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青年は真心で 男子部旧第三合同部隊会

1959.2.9 「会長講演集」第3巻

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1  私もことしで満三十一歳、かぞえで三十二歳になりました。信心してから十二年になります。
 生まれたときは、家は貧乏だったので、商業高校・大世学院へは自力で夜学へ通ったものです。人生は真っ暗で、金もなかった。
 だが、いま考えると、病気もいつのまにかなおっている、十八歳で入信して、仕事は、からだがこわれるほどしました。人にも信頼され、そこをやめるときには苦労した。青年はまごころだけでいきなさい。見栄や虚栄はいけない。
 私は会社の用で大八車をひっぱって銀座を歩いたが、少しも恥ずかしくはなかった。むしろ誇らしい気持ちでした。
 また私は、会社の重役になりたいと思っていたが、いまでは人の五倍、十倍の生活ができるようになっています。
 いまは御本尊様を信じ、会長戸田先生を信じて、だれにも負けない人間になった。みんなついてきなさい。遅れてはいけない。
 一支部員、一地区部長、一支部幹事、支部長代理、また分隊長をやり、班長をやり、そして幹部になり、部隊長になりました。
 また教学部でも、助師、講師、助教授、教授と、一歩一歩苦労して上がってきました。
 自分自身に負けない、ハッタリや、見栄でなく、われこそは会長戸田先生の弟子として、苦難にめげずやっていってもらいたい。先生は人間革命していかれた。諸君たちも人間革命していっていただきたい。われわれは、このように人間革命したという本を書こうよ。広宣流布まで大事なからだです。君たちが育たなかったら、学会も、日本もない。しっかりやろう!
2  (質問に答えて)
 『負ける』と『敗れる』とは違うかというのだが、解釈は同じようなものです。しかし、男の腹の決めどころが違う。戸田先生が会長になるのをいやがって、罰をうけて、事業に失敗された。そのときに『おれは負けたのではない。敗れたのだ』と、おおせられたのを記憶しています。
 教学もそうじゃないのかい。落っこちたのは『敗れた』のです。落第して『もう、だめだ』とあきらめるのは『負けた』のです。
 人間は立ち上がることができるかどうか、もう立ち上がれないときは『負けた』のであり、立ち上がれるのは『敗れた』のです。
3  戸田先生は『青年は読書と思索の時間をもて』といわれている。時間がないというのはウソです。いくらでもある。つくるのです。朝と夕、御書などをみることができる年齢だ。私も、ことしになって本を三さつ読んでいます。自分で実行しないで、人になにがいえるか。君たちも実行していきなさい。(当時、参謀室長)

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