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日蓮大聖人・池田大作

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新時代第38回本部幹部会 全国壮年部幹部会

2010.3.6 スピーチ(聖教新聞2010年上)

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2  SGI(創価学会インタナショナル)の研修会の皆様、本当に、ようこそ、お越しくださいました!
 北米、そしてオセアニアの皆さん、堂々たる広宣流布の拡大、本当にうれしい! ありがとう!
 中南米の皆さん、大地震の尊い救援活動、本当にご苦労さまです。
 復興に戦うハイチとチリの同志にも、どうか、くれぐれもよろしくお伝えください。
 欧州の皆さん、希望あふれる大行進、おめでとう!
 アジアの皆さん、世界の模範の団結、いつもありがとう!
 そしてアフリカの皆さん、9カ国からの参加、本当に素晴らしい!「アフリカの勝利の世紀、万歳!」と申し上げたい。
3  花の芸術部、戦う芸術部の皆さん、3月8日の「芸術部の日」、おめでとう!
 各地のセミナーも、皆が感謝している。最前線での奮闘も、よくうかがっています。
 芸術部が活躍すれば、同志は皆、喜ぶ。
 芸術部が発展すれば、その分、広宣流布は進む。
 偉大な創価の「妙音菩薩」を、皆で讃え、応援しよう!
4  時は「今」!
 意気軒高の壮年部幹部会、おめでとう!
 全国の各地で、壮年部が元気であり、婦人部も喜び、青年部も驚いている。
 厳しい不況の中、本当にご苦労さまです。
 黄金柱の壮年部であるならば、今までの経験を生かして、女子部や婦人部を守り、青年部を本当に慈しみ育てていってもらいたい。
 とりわけ、青年部時代に訓練を受けた人は、今こそ、その力を発揮する時である。
 青年にあれこれ言うのではなく、率先して模範の姿を示していこう。
 大事なのは「今」である。壮年が立ち上がるのだ。
 どこまでも自分らしく、変わらぬ情熱で、若々しい心で、広布に進んでいけば、後輩も自然とついてくる。
 壮年部が、青年に対する本当の真心の激励をするのだ。
 広布のため、同志のために、たとえ自分はどうなっても、「この私の姿を見てくれ!」という戦いを、青年の胸に残していくのである。
 私は、その決心で、50年間、すべてをなげうって広布に戦ってきた。恩師の戸田先生を護って護って護り抜いてきた。
 今、何一つ悔いはない。御本尊に誓って、そう申し上げることができる。
5   恩師「力ある人間になれ!」
 学会の草創期、戸田先生のもとに、ベテランの幹部は大勢いた。
 しかし、戸田先生は、遅々として進まぬ広宣流布の状況を打開するために、その一切を青年に託していかれた。
 当時、私は20代であった。
 「大作、立ち上がってくれるか」「やります!」──私は、「ただただ、先生のために」との心で、折伏にも、先生の事業の再建にも、死力を尽くして戦った。
 そこから、ぐんぐんと太陽が昇るがごとく、学会の大前進が始まった。ものすごい勢いであった。それで今日まで進んできたのである。
 いつの時代にも、大事なのは青年だ。師弟の心が光る青年だ。戸田先生は強く語られた。
 「男が怯めば、男ではない。男は、師子王のような貫禄をつくれ!
 人のため、社会のためにも、力ある人間となれ! そうでなければ、皆が不幸である」
 青年部は、誰に遠慮する必要もない。思い切って、師子奮迅の闘争を頼むよ!
 そして壮年は、青年を励ますのだ。
 自分は「青年のために犠牲になっていこう」というくらいの謙虚な姿勢で、尊き仏道修行に励んでいく。
 そこに偉大な功徳が生まれる。すべての労苦は宝となる。
 牧口先生も壮年部、戸田先生も壮年部、私も今は壮年部である。
 日蓮大聖人は「いくさには大将軍を魂とす」と仰せである。ともに「丈夫の心」で、断固と戦い、勝とうではないか!
6  戸田先生の指導が、今も、私の胸に響いている。
 「悪人との戦いには、必ず勝て!
 信じ合える、良き同志の輪を、一日ごとに、広げゆけ!
