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日蓮大聖人・池田大作

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全国代表協議会  

2007.2.21 スピーチ(聖教新聞2007年上)

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1  今、あの地でも、この地でも、創価の同志が懸命に戦ってくださっている。
 そのあまりにも尊き姿を、わが胸に思い描きながら、一編の詩を詠ませていただいた。地区部長と地区婦人部長の皆様に捧げるものである。
 お父さんが、地区部長をされている方? お母さんが、地区婦人部長の方は?〈ともに、「はい」と手が挙がった〉
 「いつも大変にお世話になります。連日の広宣流布の大闘争、本当にありがとうございます」と最敬礼する思いで、一気につくらせていただいた。
 〈山本伸一作・長編詩『広布第一線・学会の要 地区部長 地区婦人部長の皆様に最敬礼』として本紙22日付から3回にわたり掲載され、全国に大きな波動が広がった〉
2  心の炎を燃やせ
 人生は、すべてが戦いである。詩をつくるのも戦いである。
 大事なのは、リーダーの心が、広宣流布へ燃えているかどうか。その一点である。
 指導者の心の炎は、自然のうちに、同志にも点火されていく。
 そこから、広宣流布の新しい歴史が動き始めるのである。
 14世紀に活躍したイタリアの桂冠詩人ペトラルカ──戸田先生もお好きな詩人であった。
 このイタリア・ルネサンスの輝ける詩人は、あらゆる不幸な運命と戦う気概を、力強く詩に謳い上げた。
 「凶暴な敵を打ちたおし 勝利の栄冠をつかむのだ」(近藤恒一編訳『ペトラルカ=ボッカッチョ往復書簡』岩波文庫)と。
 仏法もまた「勝負」である。
3  自分自身の人間革命のために!
 現在、私は月刊誌「第三文明」誌上で、ブラジルの著名な天文学者モウラン博士と対談を続けている。〈「天文学と仏法を語る」〉
 このなかで、モウラン博士は言われた。
 「すべてを生き生きと、活発にするためには、この惑星にいる限り我々が余儀なくされる、あらゆる『挑戦』に対して、『応戦』を繰り返していく以外にありません。そして、より良く変えるための挑戦や勇気は、すべての困難にまさる最大の源であることを強調したいと思います」と。
 自分が「前へ」進んでいるから、「風」も起こるのである。
 「挑戦」には、「応戦」していくしかない。その「戦う勇気」を持つことである。それが大歴史学者トインビー博士の結論でもあった。
4  女性の意見を大切にせよ!
 日蓮大聖人は仰せである。
 「たとえ、太陽と月が地に落ち、須弥山が崩れたとしても、(妙法に尽くす)あの女性が仏になられることは疑いない。なんと頼もしいことであろうか。なんと頼もしいことであろうか」(御書1390㌻、通解)
 どんな困難があろうとも、まっすぐに広布の道を進んでいく。その女性が幸福にならないわけはないのである。
 学会活動に徹し抜いていけば、必ずや、だれからも好かれ、あらゆる面で守られて、所願満足の人生を朗らかに総仕上げしていくことができる。
 そういう模範の先輩方が、学会には数多くいらっしゃる。
 ともあれ、学会の男性幹部は、幅広く女性から意見を求め、それを大事にして、女性が最もやりやすいように配慮していくことだ。
 女性が輝いているところが、一番伸びていくのである。
5  「対話」こそ平和の王道である。
 それは、私の生涯を貫く信念である。
 統一ドイツのヴァイツゼッカー初代大統領とも深い友情を結んだ。
