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日蓮大聖人・池田大作

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全国大幹部会 青年の信心で「栄光」を築かん

1968.1.2 「池田大作講演集」第1巻

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1  「栄光の年」の新年、まことにおめでとうございます。
 本日は、御開扉をうけ、そのあと、学会を代表し、全信徒を代表して、立宗七百十六年の新春の祝詞を、日達猊下に申し上げてまいりました。そのときに猊下より「蓮華」という揮毫をちようだいしました。「蓮華」とは「因果倶時」という意味であります。また、もう一枚「能滅衆生罪」(能く衆生の罪を滅す)との揮毫をいただきました。猊下は根本的な世界平和を願ってこの揮毫をせられたことと拝察いたします。ここにつつしんでご報告申し上げます。
2  輝く栄光の人生を
 本年は、世界的にみれば、アメリカ大続領選挙が行なわれる年であります。そのアメリカは、ドル防衛策を一段と強化する情勢にあり、日本は内外ともに不況の波のあおりをうけて、苦しい立ち場におかれるものと予想されております。
 しかし、三大秘法の大御本尊をった皆さんは「火も焼くことわず水も、漂わすこと能わず」との御金言を更に確信して、強盛なる信心をもって、金剛不壊の幸福生活を、幸福境涯を一段と築いていっていただきたいのであります。
 経にいわく「是の大涅槃微妙の経典流布せらるる処は当に知るべし其の地は即ち是れ金剛なり是の中の諸人も亦金剛の如し」云云と。「是の大涅槃微妙の経典」とは、当然、大御本尊のことであります。まさに、三大秘法の広宣流布こそは、永遠不滅の楽土建設のであるとともに、万人の金剛不壊の幸福を実現できる大道なりとの経文であります。
 同志の皆さん方が、更に強い信心と、たくましい、希望に燃えた実践によって、輝く栄光の人生を築いていかれんことを願ってやみません。
3  若い世代の縮図が創価学会、公明党
 また、今年はちようど明治百年であり、これをめぐって世間では種々の論議がなされております。私は、この明治百年の本質は〈世代の交代〉にあると思っております。
 先日も、ある新聞に「現在の日本を動かしている中枢は、明治生まれの老人達である。だが、明治生まれは日本全人口のわずか一三㌫にすぎない。それに比べて昭和生まれは七〇㌫である。この絶対多数の若い層が政治、経済、社会の面で力を発揮できないところに、現在の日本の社会的摩擦を生ぜしめる原因がひそんでいるのではないか」という意味のことが書かれておりました。
 特に創価学会の運命を決する青年部諸君に申し上げたい。政党にしても、そして社会全体からみても、私どもの世界は、若い世代の考えを代表している。すなわち、若い世代の縮図が創価学会であり、公明党であることを確信していただきたいのであります。(拍手)
 老人を最高に大事にし、いたわりながら、若い人達が、王仏冥合の一切の中枢に立って存分に力を発揮し、動かしているのが創価学会の実相であり実体であります。
 明治百年とは、まさに明治の古い世代によって支配されてきた日本から、昭和生まれの若い世代によって動かされる新しい日本への躍進であることを再確認し、その先駆を切っているのが我が創価学会であるとの誇りをもって、堂々と前進していこうではありませんか。(拍手)
4  社会に目を開き、社会のなかに勝利を
 結局、全幹部が、老いも若きも、全て青年の信心で、若々しく、伸びのびと、人間革命しながら、有意義な生涯を送っていっていただきたいと思うのであります。
 おのおのが全てに一歩前進する。これこそが、本年のそしてまた生涯の栄光の意義である。栄光とは、戦うことであります。戦って戦い抜いて、全魂をかたむけ尽くすところに「栄光」と名づける意義があるのです。
 詮ずるところ、全会員の個人個人の栄光なくして、王仏冥合の栄光はありえない。また王仏冥合の栄光なくして個人の栄光もない。このことをよく自覚し、責任をもって戦っていっていただきたい。
 その栄光の根底は、限りなき努力と建設であります。その栄光を支えゆくものは、厳しい仏道修行と、そして社会を大切にし、社会に目を開き、社会のなかに入り、社会のなかに勝利を築いていくことであります。
5  学会精神の骨髓
 昨年一年間も、皆さん方に大変ご苦労をかけてまいりました。昨年の戦いを通じて、私どもは、数年先の目標を、すでに達成したわけであります。故に、これを「栄光」たるゆえんとしたのであります。しかし本年はまた参院選が行なわれます。上半期は、再び種々ご苦労をかけると思いますが、皆さんの奮闘を心から願っております。(拍手)