 一年ごとに、拡大しゆけ!」
 後継の君たちも、わが心に刻みつけてもらいたい。
 増上慢が仏法を破壊する。人間を軽賤し、名利を貪り、権力の魔性と結託して正義の人を迫害する。これほどの悪はない。
 不惜身命で、増上慢と戦い、勝ってこそ、仏となることができる。
 悪人たちは、すぐに野心で手を握る。だからこそ、善が勝つために、正義の連帯を広げていくのだ。
7   陰徳あれば必ず「陽報」が
 きょうは、アメリカ芸術部の代表として、大野俊三君も出席してくれている。
 うれしいね。ありがとう!
 大野君は、2度のグラミー賞に輝いた世界的なジャズトランパットの奏者である。
 大野君が届けてくれた、見事な演奏の録音を、私は、毎日のように聴いている。
 アメリカの友、そして世界の同志の幸福を祈りながら、何度も何度も聴いている。
 世界的な芸術家としての活躍が、本当にうれしい。芸術部を代表して、きょうは、大野君の功労を深く讃えたい。
 私は、共戦の同志の真心を、何よりも大切にしている。
 広宣流布のために、陰で懸命に戦っている人。真剣に動いている人。その方々に、私は最大の敬意を表する。
 大野君に、心からの感謝の言葉を伝えたい。ありがとう!
 〈大野さんが、「きょうを原点に、命をかけて実証を示して、広宣流布のために頑張ってまいります!」と決意を披歴した〉
 ありがたいね!
 大野君は、堅塁・中部の出身である。
 そして、音楽隊で訓練を受け切ってきた。創価班としても、勇敢に戦い抜いた、正義の闘士である。アメリカの天地で支部長として、昨年、支部で10世帯の弘教を成し遂げている。
 大野君は、これまでに幾度も大きな苦難を経験してきた。
 交通事故で前歯を折り、トランペット奏者としては致命的な怪我を負ったこともあった。扁桃がんの大手術を受け、音楽家生命が断たれかねないような危機もあった。
 それでも大野君は、信心を根本に、すべてを勝ち越えてきたのである。手術から14年、がんも見事に克服したとの報告をうかがった。本当にうれしい!
 昨年、渡米35周年を記念して行われた日本のコンサートツアーも大成功を収めた。“世界のシュンゾウ・オオノ”として、ますます音楽界で高い評価を受けている。
 大野君は、「陰徳あれば陽報あり」の模範の勝利者である。
 人生は60歳からだ!
 ますます元気で、さらなる前進勝利を祈っています!〈大野さんが「はい! 頑張ります」と元気に答えると、大拍手に包まれた〉
8  強敵に打ち勝て
 昭和33年(1958年)の3月16日。
 広布後継の式典で、恩師・戸田先生は宣言なされた。
 「創価学会は宗教界の王者なり」と──。
 この戸田先生の直弟子として、私は、あらゆる悪口罵詈・猶多怨嫉の難を受け、「三類の強敵」と戦い抜いてきた。
 そして厳然と、「平和」と「文化」と「教育」の大連帯を築き上げたのである。
 今やSGIは、世界192カ国・地域に広がった。全世界から、創価の師弟への栄誉をいただいている。
 世界第一の知性と良識の栄冠であり、精神界・哲学界の王者の証しと言ってよい。
 〈これまで名誉会長に授与された、国家勲章は28。大学・学術機関からの名誉学術称号は277(3月15日現在)。世界の都市からの名誉市民称号は660を超え、五大州からの顕彰は、じつに4,000を数える〉
 私は青年時代から、恩師・戸田先生の偉業を、必ず満天下に知らしめてみせる。そう誓って生きてきた。
 「精神界の最高峰の指導者」は、戸田先生である──。
 この確信で、わが師匠の偉大さを、生涯をかけて宣揚してきた。
 私がこれまで拝受したすべての栄誉も、牧口・戸田両先生に捧げるとともに、全世界の同志と分かち合いたいのである。
 〈メキシコのメトロポリタン自治大学アスカポツァルコ校のガブリエラ・パロマ・イバニェス・ヴィジャロボス総長は述べている。
 「池田博士は、いかなる逆境にあっても必ず勝利できることを、自身の人生をかけて証明されました。
 平和に尽くし抜いてきた生涯に学ぶことは、あまりにも多い。
 博士こそ、全人類が最も手本とすべき英雄なのです!」〉
 たとえ、一人でも、二人でもいい。本当の広宣流布の立派な指導者を育てたい。これが私の真情である。
 師匠を手本として、師匠のごとく立ち上がる。これが弟子だ。
 大闘争心に燃え、満々たる意欲をもって、広布の山に立ち向かうのだ。みなぎる気迫で、増上慢と戦い、尊き和合を護るのだ。
 私は、世界中の同志のことに、いつも心を巡らせてきた。真剣に広布のために戦っているのは、無名の青年部の諸君である。私は、よく知っている。
 わが青年部は、一閻浮提(全世界)第一の創価の師弟の誇りを持って勝ちまくろう!