 「ドイツの良心」と謳われ、哲人政治家として世界的に名高い。温和な表情には、深い人格の輝きがあった。
 大統領にお会いしたのは、1991年6月12日。約1時間の会見となった。場所はボン市内に立つ大統領官邸。ライン川に面した由緒ある白亜の建物である。官邸の窓からも、美しいラインの流れを見わたすことができた。
 この会見は、「ベルリンの壁」が崩壊し、東西ドイツが念願の統一を果たした8カ月後のことであった。
 当時、統一ドイツの首都の移転などをめぐって、多忙を極めておられた。そのなかにあって、大統領は、わざわざ時間をつくってくださり、会見が実現したのである。
 じつは、会見の9年前の1982年、すでに西ベルリンの市長をされていた時代から、招聘をいただいていた。都合がつかず、実現できずにいたのである。
 大統領の歓迎は、それはそれは温かかった。小さなテーブルを囲んで、率直な語らいを交わしたことが懐かしい。
 1時間の会見のテーマは──「ドイツ統一後の課題」「政治と哲学」「国連と世界平和」「物質文明と人間」について等々、多岐にわたった。
 大統領は、強く語られた。
 「皆様方SGIの運動が貴国でも成功され、発展されることが、必ずや世界平和への貢献となることを信じております」と。
 このように、世界の一級の指導者が、私どもの運動に深い信頼を寄せてくださっている。見る人は、鋭く見ているのである。
 〈4年後の1995年9月23日、ヴァイツゼッカー元大統領は、ライン川の河畔にあるSGIのヴィラ・ザクセン総合文化センターを訪問。同センターで開催されていた詩人ゲオルゲの展示会を鑑賞した。
 センターに到着して、車を降りるや、発せられた第一声が「池田会長はお元気でしょうか」であった。
 さらに元大統領は「池田会長との会見は、よく覚えています」 「SGIの皆様の運動が発展していくことを期待します」と述べている。
 元大統領からは、本年も丁重な新年状が名誉会長のもとに寄せられている〉
6  「丘の女王」の都市から栄誉
 このほど、ブラジルから、私のもとにファクスが入った。
 それは、パラナ州の 「丘の女王」と呼ばれる、美しい田園都市イバイチ市から、私への「名誉市民証」の授与が決定したとの知らせであった。
 その式典が、来月、議会場で挙行されることになっている。関係者の皆様方に深く感謝申し上げたい。
 このイバイチ市が誕生したのは、1947年(昭和22年)。
 その年は、私にとって、恩師・戸田先生と巡りあい、人生を賭けた世界平和の大建設へ、第一歩を踏み出した年であった。以来、本年で60星霜。私とともに、“良き市民”として社会貢献の道を歩みゆく、全世界のSGIの同志の皆様に、私は心からの感謝と賞讃を贈りたいのである。
7  友の心を知る人間指導者たれ
 インドのネルー首相は訴えた。
 「われわれは経費を必要とするだけではなく、はるかにもっと重要な、錬磨された人材を必要とするのである」(宮西豊逸訳『アジアの復活』文芸出版社)
 大切なのは人材だ。学会は人材をもって城となす──これが戸田先生の叫びであった。
 もっとも、学会精神を伝え、人材を育てるといっても、何か特別な方法があるわけではない。難しく考えることはない。
 日ごろの触れ合いのなかで、一歩一歩、信心を教えていけばいい。先輩として、親しい友人として、ふつうに、ありのままに接していけばいいのである。
 ある青年部のリーダーから「どうやって新入会の友に、師弟の精神を教えていったらいいか」と質問があった。
 しかし、教えるといっても、相手が聞きたくない時に、無理に話しても心に入らない。
 相手の求道に応え、いい機会をとらえて、伝えていけばいい。
