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日蓮大聖人・池田大作

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参院選と国家諌暁 九州本部幹部会

1962.5.20 「会長講演集」第7巻

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1  九州の同志の皆さん、たいへんにしばらくでございました。         
 私も皆さん方も、ぜんぶ日蓮大聖人様の弟子であります。日蓮大聖人様の大哲学を実践し、日蓮大聖人様の大慈大悲である大御本尊様を根本として、広宣流布にむかっていくのが、わが日蓮正宗創価学会の、ただひとすじの道でございます。
 したがって、私も皆さん方も、ともに、いくら悪い頭で考えても、悩んでも、それから悲しんでも、どうしようもありません。日蓮大聖人様のご金言どおりに、毅然たる信心をもって、この人生を最高に、有意義に、一生涯、手をつないで前進していこうではありませんか。
 さきほどから、いろいろ話がありまして、当地においては、鬼木先生が推薦をされました。ただいまの演説のすがたを見ましても、もう内閣総理大臣以上のかっこうであります。経王殿御返事(御書全集1124㌻)のなかには「御本尊様をたもち、いさぎよい信心をしていくものは鬼に金棒たるべし」ということばがございますが、その態度にふさわしく、名前にふさわしく、鬼木先生のような方が、国会議場に行ったならば、顔を見ただけで、名前を聞いただけで、いわんや御本尊様をたもっている獅子吼を、言々句々を訴えただけで、全議員が必ずやおとなしくなり、賛成をすることと、私は信ずるのです。
2  今の政界は、ご存知のように、派閥闘争、派閥抗争に終始し、保守陣営も革新陣営も、ぜんぶ「自界叛逆難」です。政治家が真実に国民のことを考えて、ひとつの大目的にたったならば、信念が同じであったならば、自界叛逆、派閥抗争などはありようはずがありません。
 「派閥」ということは、自分の栄誉、権力、保身のあらわれにすぎません。そのような政党指導者の情勢にあって、絶対に日本の国がよくなるわけもありませんし、日本の政治が進歩するわけもありません。
 また、さきほどからもお話がありましたが、どうしても、そういう政界、政党にまで大きい反省をうながすためにも、わが創価学会の推薦の議員が進出をしていかねばならない宿命にたったと、私は思うのであります。
 民主主義の世の中でありますから、ひとりひとりの人に対し、折伏をし、御本尊様のことを教えていくことも、りっぱな国家諫暁であります。その民衆の代表の機関は、衆議院と参議院になりますが、その衆議院のほうは、これは政党政治ですが、その衆議院で決まったことを、是々非々で、それを調整し、ブレーキをかけるのが、本来、参議院の本質です。
 したがって、保守、革新でケンカばかりしていて、民衆の顰蹙をかい、信頼のなくなっているような衆議院の現状に対しても、本来、参議院が警告を発しなくてはならないのに、その参議院までが、反対に政党化されている。これでは、日本の前途が暗澹となることは、とうぜんです。
 したがって、衆議院に対し、また、参議院の政党議員に対してまでも、私どもの同志が、大御本尊様をたもち、日蓮大聖人様の弟子となって、広宣流布のために立ち上がって国会へすすんでいく姿を示していくことは、まさしく、国家諫暁でなくして、なんでありましょうか。
3  私どもは、立てるほうも、それから、立つほうも、ぜんぶ同じ信念、同じ大目的、そしてまた、同じ理想に燃えての選挙であります。他のほとんどの選挙は、どういう理念をもっているのか、少しもわからないような姿です。応援するほうも、立つほうも、けっして直結しておりません。ぜんぶ遊離しております。それがいままでの選挙の状態です。それが、ふつうになっているようであります。それは、大きいあやまりです。立つほうも、立てるほうも一致して、ほんとうに同じ理想に、目的にたって、そして、両方が、立ったほうも、立てるほうも感激に燃え、喜びにふるえていてこそ、真実の選挙であると、私は思うのであります。
 どうか、本部長を中心にして、さきほどから理事長はじめ副理事長、石田先生等から、いろいろと指導がございましたが、わが身の幸福のためにも「参議院の大勝利はわが身の勝利にするのだ」という信心にたって、強い強い団結をもって、世の中の人々が「さすが日蓮大聖人様の大仏法を奉じた団体は強い」「たいしたものだ」と、証拠をもって、びっくりさせるようにしていこうではありませんか。
 くれぐれも、皆さん方も、おからだを大事にして闘争されんことを望み、また一般の方々に、くれぐれも、この意義をお伝え願いたいことをお願い申し上げまして、私のあいさつとさせていただきます。ご苦労さまでございました。

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