 そして、輝かしい勝利、勝利の歴史を残しゆこう!〈青年部の参加者から「ハイ!」と力強い返事が〉
9  きょうは、欧州の代表60人も参加している。いつも、本当にご苦労さま!
 うれしい! よく来たね!
 欧州だけでも、これだけの方々が集う、すごい時代になった。
 だからこそ、リーダーは、これまで以上に謙虚に、尊き仏子に最敬礼していくことだ。師弟の道、広宣流布の道に、生きて生きて生き抜くのだ。
 心から、人々の幸福を祈り、社会の繁栄、世界の平和を考えていく──これが仏法の指導者の使命である。
 この一点を、絶対に忘れてはならない。
10  会って語れ!
 私はこれまで、ヨーロッパを駆けめぐり、各国の指導者とも、第一級の識者とも、対話を重ね、道を開いてきた。人間主義を広げるために、世界中を回りに回った。
 例えば──
 英国のチャールズ皇太子には、私邸にお招きいただいた。胸襟を開いて、縦横に語り合ったことは懐かしい思い出だ。
 同じく英国のアン王女、スペインのカルロス国王、スウェーデンのグスタフ国王とも、お会いした。
 統一ドイツのヴァイツゼッカー初代大統領も、固く強く、握手を交わした、大切な友人である。
 さらには、チェコのハベル大統領、ポーランドのワレサ大統領、英国のサッチャー首相、メージャー首相など、数多くの国家元首や首相と、人類の未来のために、率直に意見を交わしてきた。
 私は、若き日から、先駆を切って、対話の大道を歩んできた。何の位もない、民衆の代表として──。
 相手が一国の指導者であっても、市井の一庶民であっても、大誠実を貫き、強き信頼の種を植えてきた。
 どうか、皆さんも、誰とでも分け隔てなく接し、わが舞台で、人間共和の花を爛漫と咲かせていっていただきたい。
 ともあれ、わが壮年部は、生き生きと広宣流布に戦うことだ。そこに、人生の総仕上げが光る。頑張ろう!
11  師の薫陶を胸に
 ロシア(ソ連)のゴルバチョフ大統領とは、これまで10度にわたって親しく語り合った。
 最初の出会いは1990年7月、モスクワのクレムリン。
 平和について、両国友好の未来について、意見交換した。私が多忙な大統領を気遣い、おいとましようとしても、大統領は押しとどめられる。会見は約1時間10分にわたった。
 忘れ得ぬ出会いを、一つ一つ、積み重ねてきた。これが私の人生である。
 〈名誉会長とゴルバチョフ大統領が初会見した当時、日本の外交の焦点の一つは、“ゴルバチョフ大統領の訪日がいつ実現するか”であった。
 名誉会長が「桜の咲くころか、秋のもみじの季節に」と訪日を要請すると、大統領は「訪日は絶対に実現させます」「できれば、春に日本を訪れたい」と応じたのである。
 昨年12月、来日したゴルバチョフ氏は、名誉会長と都内で再会。
 その際、氏は「(1991年4月には)池田会長のおかげで日本にも初めて訪れることができました」と感慨深く振り返った〉
 ただただ私は、「創価学会」の誇りと確信を胸に、一民間人として、世界中の指導者と対話を重ねてきた。
 これが、信心の力である。
 私には、戸田先生の直々の薫陶があった。戸田先生もまた、牧口先生から直接、訓練を受けてきた。
 本当の仏法の生き方、人生のあり方、人間革命の真髄──これらをすべて私は教わってきた。だから、相手が誰であろうと、胸を張って語り合える。
 これが、師弟に生きゆく「創価精神」である。
 若き諸君も頑張れ!