 ただ、表面的なことを知ったからといって、それで師弟がわかったことにはならない。
 相手も、いろいろだ。
 純真な人もいれば、生意気な人もいる。強気の人、弱気な人、さまざまな人がいる。
 すべての人に同じように接すればいいということはありえない。
 相手のことをよく知ったうえで、「相手のために、今、あえて話しておかねばならない」という場合もあるだろう。
 大切なのは、友の心を知り、時と場合に応じて語っていく、人間哲学者の直観の智慧である。仏法を弘めていくための智慧である。
 友の幸福を真剣に祈るなかで、偉大なる智慧がわく。一人一人を最高に輝かせる、励ましの手を打っていけるのである。
8  会員に尽くすのが真のリーダー
 かつて、私が無実の罪で逮捕された大阪事件の渦中に、戸田先生は言われた。
 「学会の障魔を大作一人が背負って戦っている。どんなことをしても、大作を守らなければならない」
 これが先生の叫びであった。ありがたい師匠であった。先生は、だれよりも私のことを信頼し、大切にしてくださったのである。
 御聖訓には仰せである。
 「経文には、人々に憎まれるほど、厳然と正法を受持し、弘めるのが、末法の法華経の行者であると説かれている。
 そうであるのに、難を受けず、人によく思われ、人の心に従って、皆から貴いと思われているような者は、法華経の敵であり、世間の悪知識であると思いなさい」(御書556㌻、趣意)
 大事な御書である。学会にも、これまで、名聞名利ばかりを求めて堕落し、ついには退転していった人間がいた。そうした人間は絶対に信用してはならない。
9  ドイツの詩人ヘルダーリンは綴った。
 「すべては若返らなくてはならない。根柢から変らなくてはならない」(渡辺格司訳『ヒュペーリオン』岩波文庫)
 学会の会長、理事長をはじめ、今、新時代のリーダーが陸続と躍り出ている。私は、本当にうれしい。
 牧口先生の後を継いだのは、弟子の戸田先生であった。戸田先生の後を継いだのは、弟子の私である。そして、私の後を、若き池田門下の皆さんに厳然と継いでいただきたい。
 私が全魂を傾けて育ててきた、本当の弟子の時代が、いよいよ始まったのである。
 ともあれ、学会のリーダーの根本は「会員への奉仕」である。
 特に最高幹部は、深い慈愛をもって、会員の皆様に尽くしていくことだ。この根本を決して忘れてはならない。
10  国籍や言語の違いを超えて
 インド国立ガンジー記念館の前館長であるラダクリシュナン博士は、私との対談のなかで、こう語っておられた。〈月刊誌「灯台」誌上で「人道の世紀へ──インドの哲学と教育を語る」と題して連載中〉
 「今では『平和の擁護者』であるべき宗教も、多くが活気を失ってしまっています。その中で、SGIは例外中の例外なのです」
 「私は、今まで直接、この目で、何千人もの男女、年齢差のある人々、国籍の違う人々、言語、肌の色の違うSGIのメンバーが、平等に、そして『広宣流布』という、世界の平和と精神的な豊かさの実現のために、厳然とした決意を漲らせて集い合い、活動するのを見てきました」
 「創価学会は、まさに『混乱の時代』の全人類の希望なのです」
 世界の知性が学会の前進に寄せる期待は、まことに大きい。
 私たちは、大いなる誇りと自信を持って、創価の大道を歩んでまいりたい。
 〈博士は、こうも語っている。「(SGIメンバーが決意と活力にあふれて活動している背景には)初代、二代の会長の決然とした生き方がありました。なかんずく、自身よりも人類の利益を優先させる、透徹したビジョンを備えられた池田先生の行動、高貴なる魂が、SGIメンバーの確信の源泉であることを、私は見たのです」〉
11  勝利の春を!
