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日蓮大聖人・池田大作

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4 エイズ――その脅威と対処  

「健康と人生」ルネ・シマー/ギー・ブルジョ(池田大作全集第107巻)

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1  エイズの発生と起源
 池田 次に、シマー博士のほうから提案がありました「エイズ」を取り上げたいと思います。「エイズ」は、二十世紀から二十一世紀へ、人類を脅かす“敵”となりましたね。
 シマー そのとおりです。二十一世紀にかけての最大の病気です。
 「エイズ」(AIDS)とは、後天性免疫不全症候群の英語(Acquired Immunodeficiency Syndrome)の頭文字をとった名前です。
 池田 最初にエイズが報告されたのは、いつでしょうか。
 シマー エイズという人類にとって未知の流行病が表面化したのは、八〇年代のアメリカでした。
 一九八一年の冬、カリフォルニアとニューヨークの医師たちは、原虫生体によるカリニ肺炎、また、カポジ肉腫という希有の皮膚ガンが発生したことに驚きました。まれに見る病気だったからです。不思議なことに、患者は全員三十歳前後の男性で、それまではみな人一倍健康でした。彼らに見いだせる一つの共通点は、全員が同性愛者であったということです。もう一つ、免疫系の不全が全患者に共通の症状として見られました。
 このような疾患は、遺伝子の病気、臓器移植、また化学療法などにともなって免疫力が抑制された結果、発生するものです。
 このことが判明してから、その年、アトランタにある疾病管理センターがそのリポートを出版していますが、それが最初の警告でありました。
 その後、三カ月の間に、似たような疾患が約百件、報告されました。そのほとんどがニューヨークとサンフランシスコで発生しています。患者はいずれも比較的若い人たちで、ほとんどが同性愛者ですが、原因は口腔真菌症や食道の真菌感染などのいわゆる“日和見感染”であったり、ときには免疫防衛系欠落の結果生じた悪性潰瘍性ヘルペスであったことも判明しました。
 結論は明確でした。まったく未知の病が現れたということです。これがエイズという名称で知られるようになったのです。
 池田 当初、感染者が同性愛者だけであったため、同性愛者に見られる「奇病」と考えられたようですね。
 エイズに対する偏見、差別については後ほど詳しく論じたいと思いますが、こうした原因不明の病気の出現は、時に社会的なパニックを引き起こすことがあります。
 病原体として、エイズのウイルスが発見されたのは一九八三年でしたね。
 シマー L・モンタニエ博士とR・ギャロ博士の研究グループが、レトロウイルス(成人T細胞白血病ウイルス3型)がエイズの原因であることをつきとめました。このウイルスは現在、Human*Immunodeficiency*Virus(HIV)=ヒト免疫不全ウイルスの名で知られています。二年後の八五年に、このウイルスが血液の中に存在することを発見する試験方法が開発されました。
 また、二種類のHIVが存在するのが流行病としてのエイズの特徴の一つになっています。アメリカとカリブ海諸国で流行しているエイズの主な病原体はHIV‐1で、アフリカの各地で流行しているのはHIV‐2とHIV‐1の両方です。
 池田 エイズとエイズウイルスはそれまで地球上に存在していなかったのでしょうか。一説によると、「アフリカ土着説」が有力ですが、博士はエイズの起源をどのようにお考えでしょうか。
 シマー エイズはアフリカとアメリカでほぼ同じ時期に現れましたが、エイズウイルスの発生がいつであったかは、正確にはわかっていません。研究室で遺伝子操作によってHIVがつくられたという説もありましたが、これを信じる人はもういません。現在では、HIVは過去数十年の間に中央アフリカのどこかで出現した可能性が強いと考えられています。