 歴史をつくるのは民衆である。わが信念を、堂々と叫びきっていただきたい。
 〈名誉会長は、欧州統合の父クーデンホーフ・カレルギー伯爵、歴史学者のアーノルド・トインビー博士、文化の闘士アンドレ・マルロー氏、美術史家ルネ・ユイグ氏、平和の大科学者ジョセフ・ロートブラット博士をはじめ、世界的な知性と対談集を発刊。
 また、フランス学士院、ボローニャ大学、ソフィア大学など、欧州の大学・学術機関に招かれて講演を。
 英国のグラスゴー大学、クイーンズ大学ベルファスト、イタリアのパレルモ大学、デンマーク・南大学などから名誉学術称号を贈られている〉
12  輝く5月3日へ
 ともあれ、全欧州に、SGIへの信頼の連帯が築かれた。
 各国から贈られた最高峰の栄誉も、知性の宝冠も、すべて同志の皆さんと分かち合う、精神の宝である。
 欧州の皆さん、ありがとう!
 皆、素晴らしい人たちばかりだ。
 リーダーは、広布の同志に対して、“家族以上に大切に”という思いで尽くしていくのだ。身を粉にして、最前線の隅々まで回り、師弟の精神を伝えていってもらいたい。
 欧州広布の発展の姿は、本当に明るい。
 「5月3日」を目指し、史上最高のスクラムへと、大拡大している。
 30カ国・7,200会場での大座談会運動も、立派である。
 新たな決意に燃えて進む欧州の皆さん、おめでとう! ありがとう!
13  きょうの幹部会では、カンボジアのソク・ソチェット青年部長が、SGI(創価学会インタナショナル)の友を代表して、素晴らしいあいさつをしてくださった。
 本当にありがとう!
 彼女は、わがアメリカ創価大学の出身である。
 母国に舞い戻っての活躍がうれしい。
 カンボジアの英知の言葉に、こうあった。
 「使わないと古くなる、よく使うと新しくなる」(坂本恭章訳「カンボジアのことわざ」、『世界ことわざ大事典』所収、大修館書店)
 どんどん頭を使うのだ。友のため、勝利のため、平和のために。使えば使うほど、新鮮な智慧がわく。
 使命とは、「命」を「使う」と書く。
 広宣流布のために命を使えば、若々しい生命力がわき上がる。永遠の大功徳に包まれる。
14  民衆の幸福こそ広布の大目的
 戸田先生は、女子部の「華陽会」の席上、こう語られた。
 「将来、必ず、世界各地から、同志が集ってくる時代が来るよ。
 夢のように聞こえるかもしれないが、決して夢ではないのだ。
 ゆえに、今はしっかりと、広宣流布に戦って、無量の功徳を開くのだ!」
 先生が言われた通り、今、世界広宣流布の時代が来た。あの国この国に、華陽のスクラムが広がっている。
 世界の池田華陽会、頑張れ!
 戸田先生は民衆の真っただ中へ飛び込んでいかれた。
 病苦や経済苦、厳しき宿命の嵐と戦う同志に、先生は、誇らかに、こう叫ばれた。
 「大聖人の御遺命は、世界の広宣流布にある。世界の民衆の幸福にある。これを、絶対に忘れてはならない。
 創価学会の闘いは、あくまでも、世界、そして人類の救済にあるのだ」
 この世界広宣流布の大使命を果たしているのが、わがSGIの友である。
 皆様は妙法の種を蒔いている。自身の人間革命が、一家を変え、社会を変え、やがては世界を希望の方向へと変えていけるのだ。
 日蓮大聖人の御賞讃は、いかばかりか。
 本当にありがとう!
15  勇者の名は永遠
 芸術部の皆さんに、ドイツの大音楽家ベートーベンの言葉を贈りたい。
 彼はノートに、こう書き記した。
 「勇気は汝を正しい道に導くであろう」(阿部謙太郎訳『ベートーヴェン 心の手記及伝記』平原社、現代表記に改めた)
 芸術部の皆さん、勇気で勝とう!
 いつもありがとう!
 芸術部を、今までの何十倍も、皆で応援していきたい。
 一人一人の芸術部の名前が、広布の歴史に燦然と光っていくことは、間違いない。偉大な功労を永遠に留めたい。
 芸術部が輝けば、百人力、千人力である。
 芸術部、頑張れ!
