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日蓮大聖人・池田大作

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沖縄広布20周年記念総会 沖縄文化の昇華に仏法の光を

1974.2.8 「池田大作講演集」第6巻

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4  新生「沖縄」の建設
 話は変わりますが、同じ日本のなかとはいえ、北海道と沖縄とでは文化、特に生活様式のうえに大差があります。同じ生活の知恵であっても、北海道のそれをもちこんでも、ここでは役立ちません。やはり、この生活の知恵というものは、ここ独特のものであり、この地で皆さん方の手で、高めていく以外にないでしょう。
 沖縄は沖縄の手によって、伝統的な地域文化を愛するという、よい意味でのローカル・ナショナリズムは、この点について、大変必要なことだと、私は思います。“守礼の邦”沖縄の皆さんは、歴史的には苦難の連続のなかを、たくましくも生きぬいてこられました。どうかこのうるわしき島々が、皆さんの英知と忍耐の力で、理想境に、常寂光土に変わるまで、がんばってくださるようお祈りするものです。
 ここに沖縄の昔の歴史は、まことにおぼろのようであります。やや正確な歴史は鎌倉時代の初め、一一八七年の舜天王の即位以降の分でありますが、これは日蓮大聖人の御聖誕三十五年前にあたっております。
 とにかく、通説としては、沖縄人が列島に住みつくようになったのは、数千年以前であろうといわれ、本土と言語分離が生じたのは、いまから千五百年ほど前の大和時代のことであろうといわれています。その精神文化をみましても、十三世紀の中ごろ英祖が王位についたころに本土から仏教が伝来、それ以来、神仏混淆のかたちで今世紀まできたようであります。大陸に近いため必然的に隣の中国とも深い関係が生じ、神仏混淆的な土壌のなかに、儒教的な要素も加わり、そのほか文化の諸方面について、本土とはだいぶ様相を異にする独自の文化圏が構成されたといってよい。
 長いあいだ、その伝統のもとに、今日の近代化を待ってきたのが、沖縄だと聞いておりますが、現在では教育水準も高く、精神的な文化基盤をみても、決して他県に見劣りするような格差はみられません。
 そのなかで、とりわけ伝統の美を誇る沖縄の民芸は、その美しさや豊かさにおいて、他に類をみないといわれております。織物、染物、陶器、漆器、その他をみても、平均化による独創性の喪失ということもなく、生活の知恵が立派な保たれている。少ない道具で最大の機能を発揮することを考えた、これら民芸の知恵は、現代の工業デザインにも劣らないであろうと評価されております。
 このように、生活の知恵を発揮してきた県民性を、皆さんの手で、仏法の光を与えながら、ますますよりよき精神としてみがいていってほしい。
 現在の日本が陥った欠点といえば、産業知識の集約とその使用に成功したことに気を奪われて、真の文化知識の集約、使用を怠ったことに尽きるのでありますが、これからの沖縄は、そういうコースを避けて、新しき文化地帯として建設されたら、ほんとうにすばらしい地域になっていくのではないでしょうか。
 ともあれ、私はそうした理想境を三十年後へ夢見つつ、心から“沖縄に幸あれ!”と新生・沖縄の建設を希求してやまぬものであります。千里の道も一歩より、であります。過去二十年の沖縄広布史は、立派なものでありました。(大拍手)きょうよりは、また新しき広布史のために、第二の二十年、すなわち一九九四年二月八日に向って、足なみをそろえて、雄々しく第一歩を踏み出してください。お願い申し上げます。(大拍手)
 私は限りなき祝福の念をこめて見守ってまいります。ご一家そろって、いついつまでも健康で、ますます福運豊かな人生を満喫されますよう祈って、私の話を終わります。(大拍手)

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