 一九七二年と七三年に採取されていたウガンダの子どもたちの血液中にHIV汚染が存在していたことが判明したので、このころすでにHIVが中央アフリカの農村で流行していたのではないかと考えられています。
 さらにまた、アフリカの若いサルの体内で、HIVに酷似するレトロウイルスが発見されています。われわれは、このウイルスが突然変異して病原性に
 なったのではないかと考えます。また、このウイルスが長年にわたりエイズを発病させることなしに人間の中に存在し続けたということも考えられますし、逆に、その症候群についてエイズという定義がなかったので、それをエイズであると認めることができなかったとも考えられるでしょう。
2  特徴としての“日和見”感染とその経路
 池田 それでは、エイズは、具体的に、どのような経路で感染するのですか。
 シマー 第一には、感染者との性行為によるものです。
 第二に、エイズウイルスによって汚染された注射器の共同使用による感染があります。
 第三には、母子感染です。母親がエイズ感染者の場合に、胎児、乳児に感染する経路です。
 第四に、エイズウイルスに汚染された血液の輸血、血液製剤の使用による感染です。
 池田 昨今、日本では、汚染された血液製剤の使用による血友病の患者への感染が大問題になっています。
 シマー 四つの感染経路のなかで現在、世界的に見て、もっとも多くなっているのは第一の原因です。
 また、これまでの研究によれば、空気や水または食品からの感染は考えられません。したがって感染は、ウイルスに汚染された注射針や血液製剤、あるいはHIV感染した人との体液を介する接触によって、ウイルスが生体中に侵入した場合にのみ限られることがわかっています。
 池田 つまり、日常生活における感染者との接触では、感染の危険性はまったくないということですね。
 シマー そのとおりです。その認識が大切です。
 池田 正確な知識を得ることによって、「感染の拡大を防ぐ」、また、「いたずらにエイズを恐れることがなくなる」、そして、「感染者や患者との共生を可能にする」などの正しい対応が生まれますね。
 シマー 病気そのものより、病気への“無知”こそが、エイズの脅威の原因となっていることはたしかです。
 池田 エイズに感染すると、どういう症状が出ますか。エイズ“特有の症状”というものはあるのでしょうか。
 シマー HIVは、生体に特有の免疫系中で重要、不可欠の役割を果たしているヘルパーT細胞を集中的にねらってきます。ヘルパーT細胞はその表面にCD4というレセプター(受容体)をもっていて、これは細胞へ侵入するための鍵穴のようなものです。こうして細胞に入ったウイルスは、そこに数カ月潜伏します。その間にエイズ由来のDNAが感染細胞のDNAの中に侵入します。これをプロウイルス化と呼びます。
 通常、この感染の初期段階では症状が出ないので、通例の血液検査でウイルス抗体を発見するしかありません。時によっては、インフルエンザ(流行性感冒)のような症候、熱、頭痛、筋肉痛とアデノパシー(腺症)が観察される場合もあります。
 池田 感染から発病まで、どのくらいの日数を要するのでしょうか。
 シマー その期間は長くても五年で、その間に多くのことが可能性として起きえます。無症状形態の進行を観察できることもあるし、それが長期におよぶこともあります。過去十年の経験によれば、このウイルスに感染した人が最終的にはエイズ患者になるということ、そして無症状期間中であっても他者にウイルスを感染させうることが現在わかっています。
 しかし、一般的な徴候としては高熱、体重低下、胃腸の問題、発疹があります。しかし、そのいずれもとくにエイズだけに見られる徴候というものではありません。
 池田 発病すると、どんな症状が現れますか。
 シマー 発病の結果、免疫系に重大な欠陥が出るとすぐ、いくつかの重度の症状が出てくるのが観察されるようになります。きわめて特殊な感染か、ガンのような腫瘍に関係する症状を引き起こします。これらは、いずれもHIVに直接関係する症状ではなく、他のウイルスや細菌が増殖できるような免疫力低下の状態をつくる役割を果たします。
