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日蓮大聖人・池田大作

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鉄の団結で進もう 東北第三本部地区部長会

1965.5.22 「会長講演集」第13巻

前後
1  歌でも、ひとりではなかなかうまく歌えない。みんなで歌ったら、ひじょうに元気おう盛で、たくましく歌い終わった。団結をしていけば、また助け合い、励ましあっていけば、なんでも成就できるという、ひとつの縮図です。
 この団結の二字をもって、りっぱに、個人も、そしてまた王仏冥合の戦いも、しあわせな個人と社会の繁栄の建設をしてまいろうではありませんか。(拍手)
 現在、創価学会は約百数十か所に、本部ならびに会館ができました。しかし私は、この何年間のあいだに、数百か所、広布の牙城を造っておきたい、こう決意しております。まだ会館等がなくて、不便をきたしている人もいると思いますが、私も、より以上懸命に働いて、一日でも早く、各拠点に広布の法城を造るように努力してまいります。その間は、この東北第三本部を中心として、楽しく、悔いのない仏道修行をしていっていただきたいとお願いします。(拍手)
 秋田を中心とした東北、北海道の、この参院選に対する戦いも、このまま団結して、力を合わせていけば、大勝利は絶対間違いないと私は確信します。(拍手)ともどもに勝って、また元気で会おうではありませんか。(拍手)
 先日青年部は、隊長ならびに区長さん以上の「昭和五十年をめざして」の所感をおのおの書き終わりました。婦人部ならびに壮年の方々は、地区部長、地区担さんをはじめとして、やはり署名をし終わりました。いま会長室に署名の終わった分は、ぜんぶ保管をしてあります。それに署名をした員数は、班長さん方も入れまして、二十万人以上に達しております。
 すごい学会の力です。未来は、朝日がこうこうとのぼっていく様相を呈している。心強い、限りない前進は間違いありません。その本をずっと目をとおしましたが、みんな信心純粋であり、信心強盛です。大聖人様の弟子として、まことに大聖人様より、ご称賛をうける決意と、ご遺命達成へ勇敢なる実践の縮図が書き込まれていました。
 ある人いわく「私は学会と運命をともにしていく」またある人いわく「私は十年先には、教育界の第一人者として活躍する」ある人いわく「私は財産に君臨して活躍、広布の礎になっていく」またある人いわく「自分は科学者となって、いまの不幸に導いているこの科学を、正法によって導いて、人類に繁栄をもたらしきっていきたい」またある人いわく「自分は大政治家になって、いまの腐敗しきった金権政治を、ぜんぶ追放してみせる」またある青年いわく「国連のヒトキ舞台で世界平和のため、地球民族主義の理想を実現してみせる」またある青年いわく「シベリアの地に革命旗を高らかに掲げ雄飛せん」と。
 またある青年幹部いわく「自分は南米の広布の花と散っていく」またある人いわく「自分は東南アジアの、世界広布の、東洋広布の礎となって骨を埋める」また青年いわく「中共に妙法を断じて流布してみせる」等々、ほんとうに大御本尊様に照らされて、地涌の菩薩にふさわしい、雄渾なる、美しい縮図の二十万人の筆跡でありました。
 どの文を見ても、どのサインを見ても、大聖人様がおられれば、どれほどかお喜びになるか、こう私は深く心に感じました。十年先を一つの節とし、次の十年先を大きい節にして、ともども題目をたくさんあげて、生命力豊かになり、うんと長生きをして、これ以上の楽しい人生はない、満喫しきったと、大御本尊様の大功徳の証明をしきってまいろうではありませんか。(拍手)
 このときに、いままで迫害、誹謗し、批判してきた連中が「ああなんとうらやましいことか。あのとき、あんなに批判しなければよかった、あんなにいじめなければよかった。まったく悔いる自分であった」と、心から創価学会員に対し、永遠の大法王である日蓮大聖人様の子供に対し、心からあやまり「いっしょに仲間に入れてください。よろしくお願いします。助けてください。いままでは悪うございました」といわせるまで、鉄の団結で戦い切っていこうではありませんか。(拍手)
