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信心は行き詰まりとの戦い 女子部第七部隊総会

1958.2.6 「会長講演集」第3巻

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1  有名な話ですが、前の東大の総長であった南原先生が、卒業生に対し『これからの世界は、自然科学によって救われるものではない。世界にとって大事なことは宗教である。だが、どの宗教が正しいかはわからない。願わくは諸君、その宗教の選択をしてもらいたい』というような話をされた。真剣に人生を考え、時代の流れを思索した人は、やはり宗教に帰着するのです。
 アィンシュタイン先生に『この次の世の希望はなんですか』とうかがったら『もう人生なんか、たくさんだ』といったそうです。世紀の大政治家チャーチルは『もう政治家なんか、まっぴらだ。行商人にでもなって生まれたい』と答えたそうです。ものすごく頭がよくて、しあわせそうにみえるが、本人は不幸を感じているのです。
 鳩山さんは、自分自身の病気がなおせない。病気ほど苦しいものはないですよ。いまの岸総理は、かわいいお子さんの小児マヒをなおすことができない。政権をとるよりも、大事な自分の子供の病気をなおすことのほうが、人生にとって、よっぽど大事な問題だと思うのです。
 しあわせにも、われわれは大御本尊様を信ずることだできた。ここで考えねばならないことは、あくまでも御本尊様におつかえ申し上げる心、御本尊様と離れない心、そして御本尊様に従っていく心が大事なのです。自分自身の境遇で、大聖人様のおおせどおりおつかえさせていただきますという心が大事なのです。これを根本にいきましょう。
 それで『人の心』というものは信じられない。皆さんも自分の心をよく反省してごらんなさい。私も自分でよく知っています。同じように、学会に対し、戸田先生に対して、もったいなくも御本尊様に対して、われわれは疑う心があるのです。こんなに一生懸命やったのに、幹部にしかられたというふうに。
 ここで大事なことは『こんなにやっても』という考え方でなくして刻々と移り変わる自分自身の心を『御本尊様、どうかこの願いを成就させてください』『自分は、いま、こんなに困っていますから、なんとか打開させてください』とういふうに、純粋で、疑わない、その一心が通れば、ぜんぶ通じるのです。
 御本尊様に祈りきれる一心でありたいと、私と思うのでございます。『つたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし』『天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ』というおことばがありますが、どうしようもないときにこそ、題目を唱えきっていけば、必ず開けるのです。
 また教学や折伏にあっても、生活も、事業も、すべて行き詰まるときはあるのでず。普通の人は、その行き詰まりに負けるのです。大御本尊様のお力は広大無辺です。行き詰まるのは自分であって、御本尊様にお力がないのではないのです。したがって、われわれの人間革命、仏道修行というものは、ぜんぶ行き詰まりとの戦いです。そのときこそ、自分にムチうって、もう一歩、境地を開くという信心でありたいと思うのでございます。『発迹顕本』ということばがありますが、生活に約せば、この行き詰まりを打開するということです。
 人生に三つの姿があるような気がするのです。鳩山さんや吉田総理などの過去の人生、岸総理とか、そのほか現在活躍している人は、現在の人生といえるでょう。そして、未来の人生はだれか、それは青年しかないと思うのです。青年部です。
 皆さんも、自分が過去の女子部員であるか、現在の女子部員であるか、これからの人生であるかを考えていただきたい。信心をもった人は、ぜんぶ、生活即信心にめざめた、希望に満ちた将来の人生でありたいと私は叫びたいのでございます。それには、たゆまず研鑽していくことでしょう。人生マラソンのごとしです。幸福というテープをきった人が最後の勝利者です。(当時、参謀室長)

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