 池田 それが“日和見”感染と言われるゆえんですね。
 シマー そうです。われわれの体にはたくさんの微生物(ウイルス、バクテリア、真菌類、原虫類)が住んでいますが、通常ですと、免疫系の防御システムが効果的に働くので、微生物の脅威が阻止され、病気の原因も少なくなります。
 しかし免疫系の防衛が弱まるとすぐ、こういう微生物がその機会をとらえて活発な増殖活動を開始します。このように“日和見”的な感染がとくに影響をおよぼすのは肺、消化管、神経系統ですが、皮膚にもおよぶこともあります。おそらく、これがHIV感染を示唆する最初の病理的な変化と言えるでしょう。厳密に言えば、エイズの発病による症状のうち、もっともひんぱんに見られるのは、カリニ原虫による肺炎(カリニ肺炎)、サイトメガロウイルスによる肝炎、脳炎、腸炎、それと皮膚や粘膜中に病変を起こす単純疱疹(ヘルペス)などです。
 これらは“日和見”感染のほんの数例にすぎませんが、エイズ発病の第二段階になるとたいへん複雑な症状に当面します。また、エイズ発病後に現れる症状のなかには、われわれが“日和見”的なガンと言っている深刻なものもあります。
 池田 その“日和見”的なガンのなかで代表的なものは何ですか。
 シマー まず、カポジ肉腫があげられます。これは皮膚や筋肉、内臓、あるいは神経節の中にある血管の細胞が異常に増殖することによって起きるものです。その他の腫瘍としては、リンパ系組織のものがあり、これは免疫系に深刻な支障が起きたときにできます。これらはリンパ系神経節に起因する悪性のリンパ腫です。この例でも、HIVは腫瘍の直接的な原因ではなく、免疫系の異常を引き起こすことによって悪性の腫瘍を発生させる“扉”を開けるだけなのです。
3  「エイズ教育」が感染拡大の歯止め
 池田 一九九五年には、アメリカにおけるエイズウイルスの感染者は、百万人に達したという報告があります。またアフリカ、東南アジアにおいても、感染者は現在、爆発的に増大しております。
 二十一世紀には、HIV感染者は四千万人に達するとの予測もありますが。
 シマー HIV感染やエイズが“爆発的”に増大しているとされるのは、感染者や患者の数が幾何級数的にふえており、しかも公表された段階ではすでにその数字をはるかに上回っているほど、その勢いはとどまるところを知らないからです。
 われわれの調査したところでは、二〇〇〇年には、約三千八百万人がエイズウイルスに感染するのではないかとの予測が出ています。しかし、これはどちらかと言えば、低めの予測で、実際には、約一億一千万人が感染するという予測を出している研究グループもあります。
 池田 恐るべき数字です。こうしたエイズ感染の拡大は今後、さらに進んでいくと思われますか。
 シマー HIV感染とエイズの症状がこの十年間、世界的な規模に達したことは事実です。はたして、この感染とその後に生じる症状が急速にコントロールされて収斂されるのかどうかは、HIVが目下、伝染的に広がっている情勢なので、予測は困難であると言わざるをえません。
 池田 それでは、いったい、どのようにすれば、このようなエイズの拡大を食い止められるのでしょうか。
 シマー エイズウイルスの感染力は、決して強くはありません。感染に対する予防を行うことで、エイズの拡大を最小限に食い止めることは可能です。
 池田 予防こそが対策の“要”ですね。
 シマー 疫学上のデータによりますと、一般的な生活をしている人に比べて、ライフスタイルや医療環境が理由で、感染リスクの高い人たちが存在します。
 現時点では、同性愛者と両性愛者、麻薬常用者、多数の性交相手をもつ人、また感染が一般的に広まっていると考えられる国で生まれ、あるいは生活している人、上述の危険性をもつ人たちを性交の相手としている人、そして忘れてはならないのが感染した母親から生まれた子ども――がそのグループに入ります。
 池田 麻薬常用者というのは、汚染された注射器による感染の例ですね。実際の医療においても、極度の貧困のために、一本の注射器を続けて使わざるをえない地域でエイズが流行しているケースがニュースで報道されており、私も心を痛めました。
