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タゴール国際大学名誉文学博士号授与式  

2006.5.29 スピーチ(聖教新聞2006年下)

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2  東西の精神的結合がここに
 東洋と西洋を結び、そして、世界を結んだ大詩人タゴールは、晴れ晴れと宣言しました。
 「私の学校(=タゴール国際大学)は(中略)人類の精神的結合を代表するものである」(北昤吉訳『古の道 タゴール講演集』プラトン社、現代表記に改めた)
 その壮大にして、深遠なる使命を担い立つ貴・タゴール国際大学の一員とさせていただいたことは、誉れある「世界市民」となった証明であると受け止めています。
 崇高なる貴大学の伝統を深く胸に刻み、私は、謹んで、名誉学位記を拝受させていただきます。
 きょうは、インドをはじめ、海外の代表も出席さらに世界190カ国・地域の友も、本月の式典を喜び、見つめています。
 貴国を敬愛する全同志とともに、私は、この意義深き栄誉を分かち合いたいのです。
3  創価の人生は生き生きと!
 「人生は永遠の創造」である(山口三夫訳「人格論」から、『タゴール著作集第9巻』所収、第三文明社)。
 これは、私が青春時代から大好きだった、タゴールの言葉です。
 私たちの「創価」の人生も、永遠に生き生きと、価値創造していかねばならない。それが我らの変わらぬ指針です。
 先ほど、バスー副総長が語られた通り、タゴールは、一生涯、若々しく、偉大なる創造を成し遂げました。
 晩年においても、2,500枚もの絵画を描き切っていった。
 この驚嘆すべき「創造の大情熱」に、私は、若き日から深い感銘を寄せていた一人です。
 ここにおられるボンドポディア教授は、このタゴールの絵画と文学の研究の第一人者として、世界的に有名な学者であられます。
 全員で大きな拍手をもって歓迎申し上げたい。
4  タゴールは、「偉大なる富も強大なる帝国もやがては塵芥ちりあくたとなるであろうが、精神の所産は不朽の価値を持っている」(前掲『古の道 タゴール講演集』)と断言しました。
 財産を、権力を持った人間が偉いのか。断じて違う。精神が生み出したものこそ、最高に価値あるものです。
 その無上の価値を、日々、つくり出しているのが、私たちです。その確信を持ってください。
 そしてまた、タゴールが未来のために魂魄を留めた貴大学こそ、まさしく、不滅の「人材創造の大城」であると、私は、声を大にして申し上げたいのであります。
5  40歳で創立
 タゴールが、貴大学の創立に決然と立ち上がったのは、40歳の時です。それは、1901年、すなわち、20世紀の幕開けの年のことでした。
 会場にも、40代の方がいらっしゃるでしょう。本当の人生の勝負は、40代からです。
 青春時代から積み重ねてきたことが、次第に円熟し、最大の効果を上げ、力を発揮する年代――それが、40代ともいえる。
 20代、30代の人に負けることなく、タゴールの後を継ぎゆく決心で、頑張ってください。よろしく頼みます。
 さて、タゴールの学校は、豊かな大自然に恵まれた天地を選んで、少数精鋭の5人の学生と5人の教師とともに、偉大なる第一歩が踏み出されました。素晴らしい歴史です。
 タゴールは、“よし、学校のためならば”と、家や大切な蔵書も売り払った。夫人も、貴重な宝飾品などをなげうって、その建設のために奔走しました。
 これほどまで、教育に賭けるタゴールの深い真情を理解できる人は、当を理解できる人は、当時、ほとんどいなかった。
 心ない冷笑や中傷を浴びせられるなか、孤立無援の戦いが続いた。そのなかから、世界に名高い貴大学の基盤が築かれていったのです。
6  私も、同じく40歳で、創価学園を創立しました。場所も、同じく大自然に恵まれた武蔵野の地を選びました。
 当時、私の考えを理解してくれる人は、決して多くはなかった。笑う人もいた。批判する人もいた。
 しかし、苦難なくして、偉大なものをつくれるはずがない。
 私は、一流の人間を、本物の人格を見習ってやってきました。その模範が、タゴールその人です。
7  初代、二代から託された道を
 初代・牧口先生、二代・戸田先生から託された創価一貫教育を、一人立って創り始めた私には、タゴールの苦悩が、タゴールの努力が、痛いほど胸に迫ってきます。
 学校を創るという事業は、全人生、全生命を捧げる覚悟がなければ、絶対にできません。
 貴大学の建設の途上、タゴールは最愛の家族を相次いで失いました。悲しい日々の連続でした。
 さらに、権力からの陰険な妨害や圧迫も続きました。良いことを成し遂げようとする人には、必ず、迫害がある。大闘争の歴史がある。牧口先生も、戸田先生の人生も、そうでした。