 思えば、わが青春は嵐の中であった。
 恩師のもとで、あらゆる苦難を乗り越えた一日一日こそが、人生最高の宝の日々であった。
 昭和26年(1951年)の2月21日、水曜日、晴れ──。
 私は23歳。孤軍奮闘しながら、必死で戸田先生を支えた。このころ、ようやく、先生の事業に、最悪の苦境を脱する道が開かれた。
 私は日記に記した。
 「春だ。春だ。
 もうじき、希望に燃える春が来る。
 大志も、情熱も、草木と共に伸びてゆく」
 「所詮、信ずるものは、大御本尊様也。永久不変の大真理也。そして、自己自身也。
 その自己の正報ありて、依報の同志、強く、逞しく続かんや」〈正報は主体、依報は環境、それらが深い次元では不二であると仏法では説く〉
 「若人よ、起て。若人よ、進め。若人よ、行け。前に、前へ。岩をも、怒濤をも恐れずに。
 ロッシの如く。ブルーノの如く。ナポレオンの如く。アレキサンダーの如く。ホイットマンの如く。ダンテの如く」
 私は自らを奮い立たせた。そして、ついに、晴れやかな5月3日、戸田先生の第二代会長就任を迎えたのである。
 師弟一体の勝利劇。これが創価の道である。
 ある時、三国志の英雄・諸葛孔明を謳った「星落秋風五丈原」の歌を、戸田先生の前で披露した。
 その時、先生は涙を浮かべて語られた。
 「私は、偉大な良き弟子を持った。ゆえに幸せだ。永遠に勝利者だ」
 忘れ得ぬ思い出である。
 若き諸君にとって、春は新しい節目を刻む季節である。今年の春もまた、わが青年部は、大いなる成長と勝利の歴史を、堂々と残していただきたい。
12  戸田先生は青年を愛した。愛するゆえに、訓練は厳しかった。威張る人間、ずるい人間には容赦しなかった。
 「平坦な道をゆっくり歩いていたら、宿命転換なんかできるか」
 こう一喝されたこともあった。
 信心は、自分自身を変えていく戦いである。険しい道があって当然だ。
 戦時中、軍部政府の宗教弾圧が、学会に襲いかかった。当時のことを、私は戸田先生からうかがった。
 戸田先生は、師匠である牧口先生に言われた。
 「先生、戦いましょう。不肖この戸田も、先生の弟子として、命を賭す覚悟はできております」
 牧口先生は、宗門が強要してきた神札を、断固、拒否される。
 殉難の道を選んだ師。そして、師とともに殉ずる覚悟の弟子。
 この尊き師弟の共戦が、学会の永遠の基盤を築いたことを忘れてはならない。
13  「誠実」第一で!
 広宣流布は、希望の拡大である。幸福と友情の拡大である。
 戸田先生は、「内部の味方よりも、外にいる人の方が頼りになる場合がある。外に味方をつくれ!」と言われた。
 本物の味方をつくる。そのためには、「誠実」が第一である。
 ツンと、すました顔をしていてはいけない。何かあれば、だれよりも早く駆けつける。さわやかに、自分から、あいさつを交わす。その姿に、人は信頼を寄せる。
 何も、声を張り上げる必要はない。自然体で、心を通わせていけばいいのである。
 しかし、悪い人間に利用されるような、愚かな誠実であってはならない。善悪を見抜く、光る智慧がなければならない。
 ともあれ、朗らかに! どこまでも朗らかに!
 それを忘れたら、つまらない。大きな心で、余裕をもって、進んでいただきたい。
 たとえば、一生懸命、折伏をしても、相手が反対して、信心しない場合もある。それでも、いいのである。
 祈るのだ。相手の幸福を祈っていくのだ。その祈りは、必ず通じる。だれ人も、祈り抜いた人間には、かなわない。祈りこそ、仏法の真髄であり、宇宙の真髄であるからだ。
 「声仏事を為す」である。
 声が仏の仕事をする。題目の声は、行動となり、力となり、エネルギーとなっていく。諸天も動かす。
 祈られた存在は、必ず祈る人の境涯に包まれ、善の方向へと向かうものだ。
 何でも話せる仲のよい友人ならば、なお、つながっていく。
 信心に反対の友人なら、反対のまま、生命はつながっていく。仏縁を結んでいける。
 仏法に無駄はない。どんどん語っていくことだ。堅苦しく考える必要はない。「本有無作」であり、ありのままの姿でいい。
 眼前の課題のため、勝利の目標のため、広布のため、自他ともの幸福のために、縦横に祈るのである。
 その強き祈りに、「無作三身」の仏の生命が涌現し、「本有常住」の境地が築かれるのである。
14  声をあげよ!
