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永遠の福運築け 地区部長会

1965.1.18 「会長講演集」第12巻

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1  ひじょうに元気な、そして、たくましい米子の同志の幹部の方々の姿に接してたいへんうれしいです。米子も大盤石であるという確信をもちました。(拍手)小さいながら、会館が建立できました。この会館は、皆さん方に差し上げますから、どうかこの会館を中心にして、楽しい仏道修行をしていっていただきたいのであります。(拍手)
 なお、米子の草分けともいうべき岩崎さんが昨年事故死した。ほんとうに寂しいことです。
 仏法はきびしい。自己の宿命もきびしい。外面から見るならば、どうしてああいう事故になってしまうのだろうかと思った人もあるかと思います。
 しかし、妙法を信じていた岩崎さんは、すなわち仏の眷属であり、同志でありました。私どもの信心、供養、妙法の絶対的な原理によって救われないわけはない。
 また、一族も、信心があるならば、福運が回向されないわけは絶対にない。いかなる人であっても御本尊様を根本としている軍勢であるならば、仏の眷属です。しょせんは救われる。魔の眷属は、しょせんは地獄に落ちる。これだけのことです。
 幸福は栄誉栄達でもない。組織でもない。幹部だからといって決定されるものでもない。自己の妙法を湧現し、人間革命し、宿命転換して、自分自身が妙法の当体である。一念三千の当体であるという自覚をもち、確信をもちつづける以外に絶対の幸福はありえないのです。
 生まれてくる時もひとりです。死んでいく時もひとりです。妙法の眷属であるならば、上げ潮のごとく福運がついてくる。いかなる人であっても、有名人であっても、魔の眷属であるならば、引き潮のごとく福運がなくなる、最後は消滅です。
 信心は御本尊様との直結です。ぜんぶ自分自身の人間革命のためであり、永遠の福運と福徳と幸福を築くための信心であります。
2  したがって、いかなる苦しいことがあっても、つらいことがあっても、がんばりとおしていただきたいのです。
 三世十万の仏菩薩が擁護してくれます。一千万人以上の人がきちっと見守ってくれます。
 いま大騒ぎされている有名人であっても、将来はどうなるか。死んだあとはどうなるか。これを思えば寂しいかぎりです。
 皆さん方は、いままで東京を中心とした場合には、ほんとうに僻地で戦ってこられた。苦しかったことも知っております。寂しい、つらい戦いをやってきたことも私はよく知っております。
 私がわからなくても、御本尊様は見通しです。大聖人様はご存知でいらっしゃいます。
 しかし、功徳をうけている、宿命転換をなされている、それは事実であると確信します。したがって、あと二十年、三十年の人生であるかもしれない。生命は永遠です。大福運を積みきっていただきたいのです。(拍手)
 今世は一瞬のうちに終わってしまいます。皆さん方が思うぞんぶんに、この米子の、鳥取の国土世間の広宣流布ができ得なかったとしても、皆さん方のお子さんが待っております。ひかえております。
 そのためにも、石段となって、希望にもえて進んでもらいたいのです。(拍手)
 私も東京から一生懸命題目を送っております。きょう集まってこられなかった方々にも、どうかくれぐれもよろしくお伝えになってください。米子の幸福のため、魔を打ち破るため、思いっきりがんばってください。(拍手)
3  おととい、九州に行ってまいりましたが、九州の同志の方々は、ぜんぶ希望にみちみちていました。米子も、もう安心です。魔を打ち破っておきました。
 きょうから福運がついてきます。その福運は、測り知れない。それを確信しきっていただきたい。先日、猊下も申しておられましたが、野球の選手や映画俳優などに、民衆は大騒ぎしている。やれ勲章をもらったとか、まったくつまらんことだねと。自分が好きでなったのではないか。金を取ってやっているのではないか。それに比べて、根本的な護法のために、人のために戦っている地涌の菩薩のにことを忘れている。困った世の中だと慨嘆されておりました。
 いま、私どもは、隠れた行動であるかもしれない。猊下も仏さまでいらっしゃる。御本尊様も見ていらっしゃる。諸天善神が加護してくださる。三世十万の仏菩薩が見てくださる。やがては全人類が、私どもの戦いを証明することも間違いない。
 それを思えば、どれほどうれしいことか。いままで皆さんのことを、すなわち法華経の行者、法華経の信者をいじめた人は、頭破作七分です。「その罪は劫をきわむるとも尽きず」です。「その罪は無量劫を経ても尽きず」と、大聖人様は断言していらっしゃいます。かわいそうであるけれども、地獄に落ちるのですまた「法華経を賛嘆する者は、福十号に過ぐ」と。
 その福運は測り知れないとの御金言でございます。それを確信しきっていただきたいと私は思う。そしてまた、大事なこの一生を私とともに、元気で進んでいただきたいと思うのであります。(拍手)

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