Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

師の偉業の証明者に 九州本部・隊長・区長会

1965.1.16 「会長講演集」第12巻

前後
1  九州の青年部が、ひじょうに元気であり、健在であることはうれしいことです。
 他の青年部もとうぜん元気でありますが、ひとしお健在に成長している。私は、恩師戸田先生もどれほどか喜んでおられるものと確信しております。(拍手)
 この一年も、たいへんな前進でありますが、どうか心豊かに題目をあげて、十年、二十年先の希望を描いて、そして、現実の戦いは一歩一歩、勝ち抜いていただきたいことを、心からお願い申し上げます。どうか、しっかりがんばってください。(拍手)
2  秋谷君から「言論」に私の日記を出すようにいってきた。私の日記なんか出すべきでないことも知っておりますが、ありのままに青年部の諸君のために、後輩のために出しておこうと考えたのです。
 しかし、私も青年部の出身、諸君も青年部。ぜんぶ大聖人様の子供です。戸田先生の弟子です。ありのままに、うまいことも、まずいことも、そんな見えや形式は必要ない。かわいい後輩のためには出してあげようというよりも、出さざるをえないとの気持ちで渡しております。
 ちょうど、いま書いているところが昭和二十五年度にはいりました。その中で、戸田先生が非常に事業の上でも苦境であった。学会の立ち場であれば、まだ会長就任以前、公私ともに多端な年でありました。
 戸田先生も、ひじょうに、さまざまの面で苦境に陥って、からだの調子もお悪いようす。私はどういう縁か、先生のもとで働かざるをえない境遇にあった。事業の面でも、そして学会の活動の面でも。その一節にいわく「戸田先生はいま、苦境であるけれども、広宣流布をめざしている戸田先生だ。御本尊様がこのままにしておくわけはない」と。
 それは純粋なる、弱冠二十数歳の青年期ですから、それを信じていた。願っていた。とうぜんなことであると確信していた。何人かの同志は、だんだん退転していく。その中で、戸田先生を批評しているのです。
 私の人生にとって、青年期にとって、信心の歴史の上にとって、ほんとうに人というものはわからないものだ、こわいものだ、こんなものかなと、ずいぶん危惧と不安の念にかられました。そんな心理描写もたまに書いてあります。
 ぜんぶを出すわけではありませんが、自分のつごうの悪いところや、あまり出すと皆さんが退転してしまうようなところは出さないようにしますが。(笑い)
 その時に、私のからだも十三貫を欠けてしまった。ひじょうにからだの調子の悪い。もう自分も、このまま、なかなか長生きできないかもしれないと、そういう予感までしたのです。その時に決意したのです。それは何か。
 「戸田先生も行き詰まっていらっしゃる。それは、戸田先生のいらっしゃるところはどこまでも自分がついていく。しかし、公私ともに、先生の広宣流布への証明をするものはだれか」こう気がついた。
 「それは自分しかない。よし、倒れるからだか、死んで倒れるか。絶対に題目をあげ、御本尊様を疑わず、御本尊様にしがみついて、先生の証明をするんだ」こう決めたのです。
 しょせん、自分が成長して、健康になって、力持ちになって、先生の偉業を証明するのだ、これが師弟不二論であると思うのです。(拍手)
3  したがって諸君は、いま大事ないくさはある。しかし、十年、二十年、三十年には、もっともっと大事な王仏冥合への総仕上げがあります。からだを大事にしてあせらず、一歩一歩、着実に前進してもらいたいのです。そして、私は道を開いているのです。倒れるのは私だけで、あなたがたは生き延びなくてはいけない。うんと成長しなくてはいけません。
 最後の最後の総仕上げは、いっさい皆さん方がやり、青年部がやると決め込んで、希望にもえて前進していただきたいのです。頼みます。(拍手)
 また、青年期は心の動乱期です。悩みの多い時代であります。よく知っております。心が絶えず動揺する時であります。私もそうでありました。しかし、私が今日これほど幸福になり、確信をもった、ただ一つの道は何か。それは御本尊様についてきたことです。なんの力もない。利口でもない。また、よき先輩についてきたことです。すなわち、創価学会を疑わず、どんなに批判されようが、罵倒されようが、日蓮大聖人様は間違いない、大聖人様の哲学は、いかなる哲学と相対しても、最高、絶対であることは断言できる。少し頭が冷静であり、少し利口な人であったならば、すなわちバカでなければ、わかる道理です。
 したがって、諸君も、さまざまなことがあると思う。御本尊様を歓喜に燃えて拝める時、ある時は落胆して、御本尊様に題目もあげられなくなるような生命になる時等々、さまざまな心理状態があるかもしれない。
 しかし、どこまでも御本尊様を放さない、創価学会につききってくる、この決心でくるならば、かならず、また心が燃え、力が出て、歓喜が出て、おおいなる道が開けてくることは、絶対に間違いないということを申し上げておきたい。(拍手)
4  どこまでも、どこまでも、御本尊を、日蓮大聖人を、そしてまた仏意仏勅をこうむって、朝な夕な戦っている創価学会につききっていこうという決心でまいろうではありませんか。(拍手)
 最後に申し上げたいことは、勉強しなさい。戸田先生はなくなる寸前まで、私をはじめ、弟子たちに勉強しろときびしく戒められた。
 ある学者いわく「自分がこれほどまでに愚かであったかということを知ることが、ほんとうに勉強したことである」と。いまの知識階級、学者連中、評論家連中、それは知識や技術だけです。口はちょうほうなもので、自分には、責任がない。本人はただひとり、一匹オオカミです。オオカミじゃなくて一匹羊のようなものだ。
 それで、なにやかや、 人のフンドシで相撲をとっている。ほんとうに楽なものだ。学会は何百万世帯という扶養家族がいる。そんな無責任なことはできない。あくまでも信念と、大哲学の上に寸分も狂わず、それを説き、実践していくことはとうぜんであります。しかし、勉強はしなくてはいけない。
 よく先生は、おなくなりになる以前三年前、五年前、十年前から、勉強しろ、勉強しろ、勉強しなさいと、あとになって困るぞ、こう申された。私はいまになって、そのことがよく納得できました。
 二十代の勉強は頭にはいります。忘れない。年とってくると、頭にはいらない。
 ですから、御書を中心に、そのこんどは応用というべきあらゆる理論、理念が聖教新聞をはじめ大白蓮華等々、たくさん載っております。読んで読んで、読みきってもらいたい。書いて書いて、書ききってもらいたい。そして、一流紙、一流雑誌、あらゆる本も読んで、そしてある場合にはそれを序文とし、ある場合にはそれをゆうゆうと打ち破っていくだけの力がなくてはならないのです。
5  これからは青年です、ぜんぶそれが自分の将来の財産です。なまいきな人は、ちょっと学会にはいると、なんでも自分はいままでの先入観念で、たいしたことを知っているみたいにいう。しかし、教学の試験をやってみたり、ひとたび日蓮大聖人様の御書を拝読してみたり、講義をしてみるならば、汗ダクダクの状態です。世間の知識で、日蓮大聖人様の大哲学が分解できるわけがないのです。信心しかないのです。
 こんどは、その信心によって日蓮大聖人様の哲学を胸に刻んで、そして、いっさいの思想、哲学を見おろし、打ち破り、応用できるようになっていかなければ、十年、二十年先にひじょうに困ると思う。どうか、しっかり勉強して、力ある、智勇兼備の青年部の幹部になってもらいたい。世の指導者に育ってもらいたいのです。
 これが心からのお願いであります。諸君のご健闘を心から期待いたします。お元気で。(大拍手)

1
1