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折伏が最高の「善意」 男女部隊旗返還授与式

1965.4.3 「会長講演集」第13巻

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1  たいへんにおめでとう。ただいま理事長より話がありましたごとく、昨日、この本部の広間において、戸田先生のご命日の法要を営みました。
 戸田先生は、牢から出られて、どうしても将来の学会も、日本の救済の指導者も、青年に託す以外ない、こう断言しておられました。
 戸田先生が会長に就任されて、初めはご存知のように、男子部隊旗は四本しかなかった。女子部隊旗は五本しかなかった。まことに小人数でした。戸田先生の青年に対する期待、訓練はきびしいものでした。
 年配者では絶対にできない、青年しか新しき世紀をつくることはできないと、朝な夕な、そのことのみを考えられての薫陶でありました。
 その薫陶をうけた代表は私でありました。先生の跡を継ぐのが、私であったことは、よく知っておりました。
 諸君は、そうとうの学会の基盤ができてから、部隊旗を拝受しました。その点、幸福といえば幸福であり、寂しいといえば寂しいかもしれません。だがそれは、おのおのの使命、立ち場で、そういう順序があるのです。そのことについては、とやかくいう理由はありません。
 ただ、私どもも学会再建にいたっては、学会の先駆をきって、それこそ縦横無尽の活躍をしてまいりました。なんにも悔いのない戦いをしてきました。諸君も、人間革命をすめために、王仏冥合の実現のために、しっかりがんばっていきなさい。
 いっさいが自分自身の幸福のためになると確信しきって進んでいきなさい。
 戸田先生が、なくなられたときは、とうぜん私も落胆しました。ある人から「あれだけ戸田先生を信じきり、先生のもとで全魂を打ち込んで戦った参謀室長は、ずいぶん悲しんでいるだろう。落胆して寝込んでしまったのですないか」とまでいわれました。
 それは、私が落胆したことは、とうぜんでありますが、先生の遺志を継いで、王仏冥合を実現しようという心意気だけは、脈々抱いていました。寝込むどころの騒ぎではない。どんなことがあっても、戸田先生の構想を実現してみせる、大聖人の仏法を証明してみせる、この決心で今日までまいりました。
 戸田先生はある時に、そば近くの人をぜんぶ呼ばれて、私のことを指して、ひじょうに私はからだか弱い、そして十年間というあいだ、人の何倍、何十倍の活躍もした、生命力を使い切ってしまった、神経をすり減らしてしまった、ことによると若死にするのではないか、このように、一晩、そば近くの人といっしょに落涙なさったことも聞いております。知ってもおります。それほどまでに、先生の青年に対する期待は大きかったのです。
 いま私は青年会長です。先日、原島理事長がなくなった。原島理事長は、大人材であるし、学会の大事な存在であったことも事実であります。ある人は“あれだけ公明党のことを考え、委員長を守ってきた会長は、ひじょうに落胆し、寝込んでしまうのではないか”というふうにいっておりました。
 そんなことは、私にとっては問題ではない。それは、同志が死んでいく、先輩がなくなっていくことは寂しく悲しいことに決まっています。だが私の心は、そんなことで微動だにもしません。なぜかならば、私には、何百万という跡継ぎの青年がおります。
 その青年たち、ひのき舞台で広宣流布の総仕上げをすることのみが、私の希望です。願望です。それを考えた場合に、そんなセンチメンタルな、感傷的な気持ちになれるわけがない。諸君に対して、私はいつもそのことだけを考えているし、いってきております。
 どうか、自分自身のためにも、この一生涯を悔いのないものにし、与えられたこれだけ大きい舞台に立って、乱舞していっていただきたい。
 ケネディはよくいっておりました。それは「人には善意を尽くし、地上には平和を築こう」と。ジョンソンはつねにいっております。「偉大なる社会をつくろう」と。指導理念としては、りっぱなことであります。だが、いずれも観念論の城を出ていない。したがって、自己の宿命を打破しえなかったのである。真実に宿命打破ができるのは、人間革命を基調とした仏法による以外ないのです。
 また「地上に平和を」とは、王仏冥合による社会の繁栄でなければ実現できない。
 「隣人への善意」は、最大最高の善意でなければならない。それは折伏です。
 ジョンソンのいう「偉大なる社会」とは、資本主義の政治観でも理想社会をうたわなければならなくなった証拠です。しかし、まだ観念論にすぎないるほんとうの「偉大なる社会」とは、新社会主義の社会であり、すなわち仏国土なのです。
 制度のみによる改革を迫っている共産圏も、同じく理論としてあるのみです。
 その他の世界の指導者も同じです。そしてまた、隣人をひとりひとり根本的に大革命しきっている、永遠の幸福を築ききっているという自信もなく、事実の行為もしていない。それが現状です。
 いま諸君は、人間革命をしているのです。王仏冥合の戦い、すなわち社会の繁栄をめざしながらも、その実践によって、日々月々、年々人間革命しきっていける。
 この根本となる大宗教をもっているがゆえに偉大なのです。他の世界にはそれがない。絶対ありえない。人間革命の根本は信心になります。ですから、信心根本とつねに申し上げますが、信心を強盛にして、一年一年、どんな境遇にあっても、忍耐強く実践しきっていきなさい。
 その人が最後の勝利者です。かならず大革命できます。その希望を忘れないで、若武者らしく、若き革命児らしく、雄々しく進んでいただきたい。その気持ちで私はいっぱいです。元気でがんばってください。
 私が最後に申し上げたいことは、現実においては、さまざまな悩みがあると思う。
 その悩みをいっさい克服していきなさい。題目をたくさんあげることによって、いっさい克服がきなす。
 そしてまた、大聖人の仏法は、因果の理法ですし、冥益の仏法です。しらずしらずのうちに、現実に真っ正面から、ひとつひとつ戦っていくならば、あとは思いもよらない大福運と大功徳を積み、革命がなされていくことを確信していきなさい。

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