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日蓮大聖人・池田大作

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一生を正法流布に 高崎市在住班長班担会

1960.3.6 「会長講演集」第4巻

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1  ひとたびは死ぬ命です。生命は永遠なのです。今世において福運をたくさん積んでいかなくてはなりません。その福運を積む方法は、御本尊様にお題目を唱える以外にないのです。ほかに福運を積んでいく方法があるでしょうか。
 慈善事業をするわけにはいかない。インチキばかりして、ウソばっかりついているのですから。ふつうだったら、来世はもっとみじめなものなのです。信心をやめたからといっても、自動車にひかれるか、重病人になって死ぬか、人に殺されるか、心中するか、硫酸をかけられて死ぬか、いずれかで一度は死ななければならないのです。
 したがって、ひとたびは死する命です。やるならば、大御本尊様を拝んで、福運を積みながら御本尊様に従って、広宣流布に向かって働き、御法のため、自分自身のため、そして子孫末代のために、一生懸命働かせてもらったほうが幸福ではないかと、私は思うのです。腹を決めて信心をしましょう。少しぐらいのことでぐずぐずいわないで、私は死ぬまで題目をあげていくのだと、こう決めればいいのです。
 死ぬときに『ああ、よかった』と、『なんにも心配いらない、これでよし』といって、南無妙法蓮華経といって死んで生きましょう。あとは仏ですもの、現世安穏・後生善処は間違いないのです。来世といっても、すぐここへ生まれてくるのですから。まあ十か月はかかりますがね。すぐ生まれてくるのですよ。ほんの少しの瞬間なのです。
 生まれてくれば『お坊ちゃん』といわれ、大きい家に住んで、お金に不自由しないで、健康で、聡明に生まれてくるのです。そして、今後は永遠にそうなるのです。そういう自分をつくるために、人間革命をするためには、十年、二十年のしんぼうはしようがないでょう。
 ウソといおうが、信じないといおうが、知らないといおうが、因果の理法は厳然として事実なのです。信心がすすんでくれば、それは感得してくるのです。なんとなくわかってきますよ。
 希望に燃えて信心しましょう。それで、忍耐強く、三障四魔と宿命の打開に戦いましょうよ。勇敢に、勇気をもって、邪宗教と戦いましょう。皆さん方の御健闘を祈って、きょうの指導といたします。(当時、総務)

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