Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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ある会食の思い出  

「池田大作講演集」第3巻

前後
1  それは、ある年の四月のことである。
 戸田先生の親戚に、二人の家庭教師が通っていた。共に、東大生である。一年間の家庭教師の仕事が終わり、そのお祝いに、先生は伸一をともなって、N園に東大生二人を招待したのであった。
 先生は、一か所の気に入った店に行くと、その店ばかりに行くのが、一種の習慣になっていたようである。その時も、N園で昼の中華料理を、楽しくご馳走になった。この東大生二人は、青年部では伸一の後輩にあたるわけであるが、先生を囲んで、話は――学会の未来のこと、教学のこと、あげくの果ては応用化学、西洋哲学、ケインズの経済学と広範囲にわたって、幾時間かを送ったのである。
 伸一は、家庭教師の若き先生に厚く礼を述べ、戸田先生と二人して車中の人となった。ほろ酔い機嫌の先生は、しばし煙草をふかしながら、瞑想に耽っていた。突然、先生は――
 「君も、悠々と大学へ行きたかったろうな。君の予定を全部わしが壊してしまった。その償いを、生涯かけて、必ずわしがしてあげる。社会に出て淋しい思いをする時もあるだろうが、力だけはつけてあげるから、我慢して大いに頑張ってくれ」
 「とんでもありません。私は先生の側で働いているだけで最大に幸せです。あとのことは、何も心配しないでください」
 伸一は、ハキハキと答えた。先生は何を思ったか、それには答えず、文学のことに話をかえたのであった。
 「伸一君、いい陽気だ。何か、君の好きな詩でも歌わないか」
 伸一は微笑しながら、土井晩翠の「萬有と詩人」の一節を、情感込めて朗読した。
  「泉のほとり森のかげ
   光てりそふ岡」のみか
   あしたの風の吹くところ
   ゆうべの雲のゐるところ
   露のしづくのふるところ
   いづくか歌のなからめや。
  
   流る水のゆくところ
   きらめく星のてるところ
   緑の草の生ふところ
   鷲の翼を振るところ
   獅子のあらしに呼ぶところ
   いづくか歌のなからめや。
 先生は、にっこり笑って聞いてくださった。
2  「人間革命」の連載も、十数回分を社の担当者に渡す。ここで、ちょっと一息。雪山坊の私の部屋で、他の雑誌の原稿執筆も終わり、横になりながら、ありし日の四月の先生を偲び、また二、三日前、総本山に参詣にきた親戚の方の立派に成長された姿を、嬉しく思いながら、随筆の筆をとった。
3  雪山坊前の夜桜が、ことのほか美しかった。暗闇の天空に、富士の山がいつまでも眠らずに映っていた。そして、月が高く冴えていた。総本山の荘厳なる夜は、私には巨大なる宇宙の一幅の絵のようにせまる。
 菜の花が、数本、机の上に置かれてある。

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