16  世界に開いた平和への対話
 トインビー博士の歴史観の一つの結論は、「挑戦と応戦」の理論であった。
 博士は述べている。
 「文明というものは、つぎつぎに間断なく襲いきたる挑戦に対応することに成功することによって誕生し、成長するものである」(深瀬基寛訳『試練に立つ文明』社会思想社)
 広宣流布と人間革命の前進もまた、幾多の挑戦や試練に応戦し、打ち勝ってこそ、力を増すのである。
 トインビー博士と私の対話は、花薫る5月のロンドンで行われた。
 1972年と73年のことであった。
 かねて博士から手紙をいただいていた。
 “人類が直面している諸問題に関して、ぜひ意見交換したい”と。
 高齢の博士の身を思い、私のほうから、妻とともに、イギリスに向かったのである。
 博士の自宅で、対話が始まった。
 連日のように続いた語らいは、のべ40時間ほどになった。
 人間とは何か。平和の道は。生命とは何か──。
 20世紀を代表する歴史学者の、いわば遺言である。超一級の思索の結晶であった。
 しかし、通訳が難航した。緻密な論理や仏法用語を、スラスラと訳せる優秀な通訳が、当時は、まだいなかった。この時ほど、通訳・翻訳陣の重要性を痛感したことはない。
 ともあれ、私は、トインビー博士との対話を深き原点として、平和への対話の道を、全世界に開いていったのである。
 〈名誉会長とトインビー博士の対談集『21世紀への対話』は、今や28言語に翻訳され、世界の指導者、識者が愛読する“枕頭の書”ともなっている〉
17  勝利の指揮を!
 アフリカのコンゴの格言に、こうあった。
 「美しい物はイバラの中に育つ」(矢崎源九郎編著『世界のことわざ』社会思想社)
 苦難の茨を乗り越えてこそ、心美しく、強き人間となるのだ。
 我々は、この精神で進もう!〈「ハイ!」と元気な返事が〉、
 ここで、もう少々、戸田先生の言葉を語り残しておきたい。
 先生のおっしゃったことは、全部、大切にしてきた。時には深夜までかかって、妻とともに記録してきた。
 師の言葉を、一言一句たりとも、漏らすまい。断じて、おろそかにはしない──これが弟子であるからだ。
 戸田先生は言われていた。
 「肚を据えるのだ。
 人は人、自分は自分である。
 何があっても、私は戦うんだ!──この精神が一番、大事なのだ」
 大難を一身に受けて戦う師を護り、師と同じ心で、“不可能”の壁を打ち破る。
 自分が師弟の魂を護り抜く!
 これが弟子の誓いであり、祈りであり、戦いである。
 後継の皆さん、頼むよ!〈「ハイ!」と力強い返事が〉
18  悩み苦しむ友のもとへ
 戸田先生は、苦難に立ち向かう友を励まして、こう語られた。
 「人生は、トンネルに入ったような時もある。しかし、トンネルを抜ければ、また、きれいな景色が見えるではないか。
 途中で止まってはいけない。
 信心で最後まで戦い、進むのだ」
 不況の中で奮闘する同志も、長きにわたって病気と闘う同志も、断じて負けるな!