 タゴールもまた、そうした一切の苦難を耐え抜きました。
 そして、小さな学園から、世界が仰ぎ見る名門学府を堂々と築き上げていったのであります
8  「学校の成長が私の人生の成長」
 なぜタゴールは、あえて労苦を背負いながら大学を創立したのか。その尊き「創立の心」を、タゴールは自ら、こう綴り残しております。
 「人生の真理は、学問とともに、師弟の関係によってのみ、伝えることができる。
 私が、この大学を創立した最も重要な目的は、その『師弟の精神の絆』を確立することなのである」
 私は、これまでタゴールの著作を数多く読んできました。
 なかでも、この言葉は私の胸に深く迫ってきました。私は感動しました。感涙しました。
 最極の「人生の道」は「師弟の道」にしかない。これが学会精神であり、仏法の真髄でもあります。
 「師弟の道」こそが、永遠に行き詰まりのない「創造の道」であり、無限に広がりゆく「発展の道」であり、最も確かなる「勝利の道」なのであります。
 この荘厳なる“師弟の魂”を厳然と受け継いで、貴大学の新しい100年の栄光の歴史を開いておられるのが、バスー副総長ご夫妻であり、諸先生方です。
 師弟は不二であるゆえに、私たちは大教育者タゴールをお迎えした思いで、拍手をもって、気高き先生方に心からの尊敬と感謝を捧げようではありませんか。
 タゴールは、誇り高く述べました。
 「この学校の成長は私の人生の成長」である、と(弘中和彦著訳『世界新教育運動選書30 万物帰一の教育』明治図書出版)。
 私は、タゴールをめぐって戸田先生と語り合ったことを思い出します。
 先生は、「大作は本当によく本を読んでいるな。私が言ったことを全部覚えている」「大作にかなう者はいないな」と言われ、私のことを深く信頼してくださった。
 タゴールの生命は、貴大学とともに永遠に脈動し、「創造の太陽」のごとく、そしてまた「知性の月光」のことく、人類の前途を照らし続けていくことを、私は強く確信してやみません。
9  不正と戦い抜け
 私は、マハトマ・ガンジーとともにインド独立闘争を戦い抜いた、パンディ博士をはじめ、貴大学に学ばれた方々と交流を結んできました。
 その方々の人生に共通して燃えさかっていたのは、何か。それは創立者タゴールから受け継いだ、烈々たる「正義の闘魂」と、「不屈の信念」でありました。
 「正義の闘魂」と「不屈の信念」――この2つに、すべてが含まれている。
 私は、一切を戸田先生から学びました。劇のごとく、一対一ですべてを学びました。私は栄光の「戸田大学」の卒業生です。
 皆さんは「池田大学」で学ぶ誇りを持ってもらいたい。そして、若き力で、新しい時代を切り開いてほしいのです。
 タゴールは叫びました。
 「私たちは不正に対しては闘わねばならず、正義のために苦しまねばなりません」(福田陸太郎訳「友への手紙」、『タゴール著作集第11巻』所収、第三文明社)
 「正義の揺ぎなき信仰と結束との中に、我々の力を求めなければならぬ」(前掲『古の道 タゴール講演集』)
 この師子吼に奮い立って、貴大学の学生たちは敢然と戦い、勝ちました。
 わが創価の青年も同じであると信じています。
 戦争と暴力が渦巻く文明の危機の中にあって、タゴールは、おごそかにこう言い切りました。
 「人間に対する信頼を失うことは罪である。その信頼を最後まで私は持ち続けよう」
 「いつの日か、滅びることのない人間が、自分の勝利の旅の行進に、すべての障書を乗りこえて、自己の大いなる尊厳をとり戻す道に前進するだろう」(我妻和男著『人類の知的遺産61 タゴ一ル』講談社)
 このタゴールの大いなる信頼に、今こそ応えゆく時であります。
 青年部の皆さん、頼むよ!
10  誇りを胸に!
 あの深き大哲人の眼差しで、タゴールは、あらゆる民族が融合する未来を遠望しながら、こう記しました。
 「全人類の最初の勝利の旗がこの地(=タゴール国際大学のあるシャンティニケタン)に掲げられるだろう」(前掲『人類の知的遺産61 タゴール』)
 5年後の2011年は、タゴールの生誕150周年であります。
 この時、貴大学は晴れやかに、創立110周年を飾られます。
 創価大学は創立40周年を迎え、貴大学の100年後に誕生した、アメリカ創価大学は創立10周年となります。
 これからの大事な大事な5年間、貴大学の先生方とともに、タゴールのごとく誇らかに、人間の讃歌、生命の讃歌を謳い上げていきたい。
 若き諸君は、人と比較して卑屈になったり、名声ばかり追い求めたり、インチキをしたり、そんな人生を送ってはならない。
 自分らしく、誇りを持って生き抜いていただきたい。絶対に、負けてはいけない。
 そして、平和と正義の永遠なる「勝利の旗」をぱ、断固として打ち立てゆくことを決意しあいたい。
11  新しい息吹を!
