信を与えていける源泉である。また妙法の法理に連なった行き方である。
4  世間ではなんやかやと学会を非難しているが、幹部の苦労は、御本尊がすべて、ご照覧であるし、互いがいちばんよく知っている。
 生活が大変ななかを弘法に挺身していることは、まことに尊いことである。われわれは、久遠の約束と使命を最大の栄光とし、誇りとして、体を張って今日まで奮闘してきた。これからも奮闘をお願いしたい。
5  基本に徹して前進
 いつの時代にあっても、信心は基本の指導を徹していくことが大切である。広布の正しい大河の流れを永続させるための行き方であるからだ。
 とくに個人指導には、できるだけ時間を生み出して取り組んでいくようお願いしたい。個人指導はみずからに力をつけさせてくれる地道な実践でもある。
 法華経に「随喜功徳」とある御本尊に随順し喜ぶことによって功徳が湧いてくることである。また大聖人は「分別功徳品」をとおし、末法今時においては、一念信解と初随喜がもっとも大切であるとされている。さらに、御書には「法華経の功徳はほむればいよいよ功徳まさる」と説かれている。
 確信は自信と喜びを与える。信心の喜びは信心の喜びをよび、功徳は功徳をよんでいくのである。義務的、押しつけ的指導には歓喜は湧かない。
 一人ひとりに信心の歓喜を呼び起こしていくときに、組織全体にみずみずしい再びの力が湧き起こっていくのである。
6  どこの地域でも、また分野でも、政治家なら政治家という柱、また経済人・教育者・文化人という柱というものがある。と同じように、正法、信心の柱となるべき存在が、皆さん方である。
 どこの地域、郷土でも、私たちの土地からこういう人が出たという誇りというものがある。しかし、それらの人々は政治、経済、教育、文化という次元での人々ばかりである。そこには宗教という次元での柱が欠落している。ゆえにこれからは・大正法をもった地域の柱が新しい精神的支柱として不可欠である。そうなっていくべき人々が皆さんであることを深く自覚していただきたい。
7  小説「人間革命」が第十巻の最終段階に入っている。現在、資料収集のため、少々休載しているが、三月一八日から、新しく”嶮路”の章として再開できる見通しである。この章では、関西方面の両志の法難に遭いながらの苦闘を描いている。
 第一巻が、昭和四十年元旦から始まって十三年間、ようやく第十巻までこぎつけた。なんとかここまでこれたのは、皆さんの応援があったからである。これからもご支援をよろしく願いたい。
 ある幹部が「人間革命」は現代の御書であるといったことがあったが、日蓮大聖人の仏法の深さを知らぬ軽率な発言である。まったく迷惑なことである。このようなことは厳に戒め、慎んでいただきたい。過去、現在、未来にわたって、「御書」こそ元初の聖典であり、これに比せられるべきものは他にありえない。
 「人間革命」は、前会長をはじめ、草創の人々が、御書を色読して、熱原の三烈士の、ごとく護法の精神で活躍してきた事実と、その内面における信心の軌跡というものを社会に展開した姿として描いたものである。
 前会長に対するいわれなき偏見と誤解が、いままであまりにも多すぎた。現在ですら偏見や誤解は多いのである。こうした内外にわたる時代展望のうえからも、わが創価学会の真実の歴史を残したいとの願いから執筆してきたのである。日達上人猊下も「宗門は折伏の上の儀式であり、学会は折伏の上の折伏の立場である」という意味の御指南を仰せになられた。ゆえに宗門と学会とは、ともに折伏を大前提として協調しあっていくのである。
 宗門が大聖人の教えそのままを清浄に伝えられてきていることは、いまさらいうまでもない。創価学会は、この正宗に伝えられた大聖人の正義を応用、展開しながら戦っているわけである。僧俗が協調しあってこそ有意義な発展ができたことは、今日の姿がなによりも物語っているし、これからもその精神を、絶対失ってはならないのである。
 今後さらに、宗門から万年の僧俗和合の意見を伺いつつ、誠意をもってそれにこたえて、人類の依沽依託の存在になっていきたいことを心より願ってやまない。
 ともかく宗門の栄えは即学会の栄えである。学会の前進は即宗門の強き外護であることを確信されたい。
 皆さん方のますますのご健康とご活躍をお祈り申し上げ、本日の指導とさせていただく。

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