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日蓮大聖人・池田大作

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2 ガンの予防と治療  

「健康と人生」ルネ・シマー/ギー・ブルジョ(池田大作全集第107巻)

前後
1  原因の大半は食生活の偏りと喫煙
 池田 多くのガンがもし早期に発見されれば、治癒率はかなり上昇すると言われています。
 そこでお聞きしたいのは、最近のガンに対する診断法の状況についてです。
 一般の人は、検査と聞いただけで躊躇しやすいものですが、その内容が明確に理解できるものであれば、検査に向かう心も軽くなると思われるからです。
 シマー 早期発見・診断は疾病予防のあり方のうち、二次予防にあたるものです。われわれは、一般的に、予防のあり方を一次予防と二次予防の二つに分けています。
 一次予防のねらいは、疾病が起こる前に、その原因と要因を減らすものです。ガンの場合で言えば、その原因につながるいくつかの要素が判明しているので、それに対してとれる手段を見つけ、ガンの発病を避けようとするのが第一次予防になります。
 まず、この原因と要因を減らす一次予防からお話しします。
 ガンの原因となるいくつかの要素を重要なものから順に列挙すると、発ガン性化学物質(このなかにはタバコも含まれます)、工業用化学物質、紫外線、そして、まれなケースとして放射性元素やX線、乳頭腫やヘルペス(疱疹)、あるいはエイズ、エプスタ・イン・バー(EB)などの伝染性のウイルス、食生活、遺伝――になります。
 池田 日本でもいちばん指摘されるのがタバコとガンの関係性です。
 シマー 今日、われわれは、タバコとガンないし心臓血管系の病気との因果関係について知識をもっています。先進国では、ほぼ全市民がその点をわきまえていると言えるでしょう。
 しかし、その危険性を知りながら、それでも平気で喫煙する人たち、あるいは喫煙の習慣に誘引されていく人たちに、どのように介入したらいいのかわかりません。そういう人たちのなかには青少年、とくに若い女性もいます。
 開発途上国の住民などは、広報やライフスタイルについての記事などに疎遠で、彼らがどのくらい喫煙のリスクについて知っているかは定かではありません。
 過剰な日光照射による皮膚ガンについては、予防対策の観点から具体的な事例記録が出ています。皮膚ガンは増加しており、なかにはかなり深刻な悪性の黒色腫も見られます。また、さして深刻ではないガンが、比較的ひんぱんに発見されるケースもあります。この場合の一次予防は、明瞭な証拠を示す衛生教育で、内容もわかりやすいものにしています。
 池田 イギリスのガンの疫学者であるドール博士らは、アメリカ人のガン死亡に対して各種の危険因子がどのように関係するかをリポートしていますが、それによると、食生活が三五パーセント、タバコが三〇パーセントとなっています。
 発ガン原因の大半を占めるじつに六五パーセントが、「食生活」と「タバコ」に集中していることになります。こうしたことから、“食事、喫煙などの生活習慣やライフスタイルを工夫することでガンの制圧は可能である”と、日本の予防がん学研究所所長であった平山雄氏は述べています。
2  ガンを防ぐための十二カ条
 池田 ガン予防の心得として日本でもっとも一般的なものに、国立がんセンターが制定した「がんを防ぐための十二カ条」があります。
 〈がんを防ぐための十二カ条〉
 1、バランスのとれた栄養をとる
 2、毎日、変化のある食生活を
 3、食べすぎをさけ、脂肪はひかえめに
 4、お酒はほどほどに
 5、タバコは吸わないように
 6、食べものから適量のビタミンと繊維質のものを多くとる
 7、塩辛いものは少なめに、あまり熱いものはさましてから
 8、焦げた部分はさける
 9、かびの生えたものに注意
 10、日光に当たりすぎない
 11、適度にスポーツをする
 12、体を清潔に
3  同様のリポートが、アメリカのガン協会からも『栄養とガン』と題して提出されています。これはガンにならないための食生活を勧告したもので、たとえば、肥満を避ける、脂肪の総量を減らす、繊維の多い食品を多くとる等々、そのまま日本にも当てはまるものが多いようです。
