Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

邪宗の欺瞞をつく 四国本部入仏式

1962.3.21 「会長講演集」第6巻

前後
1  本日はたいへんにおめでとうございました。また、一年じゅうで、もっともお忙しい日に総本山から、わざわざ四国本部の入仏落慶式にあたり、早瀬先生をお迎えし、また四国の御僧侶の先生方を多数お迎えできまして、落慶入仏式ができました
 ことを、皆さん方を代表して、御僧侶の先生方に、厚く御礼申し上げるしだいでございます。ありがとうございました。
 日蓮正宗創価学会は、全仏教界において、もっとも正しい教団であります。なぜかならば、日蓮大聖人様のおおせどうりに実践している教団であるからであります。
 だが、あまりにも日蓮正宗、そして創価学会の広宣流布への活動が大きいし、間違った宗教に目ざめて、日蓮正宗に入信してくる人があまりにも多くなってきたために、邪宗の坊主連中は、なんとか批判をして食い止めようと、陰険なる策謀をめぐらし、仏法に無認識な第三者の人々に対しても、日蓮正宗創価学会については、なんとか「あの教団はもっとも悪い教団である」というふうに、植えつけているのです。
 先日、ある同志が、俗にいう日蓮正宗統の、そうとうに偉い人と話をしたときにも「日蓮正宗創価学会は、あれは暴力と欺瞞をもって人々に法をひろめているのだ」こういうふうに、それはたいへんにねばり強く、それから何時間も何時間もいったということを聞きました。
 「欺瞞をもって法をひろめている」というけれども、どちらが欺瞞をもって仏法をひろめているのか。日蓮正宗創価学会のみが、あくまでも御本仏日蓮大聖人様の御金言通りに実践して、しあわせになりきっているがゆえに、このように大勢の人が入信すると私は訴えたい。
 あまりにも、自分のほうの壇家がとられ、信徒がとられて、青息吐息になっている最後のあがきのような現状である。かわいそうといわざるをえません。それこそ「法罰」です。また「暴力をもってうんぬん」といっておりますが、これは世間でもよくいわれることでありますが、暴力をこうむってきたのは、日蓮大聖人様の使いとして、日夜忙しいなかを、悪口雑言をいわれながら「御本尊様を紹介してさしあげたい」「不幸の人々になんとか御本尊様をご紹介申し上げたい」と、努力奮闘してきている私どもです。
 折伏行にあたって、暴力をこうむってきたのは、あらゆる迫害をこうむってきたのは、日蓮正宗創価学会であります。ちょっとした事件で、その実態も調査せず、なんでもかんでも、日蓮正宗創価学会員が、暴力をふるったように社会に印象づけられてきておりますけれども、それは反対であります。はたして、暴力をふるいながら、これだけ、月々何万世帯、何十万人の人がふえるだろうか。そういう道理は絶対ありません。
 皆さん方も、暴力をふるわれて入信した人はないはずでありますし、暴力をふるって入信をしいたことも絶対にないと私は信ずるのですが、どうですか。
 私どもは、今後も折伏行にあたっては、そういうように、なんとかして、日蓮大聖人様の弟子檀をなきものにしようという邪宗の陰険なるこの策動、すなわち、欺瞞と暴力には屈せず、日蓮大聖人様におほめのことばをいただくまで、あくまでも日蓮大聖人様のおおせどおりに、純真に、勇敢に、一致団結して大闘争に前進していこうではありませんか。
2  また、ある宗教学者が、かつては創価学会のことについても、バカにし、批判的にみておったのですが、いろいろと懇談をしていたときに「じつをいうと、いろいろ批判はするけれども、批判をしないと、かっこうがつかないんだ。今の批評家、学者連中のなかにおいて、七〇パーセント、八〇パーセントの批判をしないと、仲間入りがてきないかっこうになってしまうのだ」と、そういう意味のことをいいつつ、謙虚な気持ちで、「学者といわれても、それでは法華経の経文について知っているといえば知らないのだ。御書の当体義抄とか、または観心本尊抄とか、そういう専門の部門にきたならば、じつは何も知らないのだ」と、こういうふうに、すなおに、その学者はいっておりましたが、じっさい、今、日本の国において、もっとも正しく、もっとも純粋に、勉強し、実践しているのは日蓮正宗であり、創価学会しかないのです。
 したがって、どのように批判をされようと、仏法のことにおいては、仏法の真髄のことにおいては、絶対に私どもが教えていく以外に、仏法の指導者はないのであるという大確信をもって、折伏行に励んでいただきたいと、私はかく訴えるのです。
 あくまでも、大御本尊を受持し、信行学に励むことは、わが身も一生涯の絶対なる幸福生活をすることにあります。人々をも絶対の幸福生活をせしめるために御本尊様をご紹介申し上げるのが私どもの精神であり、活動であります。
 なにとぞ、本部長を中心に、信心を根幹として、幹部の方々は後輩を暖かくめんどうをみ、また幹部同士はおたがいに理解しあい、励ましあい、激励しあって、世界にただひとつの美しい、尊い、そして安心しきって仏道修行、楽しい幸福なる生活ができる教団であるということを、民衆の人々に知らしめるべく、しっかりとがんばっていっていただきたいと、以上お願い申し上げまして、ごあいさつにかえます。本日はたいへんおめでとうございました。

1
1