2  仏法は勝負です。勝たねばならない。勝つ根幹は何か。題目です。信心です。
 理想は理想として、年配者の方は早くなくなる人もいるかもしれない。しかしその信心、哲学、幸福への絶対条件であるこの学会精神、これだけは、お子さんに、お孫さんに伝えていきなさい。
 そのお子さん、お孫さんが勝ったならば、それはぜんぶ皆さん方が勝ったと等しい。本末究竟して等しいのです。その決意でやっていけば、どれほど楽しいいくさであるか、どんな苦難があっても、ぜんぶ変毒為薬され、楽しい仏道修行に変わります。
 傲慢無礼な英雄の姿をしたり、いまの動物みたいな政治家や、資本家などは、人をへいげいし、虫けらのごとくに思っている。どんな事故があろうが「そのぐらいしようがないだろう。あたりまえだ。犠牲が出るのはとうぜんだ」というぐあいに、口で「人を思う」などということをいうかもしれない。だが、心のなかでは野獣のごとく、平然として、無神経できているのが、いまの指導階層です。
 私はそんな生き方はしません。せめて、御本尊様に照らされて、自分の使命と、皆さん方を守っていくことに対してだけは、全神経を費やしていく。それでからだが悪くなろうが、疲れようが、皆さん方に誠意を尽くしていきたい。私はこれで一生涯とおして、いく決心であります。
 私はひとりも犠牲者を出したくありません。皆さん方も、のびのびと事故を起こさないように、価値的に戦ってください。ひとりでも事故を起こせば私は苦しみます。
 それは、これだけたんさんの人が大闘争をし、少しぐらい事故が起こることも、やむをえない場合がある。そういうことは、私もよく知っております。しかし私は、御本尊様のことについては、また、創価学会、総本山のことについては、皆さん方のことについては、最高責任者です。
 また、自分自身のことについてはつねに反省し、気をつかいます。神経質になります。なぜかならば責任があるからです。私は豪傑主義などということは大きらいです。英雄主義などということも大きらいです。人間性、そのままでいきたいのです。偉いなどという考えを、微塵ももちません。あくまでも人間性で皆さん方が事故がないように心をくばりたい。せめてそれで自分の使命を達成したい。
 なんにも私を偉くする必要もありません。偉くもなりたくありません。ちやほやされることも大きらいです。ただ責任を、誠実こめて、まっすぐに、私は大聖人のおおせどおり、恩師戸田先生のおおせどおり、皆さん方に尽くしきっていきたい。
 守り切っていきたい。これが私のいつわらざる心情であります。(拍手)
 三障四魔ならびに三類の強敵に対しては、轟然たる態度でまいります。なにも恐れません。そして、皆さん方の道を開き、皆さん方のお子さん方、お孫さん方が活躍できる妙法の道だけは、私がりっぱに開いてまいりますから、安心してついていらっしゃい。(拍手)
 むりをする必要もありません。犠牲になってもいけません。なる必要もありません。私とともに、道理正しく、着実に、地道に進みなさい、ちゃんと御本尊様が解決してくださいます。時が解決してくれます。
 因果倶時の、その蓮華の花が、ちゃんと生活のうえに咲いてまいります。御本尊様だけは放してはいけない。信心だけは強盛でいきなさい。学会とだけは離れないほうがいい。離れれば損です。血脈が切れてしまう。
 それは、きのうも青森で講義しました「生死一大事血脈抄」に、厳然とあります。その他の御書にもたんさん、その原理が説かれている御書はございます。自分かってで申し上げるのではけっしてありません。
 いっしょに、青年らしく、若々しく、どんな年配者であろうが、老人であろうが、青年会長といっしょに進んでください。(拍手)

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