 私も一生懸命、題目を送っている。
 リーダーは、真っ先に、悩んでいる人、苦しんでいる人のもとへ駆けつけて、温かい励ましの声をかけていくのだ。
 ともに祈り、あらゆる手を打っていくのである。
 学会の役職は、同志に尽くすためにある。威張るためではない。
 広布の友は皆、仏子である。自分は、ひとつも偉くない──そういう思いで、頭を下げる。謙虚な心を忘れない。その人が、本当に偉い人である。
 すっきりとした心で、広宣流布の志願兵として戦う。新しい人を伸ばしていく。そのリーダーの一念の中に、さらなる地域の発展があるのだ。
19  「青年の陣列を必ず築きます」
 昭和33年(1958年)1月、私は戸田先生に、男子部が10万人の陣列への拡大を間もなく達成できるとお伝えした。
 先生は、大変に喜ばれて、こうおっしゃつた。
 「青年部の陣容は揃った。
 これだけの数の青年がいれば、何でもできる。
 民衆のための、新しい時代の夜明けが来る!」
 戸田先生が第二代会長に就任された時、会員は実質、約300人だった。青年部も少なかった。その後も、折伏はなかなか進まなかった。
 私は先生に申し上げた。
 “私が指揮を執ります。先生、心配しないでください。青年部も必ず10万人の陣列を築きます”──と。
 そして、各地で拡大の突破口を開いていった。
 私は、戸田先生の事業が挫折した時から、すべてをなげうって先生を支えてきた。
 先生は私の体を心配して、「大作は体が弱い。今のままでいくと、30歳までもたないかもしれない。俺も一生懸命祈る。お前も祈って、学会を大きくしてくれ」と語られたこともあった。
 私は先生に約束申し上げたことは、全部その通りに実現した。どんな組織も、見事な拡大の結果が出せるような、生き生きとした組織へと変えた。
 先生は「大作は有言実行だ。何一つ、嘘がない」とおっしゃってくださった。
20  師の精神を具現
 先生は亡くなられる前に言われた。
 「いい弟子を持って、俺は本当に幸せだ。
 牧口先生と一緒に牢獄に行ったことも幸せだったけれども、お前がいたおかげで創価学会の未来は開けた」
 私は先生の言葉の通りに、学会を日本中、世界中に発展させてきた。
 先生が逝去された後、各界の指導者とお会いする機会があった。その際に「池田さんのことは、戸田先生から聞いています」と言われたこともあった。
 本当に弟子のことを心から考えてくださる慈愛深き師匠だった。
 私は戸田先生の後を継ぎ、尊き同志の皆様とともに、先生の精神を具現して現在の世界的な創価学会を築いてきた。
 牧口先生、戸田先生、そして私の、三代会長の死身弘法の闘争によって、学会は構築されたのである。このことを夢寐にも忘れてはならない。
 この一点をゆるがせにすれば、学会は道を誤ってしまう。異体同心の団結ができなくなってしまう。
21  生き生きと戦え
 ともあれ、青年部の時代である。若き諸君の時代である。
 新しい人材をどんどん伸ばし、新しいリーダーが生き生きと戦っていけば、学会はまた一段と若返って前進していける。
 戸田先生は、こうも言われた。
 「大聖人の弟子ならば、大聖人の仰せ通りに戦うのだ。大聖人の御心を心として、広宣流布を本当に誓い、行動するならば、もったいなくも、大聖人と同じ戦いができるのである」
 大聖人と同じ大願に立って戦う同志を増やしていく。それが広宣流布である。
22  すべてが福徳に
 全世界の同志の皆さん、きょうはありがとう! 皆さんの勝利、勝利の前進を祝して、万歳をしたい。
 アフリカから来られた方、どうぞ前に来てください!
 〈コートジボワールの壮年部、クアディオ=ダブラ・ボッソン=マチュ支部長が壇上に上がり、全員で万歳を三唱。
 同支部長は「先生のために戦えることを、広宣流布のために働けることを、心から光栄に思います」と述べた〉
 本当に、よく来てくださった。
 日本から遠く離れたアフリカの地で、喜び勇んで戦ってくれている。何とうれしいことか。何とありがたいことか。
 アフリカの友人の皆さんに、どうか、くれぐれも、よろしくお伝えください。
 ありがとう! メルシー!(フランス語で、ありがとう)
23  戸田先生は指導しておられた。
 「団結せよ!
 皆で祈り、智慧を出し合えば、どんな問題も、それだけ早く解決することができるのだ」
 それぞれの地域、それぞれの国にあって、異体同心の祈りと団結で、何があっても変毒為薬しながら、仲良く朗らかに前進していっていただきたい。
 友のため、社会のための学会活動は、結局はすべて自分の福運と、なる。このことを深く確信していくことだ。
 戦いは負ければ皆が苦しむ。だから断じて勝つことだ。自分のため、そして健気な同志のために、リーダーは勝ち戦の指揮を執っていただきたい。
 〈ここで、名誉会長の導師で、全員で題目を唱えた〉
 きょうは、ご苦労さま! 海外の同志、ありがとう! 心から御礼を申し上げます。
 友の幸福のために行動しゆく皆様は、仏の使いです。
 どうか、お元気で! サンキュー! また、何回もお会いしよう!

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