 シマー すでに論じてきたように、もしかしたらガン生成の原因になるのではないかと思われるような有機物を発見し、それに対抗する手段をとるのが一次予防です。
 日本の国立がんセンターが制定した「がんを防ぐための十二カ条」は、一次予防でとるべき重要な手段の要点をカバーしています。食生活と喫煙(喫煙者自身とその煙を二次的に吸引する人を含めて)の影響はなかんずく重要であるとのご指摘は、まことに当を得ています。
 食生活の改善がガンの予防に一役買っていることを明かす疫学の研究が最初に出たのは一九六〇年代で、以来、この種の研究は急速に進んでいます。今日、食生活が乳ガン、食道ガン、子宮ガン、前立腺ガン、そのほか喉頭ガンや咽頭ガンなどの形態のガンにあたえる影響について、多数の事例を引用した研究成果が発表されています。しかし、それらのあるものを子細に見てみると、ガンになる、あるいはならない食生活のあり方について、必ずしも結論の裏づけが一致せず、意見も大きく分かれているのが実情です。
 食品添加物についても数多くの研究があります。香りや色、見かけをよくするための添加物は、意図的に混入するか付随的に入るかは別として、二千五百種類
 くらいあると言われています。このように膨大な数になると、研究分野は拡大する一方です。ある物質の無害を証明するためには、長い年月にわたる研究が必要です。
 一般の人たちは、新聞、ラジオ、テレビといった媒体を通じて、あるいは消費者グループの商品品質保証要求運動を通じて、問題の所在を知らされていますから、食品に有毒物質混入の可能性、一部の食品添加物に発ガン物質混入の可能性があることは一般的知識となっています。しかし、発ガン物質そのものについては、あまり知られていません。というのも、市場にはつねに新しい物質が出回り、それらを一つ一つ取り上げて実験するのには時間と費用がかかるからです。
 池田 たしかにそうでしょうね。
 シマー 脂肪分の多い食生活は肥満、動脈硬化、心筋梗塞、消化管のガンをまねく可能性があります。栄養士の勧めにしたがうのがよいでしょう。自然食を用いてつくった料理で、あまりしつこいソースを使わず、脂肪分の少ない食事をとるようにするのは良いことです。栄養士は、毎日の食物摂取で脂肪を三〇パーセント以下におさえること、脂肪の多いものを食べないようにする習慣をつけることを勧告しています。しかし、西欧諸国での食事では、摂取するカロリーの四〇パーセント以上が脂肪となっています。
 最近、直結腸ガンに対する防御としてセルロース繊維が入った食事をとることの重要性を、バーキットが指摘して関心を集めました。また、生野菜と果物の摂取量をふやすのがいいと一般に言われています。しかし、断定的な結論はまだ出ていません。
4  死の恐怖に打ち勝つ強い生命力を
 池田 次に、早期発見に関連することですが、日本のガン検診の体制は世界一だと言われています。とくに、集団検診による胃ガンと子宮ガンの早期発見は、着実な成果を見せています。
 少々具体的になりますが、「日本対ガン協会」が制定した「がんの危険信号八カ条」をあげてみます。
5  〈がんの危険信号八カ条〉
 1、胃――――胃の具合がわるく、食欲がなく、好みが変わったりしないか
 2、子宮――――おりものや、不正出血がないか
 3、乳房――――乳房の中にシコリはないか
 4、食道――――飲み込むときに、つかえることはないか
 5、大腸――――便に血や粘液が混じったりしないか
 6、肺―――――咳が続いたり、痰に血が混じったりしないか
   喉頭――――声がかすれたりしないか
 7、舌、皮膚――治りにくい潰瘍はないか
 8、腎臓、膀胱、前立腺――尿の出がわるかったり、血が混じったりしないか
 シマー 早期の発見と診断(二次予防)の手引としては、その八カ条は的を射たものだと思います。
 カナダのガン協会も、同じことを勧めています。両協会が同じ発想に立っていることは、多種多様なガンによる疾病率、死亡率の低下を考えるうえで、早期の発見が効果的な方法であることを示しています。
 私は、このようなガン予防対策のための活動をさらに拡大する必要があると思います。理屈から言っても、ガンにかかってから、かなり肉体に無理を強いるような、それでいて高価な治療を受けざるをえなくなるよりは、それ以前にとれる予防対策を講じるほうがいいにきまっています。
 池田 患者が手遅れになる理由について、日本の臨床医である河野博臣博士は次のようなデータを発表しています。
