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各部代表者会議 万代の繁栄は”根本の功”積む修行に

1978.1.13 「広布第二章の指針」第12巻

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1  「周の文王は老たる者をやしなひていくさに勝ち」とある。これは、周の文王は老人を大切にし、老人の豊かな経験に裏うちされた意見を聞きいれて戦ったので、勝利を収めることができたというのである。
 と同じく私どもは、仏法者としても、人間の道としても、先輩を大切にし、かつ先輩の意見を尊重することが重要である。そこにこそ、盤石にして理想的な、仏法の人間共和の世界の建設と繁栄があることを忘れてはならない。
 なお、その御書のなかの次の段には”周の時代は三十七代・八百年の間続いた”とある。この永続せしめた原因は「根本の功」によって栄えたのである、と説かれている。
 私どもの「根本の功」は御本尊への信心である。さらに自行化他にわたる、広宣流布に邁進しゆく生命の福運そのものが、「根本の功」といってよい。
 その「根本の功」を積みゆくことが、乱世にあっては、なによりも重要なカギである。そこにのみ、個人の幸せも、一家の興隆も、さらに眷属の、地域の、学会の繁栄もあることを銘記すべきである。さらにいうならば、世界の永久的平和もそれを第一歩として、はじめてあるといってよい。
 若くして華やかに有名の波にのったとしても、人生の総仕上げのときにあって末路寂しき人々がなんと多いことか。その厳しき暗影の、わびしき姿を見、聞くにつけ、とくに青年時代、壮年時代においては、最大に輝く労苦の「根本の功」を積みゆく仏道修行を厳しくしておきたいものである。
2  昨日、アメリカのE・ケネディ上院議員と会談した。学会の、仏法を基調にした文化と平和の推進の意義に対して、大なる賛辞を贈っていた。
 仏法は平和主義であり、文化主義である。また人間主義である。われわれは、いかなる動乱の世にあっても、あくまでも仏法中道の哲学をかかげて、微塵も紛動されることなく、われらの基本路線を進んでいきたい。
3  過去に、学会は香典を持っていく、という噂を立てられたことがあった。学会が、そのようなことは、ただのいっぺんもしたことはないことは、皆さんがよくご存知のことである。噂というものは、ねたんだ者がどこかでつくるものである。いつ、どこで、だれが、そのようなことをしたかと追及すれば、いつのまにか、うやむやになってしまう。噂とはまことに煙のようなものである。火のないところに煙は立たないというが、現代の情報社会は、火のないところに煙を立て、人を煙に巻く場合が少なくないようだ。学会は、さまざまなことを、過去にもいわれたし、現在もいわれているが、一切学会には不正などはない。
4  教学試験の重要性
 上級登用試験をはじめ、さまざまの教学試験が近づいている。みんな真剣に取り組んでおられる。かわいそうに思える場合があるが、人材を育成する手段としては、やむをえないことをご承知願いたい。
 また一つには、試験をとおして、教学を正確に深化せしめないと、我見の教学になったり、慢心の教学になったり、異流の教学になってしまうことを防がなければならないからである。あくまでも正信の流れをくむ、完壁な教学を身につけなければ、謗法となってしまうからである。
 その意味から、正信の指導者の育成のためには、教学試験をとおしながら、仏法の正しき信心の道を教えぬいていく必要があることを、ご了解願いたい。
 ともあれ、年ごとに、広布の人材が雲のわく、ことく誕生していることに、喜びを禁じえない。いかなる広布の作業も、生活も、事業も、その人のもつ人生観、生活観、社会観と、福運と力量によって決まるといってよい。それが、古今東西の永遠の鉄則であることを銘記すべきである。

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