 意義あるこの日に、わが恩師・戸田先生の言葉を留めさせていただきたい。
 戸田先生は、貴国インドに深い憧憬を抱いていました。そしてまた、タゴールのごとく、青年を愛し、青年を育てた指導者でした。
 先生は、こう言われていました。
 「青年は、どんな問題もはね返して、伸びていくことが大切だ」
 「新しい息吹を入れることが、組織を腐らせぬ唯一の方法である」
 「組織において、青年の出世の道をふさいではならない」
 新しい青年を、どんどん育てよう。先輩は、若い人々のために道を開くのだ。青年を伸ばすためにこそ、幹部はいる。
 これが戸田先生の心でした。
 先生は、若き日、「成功せし人にして仕事に怠慢せしものなし」と書き記しています。
 青年は、怠けてはいけない。働きに働いて、自分を鍛え抜いていかねばなりません。
 先生は、まだ若かった私を、本当に大事にしてくださいました。そして、実践の中で鍛え上げてくださいました。
 私をはじめ青年部に対して、「まず、全部、自分たちで責任をもって考えよ」と訓練してくださったのです。
 その先生が、こう厳しく言い遺された。
 「第三代会長がいる限り、創価学会は興隆し、発展する。幹部は、だれ人たりとも、第三代を守り抜け! これが、私のただ一つの遺言である」
 私は戸田先生のお心にお応えして、学会を大発展させました。広布のため、全学会員の幸福のために、すべてを捧げきって戦いました。
 古代ローマの哲人皇帝マルクス・アウレリウスは、『自省録』にこう綴っています。
 「……私の魂よ。自分を大事にする時などもうないのだ」(神谷美恵子訳、岩波文庫)
 指導者の責任感がにじみ出た言葉です。
 広大なローマの統治、たえざる敵との戦い。マルクス・アウレリウスは、皇帝としての職務をまっとうするため、すべてを犠牲にする覚悟をしていました。
 広布のリーダーも同じです。学会を担う幹部は、広布のため、同志のために、一切を捧げる決意がなくては務まりません。
12  毎日、民衆を激励
 マハトマ・ガンジーに深く仕えたネルー首相は、独立闘争の指揮を執るガンジーの姿を、こう描いています。
 「彼は毎日毎日メッセージや指令を発し、それが民衆を鼓舞激励するとともに運動が多くの好ましからざる方向にそれるのを防いでいた」(ガンジー平和連盟訳『マハトマ・ガンジー』〉朝日新聞社)
 ガンジーの、あの真剣な戦いを忘れるな!
 来る日も来る日も、我々を励ましてくれた、師匠の偉大な恩を忘れるな!
 ネルー首相は、そう訴える思いで、語り残したのではないでしょうか。
13  戸田先生もまた、師匠・牧口先生のご恩を決して忘れませんでした。
 殉教を遂げられた牧口先生をしのび、「極悪の連中は絶対に許さぬ! 必ず牧口先生の仇を討ってみせる!」と決心しておられた。
 さらにまた、「おれは絶対に師の仇を討つ。師の正義を証明してみせる。それが弟子ではないか!」と叫ばれていた、
 「どんなに人柄が良くても、立派そうに見えても、悪に対して弱い人間、悪と戦わない人間は、結局、ずる賢い人間だ」というのが、先生の結論でありました。
14  女性で決まる!
 タゴールと同じく、戸田先生は、未来を開く女性の力に注目していました。
 「広宣流布は女性で決まる」と、強い期待を寄せておられた。
 男女は平等です。女性を深く尊敬し、心から大切にしていかなければ、未来はありません。
 戸田先生の願い、それは、すべての女性が幸福をつかむことでした。
 「ああ、なんて幸せな人生か!」(藤木直子訳『アン・ブロンテ全詩集』大阪教育図書)
 イギリスの女性作家、アン・ブロンテ(ブロンテ姉妹の末の妹)の詩の一節です。
 さらにブロンテは、「追われて圧迫されても常に強く乗り越える苦労を、危険を――常に希望を一杯に膨らませて!」(同)と謳っています。
 女子部の皆さんに、今の言葉を贈ります。
 皆さんが、全員、幸福になりゆくことは間違いありません。どんな苦労があっても、希望を持って、強く乗り越えてください!
 女子部の皆さん、いつも本当にありがとう!
 タゴール国際大学の先生方をはじめ、参加された皆さまのご多幸とご健康を心から祈りつつ、私の御礼のスピーチを結ばせていただきます。大変にありがとうございました。

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