6  〈患者が手遅れになる理由〉
 ・ガンに対する症状らしいものを自覚しても、自分で決断して診断を受けられなかった(70%)
 ・家族との話しあいが少なく、手遅れに輪をかけた(50%)
 ・仕事が忙しく、病院へいく時間がなかった(0%)
7  これは、主として胃ガンの末期患者五十人についての調査ですが、ここで注意を要することは、これらの患者が手の離せない仕事をかかえていたというよりも――仕事が一段落するまで待つということもあるとは思いますが――むしろ自分の健康を過信したりして、身体の中で生じている異常から目を背けていたということです。
 それに加えて、日ごろから家族とのコミュニケーションが悪いために、おたがいの健康状態に無関心で、身体の少しの異常を見過ごしてしまったということです。
 心理学で「失感情症」あるいは「失体感症」と
 いう言葉がありますが、これは、ガンに対する無意識的な死の恐怖から、心や身体の異常を感じる能力をみずから低下させてしまうということに通じます。
 そこで、「早期発見・早期治療」のためには、一人一人がガンは必ずしも不治の病ではないことをよく認識し、理由のない死の恐怖に打ち勝つ強い生命力を養うとともに、日常の生活のなかでの、自分の身体に対する注意深い洞察力と決断力をもつことが必要になると思われます。
 また、家族がおたがいに心から気遣いあう、愛情と信頼感にあふれた温かな絆を強めていくことが要請されると思うのですが。
 シマー おっしゃるとおりです。ガンとその心理学的な要因との関連性は重要です。
 これはガン患者だけの問題でなく、健康な人についても言えます。ガンと言えば、だれもがすぐに、死、不治、孤独感や無力感にさいなまれる状態や自暴自棄にならざるをえない状態を想起します。人類の歴史を振り返ってみれば、克服不可能とも思えるさまざまな病気が人類を脅かしてきました。ハンセン病、疫病、結核などもそうです。
 こういう病気は、当時の科学者にとってはその原因もわからず、ましてや被害をくい止める方法など、まったく不明だったのです。また、ガンにつけられる形容詞の「悪性」という言葉には、地獄のような激しい苦痛というような響きがあります。
 「ガン」はまた、邪悪を臭わせる隠喩として、経済や政治用語のなかにも侵入して、たとえば「失業は社会の“ガン”である」、あるいは、「テロリズムは民主主義の“ガン”である」というようにも広く使われるようになっています。
8  化学療法や放射線療法
 池田 昔、結核は、不治の病と言われましたが、現在は、ほとんど治すことができるようになりました。ガンも、完治する“特効薬”ができないものでしょうか。
 シマー 長い間、ガンは「不治の病である」と考えられてきました。どのような病気でも、原因がわからないままでいると、やがて不可思議に思えてきて、それが心にも、身体にも、伝染的に波及するのではないかという恐怖心を生むようになります。いくつかの国では、ガン患者は入院を許されないという事態さえ報告されています。
 ウイルスによる感染症ならば、その原因となるウイルスを研究すれば、薬を開発することができます。しかし、ガンの場合は、原因がよくわかっていないこともあり、何に対する薬をつくればいいのかが、わかっていません。残念ながら、“特効薬”や完全な治療法の開発はむずかしいのが現状です。
 ただし、前にもふれましたが、小児ガンなどでは、化学療法が大きな効果をあげるようになっています。子どもの白血病では、九〇-九五パーセントが治癒するようになってきました。
 池田 明るいニュースです。
 シマー 化学療法の歴史は新しく、第二次世界大戦中に毒ガスの薬物学的特性についての研究が行われたのがその始まりです。また、一九四〇年代の初めに、ハギンズというカナダ出身の外科医学者が前立腺ガンの治療にエストロゲン(卵胞ホルモン)の使用を提唱したことも記しておく必要があります。ハギンズはこの発見によってノーベル賞を受賞しています。
 池田 博士は、具体的にどのような研究をされているのか、専門家でない人にもわかるように(笑い)、具体的におうかがいしたいのですが。
 シマー それは比較的簡単です。(笑い)
 ガン細胞に対して抗ガン剤をいかに作用させるか、そして、ウイルスがどのように動物や人間の体内においてガンを発生させるかを研究しています。