 フランスの思想家ヴォーヴナルグの言葉にこうある。
 「嫉妬と誹謗とがその人の美徳なり才能なりを眼の敵にして、その人の評判を落とそうと骨を折る間にこそ、敢然としてその人に花を持たすべきである」(内藤濯訳『省察と箴言』創元社、現代表記に改めた)
 正義の人を、皆がこぞって貶めようとしている時、声をあげる人こそが「正義」である。
 いわんや、正法を誹謗し、広宣流布を破壊しようとする者には、一歩もひいてはならない。
 日蓮大聖人は「諫暁八幡抄」に仰せである。
 「(謗法の邪師によって、多くの人々が地獄に堕ちているのを)日蓮が大いに見ながら、自らを偽り、おろかであるために、これを言わなければ、ともに堕地獄の者となって、一分の科(とが)もない身が十方の大阿鼻地獄を経巡ることになるであろう。どうして身命を捨て、謗法を責めずにいられようか」(御書587㌻、通解)
 「末法には必ず、一仏乗の法華経に対する強敵が充満するであろう。ゆえに不軽菩薩のように折伏し、逆縁を結んで、衆生を利益していくのである。おのおの、わが弟子らよ、ますます信心に励みなさい。励みなさい」(同589㌻、通解)
15  指導者革命を
  「指導者革命」をできるか、いなか。「リーダーは民衆に尽くすためにいる」という伝統を確立できるか、いなか。これで、学会の将来は決まる。
 学会員の皆様は、あまりにも人がいい。皆、リーダーを包容し、もり立ててくださるが、それに甘えて、いい気になってはいけない。
 信心をしていない人からも、「立派だな」「さすがだ」と言われてこそ、本物の指導者である。
 なかんずく、焦点は青年部である。
 戸田先生は、いつも言われていた。「青年のために、学会はあるのだ」「次の学会を頼む!」
 私も今、全く同じ気持ちである。
 では、「指導者革命」の要諦とは何か。さまざまな角度から論じることができるが、その根本は「人間を人間として見る」ことだ。
 組織の運営とか、役職にとらわれるあまり、人間の顔が見えなくなってはいけない。
 人は皆、平等である。人間の心を大事にすることだ。ここに根幹がある。魂が魂を揺り動かしていくのだ。
 一人一人が、仏法の、広宣流布の道を正し歩んでいくために、組織はある。しかし、組織のために、一人一人がいるのではない。
 心をつかみ、心を大切にし、心を合わせて、広宣流布の和合僧の組織を築いていく──そういう指導者になっていただきたい。
16  そのためにも青年は、進んで苦労を買ってでることだ。苦労した人でなければ、人の苦労は、なかなか分からない。
 文豪・吉川英治も言っていたが、若い時に裕福であることは、かえって不幸ではないだろうか。
 〈吉川英治がある青年に言った言葉に、こうある。 「君は不幸だ。早くから美しいものを見過ぎ、美味しいものを食べ過ぎていると云う事はこんな不幸はない。喜びを喜びとして感じる感受性が薄れて行くと云う事は青年として気の毒な事だ」(『吉川英冶とわたし』講談社)〉
 お金があるから幸福とは限らない。
 青年時代に苦闘し、勝利を戦い取って、両親をはじめ、お世話になった方々に恩返ししていく。これこそ、最も幸福な、正しい人生の軌道であると、私は思う。
 戸田先生は「社会にお金はいくらでも流れている。こっちに入ってこないだけだ。福運によって、入ってくる穴をあければ、いくらでも懐に入ってくるよ」と、悠々と言われていた。
 大事なのは福運をつけることである。三世に崩れぬ幸福の土台を築いていくことである。
 また、なかには、肉親を早くに亡くされたり、ご家族が闘病中の方も、おられるに違いない。
 しかし、仏の眼、永遠の生命の眼から見るならば、少しも心配はいらない。
 広宣流布に戦われた功徳は、わが生命に、そしてわが家族、一族に、永遠に流れ通っていくことは、絶対に間違いない。
17  ともあれ、同志の皆様の真剣な戦いによって、学会は順調に拡大し、発展している。
 変化、変化の大激動の時代にあって、これは大変なことだ。
 あらためて感謝申し上げたい。
 勝つことは愉快だ。反対に、負ければ苦しい。
 ゆえに私たちは、本年も戦い、勝とう!〈「ハイ!」と決意の声〉
 「青年だ! 戦おう!」
 「学会っ子だ! 戦おう!」
 ──こう申し上げ、スピーチを結びたい。長時間、ご苦労さま。お元気で。またお会いしましょう!

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