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第1回女子部東北総会 大切な女性の信心

1961.7.9 「会長講演集」第2巻

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1  本日はたいへんに、りっぱなる総会で、まことにおめでとうございました。
 また、遠い地方より参集し、結集されて、さぞかしたへいんであったなと、私は思っております。まことに御苦労さまでございました。
 ひとりの人が川に落ちておぼれかかっている。その人を通りがかった人が救ってあげる。そうすると警視庁の総監賞をもらえる。これが世間の姿です。
 今、もっとも乱れきった世の中で、そして遊びたいさかりに、私どもは、また皆さん方は根本的にひとりひとりの人々を救いきっております。大御本尊様をたもたせて、永遠にくずれない幸福を獲得させるために、日夜奮闘しております。
 ひとりのおぼれた人を、一時的に救ったことよりも、百千万億倍偉大なる救出の活動をしているのが、わが創価学会の折伏行であると、私は思います。
 そうすると、皆さん方も総監賞を何十枚も、もらっていいわけになるのです。それ以上に文化賞であろうが、レーニン平和賞であろうが、ノーベル賞であろうが、何十万個、何百万個もらっても、まだ少ないぐらいなのが創価学会であると、私は思うのです。
 しかし、そのようなオモチャのような勲章を欲する必要もないし、もらうなんて根性はもつわけもありませんが、今、私どもは、だれも人が認めなくても、大御本尊様はぜんぶ見通してくださるという、ただ一つ大御本尊様だけを信じて、不幸の人々を、その青春時代に思いきり救いきって、大功徳を受けていこうではありませんか。それを確信することを『地涌の菩薩』というのです。
 私どもが人々を救っていく、大御本尊様の偉大なる功徳を教えていく、何十万、何百万の人が救われて歓喜に燃えております。厳然たる事実であります。
 その私どもを批判し、バカにすれば、大罰を受けることはとうぜんであります。地獄へ落ちることはとうぜんなのであります。大御本尊様を賛嘆していけば仏になり、大御本尊様を誹謗し、大御本尊様をお使いを誹謗すれば地獄に落ちるです。それを確信して、一生涯、私どもは退転しないで仏道修行に励んでいこうではありませんか。
 かつて、大東亜戦争の時、国家諫暁した恩師戸田先生、そして初代の会長である牧口先生をはじめとして、二十何人かの大幹部の方々が牢獄へ行きました。僣聖増上慢のひとつの現われとして。その時にほとんどの大幹部の人が退転をしたとうけたまわっております。本人の臆病もあるかもしれませんが、大半の人々の家庭の主婦が、妻が先に退転をしたと聞いております。
 戸田先生は牢から出られて、そのことを非常に嘆かれて、邪宗にたいする指導においては、いちだんときびしい指導がありました。
 男性はだらしがない。男性がりっぱになるか、ならないかは、女性によって決定される。したがって、多くの男性が退転していく最大の原動力は、みな女性に左右されてしまっている。だが、戸田門下生は『女子部は一生涯、男性がどのようなかっこうになろうとも、毅然たる、厳然たる信心に立って、どんな迫害があっても、絶対に一歩もしりぞかない、強い強い信心をもって、学会を守っていっていただきたい』と指導があったのです。
 どうか皆さん方は、今後、結婚をし、陰となり、ひなたとなって、男性の指導の任を励ます立場になっていくと思いますが、女子部が、そして婦人が健全であるならば、学会は絶対に心配はないと言われるように、女性が、女子部が魔になって男性が戦いができなくなるようなことのないように、心に信心を堅く確信して、一生涯、人間革命に、おおいなる福運を積むために、一家和楽の建設をする原動力にするために、がんばっていただきたいと思います。
 また、その第一歩として、さきほども話がありましたが、御本尊様は即大聖人様です。その大聖人様に、御本尊様に、私たちは題目をあげます。題目はみな等しい題目です。題目をあげるべき対境である御本尊様も、また等しい三大秘法の御本尊様です。
 したがって、会長であろうが、部隊長であろうが、社長であろうが、女中であろうが、その方程式は同じです。うれしい人であろうが、つらい人であろうが、悲しい人であろうが同じ方程式です。
 拝する御本尊様は同じ。唱える題目も同じ。最後はぜんぶ仏になるという方程式なのであります。したがって、卑屈にならず、おじけず、ぜんぶどのような境遇であっても、みな仏になれるのだという強い自覚と確信をもって、進んでいっていただきたいと思うのであります。

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