 シマー これらのグループに属する人々への予防、また「エイズ教育」を行うことが、エイズ拡大を食い止めるうえで大切になってきます。
4  治療法の問題点は何か
 池田 よくわかりました。次に、治療法に話を進めたいと思います。
 シマー 症状の進行に応じて、二種類の治療法が用いられています。
 一つはウイルスや、ウイルスに感染した細胞に対する直接的な治療です。これはウイルスの増殖を阻止し、結果的に免疫系の本来の活性を取り戻すことを目的としています。
 もう一つは、免疫機能の低下によって発生した疾患に対する治療です。主として“日和見”感染やガンに対して用いられるものです。
 池田 今後、エイズへの効果的な薬の開発を期待してもよいですか。
 シマー 細菌の感染を退治するための抗生物質その他の薬品は、相当数利用できるようになってきています。しかし、ウイルスの増殖を抑える薬品は、まだ一般的にそれほど出回っているとは言えないことを、心にとめておかなくてはなりません。
 ウイルスは細胞内に寄生し、その細胞の代謝に依存して増殖する寄生虫のようなものですから、ウイルスの増殖を阻止する一番の方法は、宿主である細胞の死を早めるようにすることです。しかし、それでは、治療の本来の目的から外れていることは明らかです。
 ウイルス病の治療法には、ウイルスが体内で増殖するいくつかの過程を攻撃目標とする方法があります。これまでのところ、より効果的と考えられているのはウイルス増殖の原因である「逆転写酵素」の活性を抑制する方法です。
 池田 日本でも最近、AZT(アジドチミジン)という薬が注目されていますが……。
 シマー AZTというのは、抗ウイルス剤です。これがウイルス増殖をかなり遅らせ、したがって想定された病気の発症時期をも遅らせる能力をもつことが明らかになっています。しかし残念なことに、一年間ほど投与し続けると、その効果は低下することが報告されています。
 また、長期間の服用によって、吐き気、頭痛、めまい、白血球減少などの副作用が生じることも報告されており、医師は患者へのAZTの効果を慎重に観察する必要があります。そのため、患者はひんぱんに医師を訪問することになります。
 一方、ウイルスが増殖するために必要な蛋白の抑制剤が開発中で、臨床試験によれば、その将来性に希望がもてそうです。
 池田 エイズを予防する目的として、ワクチンの開発も試みられているようですが。
 シマー ワクチンの開発ですが、このウイルスは性質、習性がきわめて特異で、その対応に苦慮しているのが現状です。
 池田 エイズウイルスの“特異性”を、わかりやすく解説していただけませんか。むずかしいとは思いますが。(笑い)
 シマー 形や働きの変化が少ないウイルスほど、ワクチンの効き目は高まりますが、エイズウイルスの場合は、そのワクチンの攻撃の目標となるウイルスの外膜の構造が変化しやすく、しかも患者によって違います。ということは、ワクチンをある一定のエイズウイルスの構造を標的にするように改良しても、効き目があるのはエイズウイルスが変化するまでで、すぐに効き目を失ってしまうのです。
 池田 それがエイズワクチンの開発の障害になっているのですね。よくわかりました。
 シマー 一方、エイズウイルスはプロウイルスという形で、侵入した細胞の核内に潜伏し続ける能力をもっています。もっと具体的に言うと、T細胞またはマクロファージ(大食細胞)の中に文字どおり隠れてしまいます。増殖を休止したこのようなウイルスの所在をつきとめて細胞内からウイルスを追いだすことは容易ではありません。しかしながら、この分野での研究はきわめて活発で、とくに遺伝子工学を通じてワクチンを製造する方向に進んでいます。
 しかし、エイズワクチンの開発は困難で、長い時間を必要とすることは疑いありません。
 また、最近は、カクテル療法など新しい治療法の開発が行われています。今後の治療技術の進展を期待します。

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