 これも自分自身の今世の使命と喜んで活躍していただきたいと思います。かつまた日蓮大聖人の直弟子として、大聖人のご遺命実現への、誉れある事業として、私とともに頑張っていただきたい。そのことを心からお願い申し上げる次第であります。(拍手)
 戸田前会長は、私どもの戦いの姿を、歌にして、次のように、詠まれております。
  いとまなき
    我が友どちの
      折伏に
    御仏の慈悲は
      雨とそそがむ
  辛くとも
    嘆くな友よ
      明日の日に
    広宣流布の
      楽士をぞ見む
 これが学会精神の骨髄であります。この精神を忘れずに、あらゆる障害を乗り越えて、新社会建設のために、勇往邁進していこうではありませんか。(拍手)
 信心があるということは、青春の生命の躍動であり、青年の雄叫びを意味する。
 特にこの半年間、幹部諸兄に望みたいことは、同志を、後輩を、あくまでも親切に、激励し擁護しぬいていっていただきたいことであります。暖かく、希望を与え、確信を与え、自信を与えていける幹部であっていただきたいのであります。
 そこには、いささかの傲慢があってはならない。権威主義もあってはならない。全ての活動は一人一人の人間革命のためであり、学会の組織は、民衆の勝利と幸福のためにあることを決して忘れないでいただきたい。
 当然、上半期の一つの大きい目標は、戦後最大の戦いといわれる参院選であります。しかし、私どもは、学会っ子として、いかなる堅い、厚い壁も、我らの団結と信力行力で打ち破って、下半期には、再び楽しい思い出ある行事を行ないつつ、教学と組織づくりをしていきましょう。
 願わくは、我が同志である若き竹入委員長、そして矢野書記長の初陣の戦いをば、立派に勝利で飾ってあげてください。そして、新しい民主政治への強い基盤を作り上げていただきたいことを、心からお願い申し上げるものであります。(拍手)
6  真実の謙虚と勇気と誠実の人生を
 幹部は機関紙を熟読していただきたいことは当然であります。それを読まずして、戦いはできない。だがそれとともに、一般の一流新聞等もよく読み、時代、社会の動向を、鋭くキャッチして誤りのない指揮をとっていける幹部になっていただきたい。そして、幹部はよく読み、よく書き、よく語り、よく指導し、敵に対しては厳しく批判ができる名将でなくてはならない。
 ともあれ、人がどのように中傷しようが、広宣流布の歩みは、刻一刻と進んでいることは断じて間違いない。この確信で前進していただきたい。嵐があっても、雪があっても、太陽は天空に輝いている。そして、刻一刻、一日一日と月日は過ぎ去り、新しい時代がやってきていることも間違いない。
 過去においても、無認識な、感情的な、敵意をもった評論家等がたくさんいました。最近では、だいぶ認識してきた人も出てはきましたが、しかし、これからも、学会の前進が偉大になれば偉大になるほど、種々の批判の波があることも考えなくてはならない。それが広宣流布は間近であるという証拠であり、仏法の方程式である。
 しかし、そのような私達仏弟子を批判する人、すなわち、傲慢な人々に対しては、大聖人は法は法華文句を引かれ「人を謗じ法を謗ずれば定めて阿鼻獄に堕ちて更に出ずる期無し、世人斯の義を知らずして舌に任せてたやすすく談じて深害を顧みず寧ろ日夜に十悪五逆を作るべしとも一言一語も人法を謗ず可からず」と申されております。
 真実の謙虚と勇気と誠実の人生は、末法の仏法の真髄である大御本尊を奉持し、それを行ずる人であります。それを批判する者は傲慢の人であります。
 かのシェークスピアは「傲り高ぶった人間は、吾と吾が身を食いやぶる。傲りが己れの鏡となり、己れの喇叭となり、己れの年代記となる。その傲りだけを満足させ、実行には一切身を委ねずにいれば、実行の方でも、その満足感に浸って、跡形も無くなってしまうだろう」といっている。私どもは、ただただ勇敢に広宣流布のために前進する以外にない。しかし、選挙戦においては、あくまでも好感をもたれる戦いでなくてはならない。なぜなら、私どもの戦いは民衆を味方にする戦いだからであります。故に民衆が納得する戦いでなくてはならない。
 最も価値ある行動をとり、たとえ事件があっても、一切を変毒為薬して、立派な結果を生んでいける指導、一日が三日間、一週間に通ずるような、いつも聡明な指揮、指導が必要であります。
 古い世界で葛藤し、よどみ、空転するのでなく、あくまでも新天地へ新天地へと、開拓の道をつくってまいろうではありませんか。(拍手)
 最後に私どもは、日蓮大聖人の弟子として再び聖人御難事抄の精神を自覚していきたい。
 すなわち「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり」云云と。この決意を深くもち、本年も再び、各部署で最善を尽くして、民衆救済の大船を更に一歩進めてまいろうではありませんか。(拍手)

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