 池田 抗ガン剤を投与すると、ガン細胞だけでなく、正常な細胞をも破壊するため、副作用に悩まされるという話をよく聞きますが、博士の研究は、その欠点を克服するためのものですね。
 シマー そうです。ガン細胞だけを探して見つける“モノクローナル抗体”という物質があります。これに、抗ガン剤をくっつけますと、ガン細胞だけに薬が作用することになります。正常な細胞に影響することはありません。
 現在、残されている課題は、使用する薬をもっとよく効くものにすること。ベクター(運び屋)、ここでは、先ほどのモノクローナル抗体ですが、それをさらに正確にガン細胞のみに当たるようにすることです。これが進めば、この治療法は、はかりしれない可能性を秘めています。
 池田 放射線療法もずいぶん進歩していますね。コバルト照射などの放射線療法の効果はどうでしょうか。
 シマー 放射線を使う療法が、ある種のガンに効果があることはわかっています。しかし、ガン細胞の一部を縮小させることはできますが、まだ全部を完全に取り除くことはできません。
 ガンの治療においては、手術だけでなく、放射線と抗ガン剤の使用も、場合によっては必要です。それによって延命率が向上しています。とくに患者が三十歳以上の場合、病状の完全な鎮静化が見られるケースも出てきました。
 このように、いくつかの治療法を併用することで病状がかなり鎮静化することがありますが、治療法が高度の技術と知識を必要とすること、使用する高価な薬品が手元に用意できるかどうか、などの点を考慮すると、世界的規模でこの新しい治療法が効果的に採用される可能性があるかどうかを予測するのは容易なことではありません。
9  免疫力に影響をあたえる精神の状態
 池田 ガンを抑制する方法として、「免疫」療法も研究されているようです。人間の身体には適切な防衛反応がそなわっている、ということは周知の事実です。その防衛反応の主役は免疫系であると考えられます。
 博士におうかがいしたいのですが、ガンに関して、この免疫系の白血球やリンパ球は具体的にどのように働くのでしょうか。
 シマー 人間を含めてすべての脊椎動物は、さまざまな病気の発生源となる微生物等から自身を守る免疫防衛反応をそなえています。この防衛反応のおかげで、いろいろな伝染病が治癒されるのです。この防衛反応は医学上の重要なテーマになっており、医師や研究者たちは、人間にとってガンが避けられないものならば、免疫反応を利用してガンから身を守れないか、と考えるようになったのです。
 免疫反応のシステムは、本質的には、人体にくまなく散在しているリンパ組織中に見いだされる二つのタイプの細胞に関係しています。
 第一のタイプはプラズマ細胞で、これは抗体をつくり出します。抗体は血液中に存在する一群のタンパク質で、抗体には数千種類にもおよぶ異なるタイプがありますが、その一つ一つがアンチゲン(抗原)に自分から結びついていく機能をそなえています。そしてアンチゲンは、抗体の産出をうながします。
 第二のタイプの細胞はリンパ球で、これは胸腺に依存していて、免疫防衛反応が間違いなく機能するように働きかけます。リンパ球は血液中を循環して、アンチゲンの存在を見つけるパトロールの役割を務めます。見つけると、その情報を免疫反応システムの記憶装置の中に保存しておき、再度アンチゲンが出現するとそれを認識し、反応します。一度アンチゲンを発見したリンパ球は、その情報を他の細胞にも伝えることができます。それで、必要な事態が生じれば、大がかりな免疫反応を誘導することができるのです。
 池田 リンパ球の活動などを活発にできれば、ガンの増殖を制御することができると思われますか。
 シマー 免疫システムによって、ガン細胞も除くことができるとすれば、その活性化こそがガン化を防ぐカギになります。逆に言えば、免疫システムが働かなくなると、ガン化やガンの進行が促進されると言えるかもしれません。
 池田 この方面の研究は、どのくらい進んでいるのですか。
 シマー 今のところ、あまり研究は進んでおらず、具体的にどうすればもっともよいかというのはわかりません。
 ただ、免疫力をつけていくことは大事です。エイズは、免疫システムが破壊される病気ですが、エイズにかかると、他の感染症とともにガンも発生しやすくなります。このことから考えても、免疫力の強化がガンの発生を抑えることはたしかでしょう。
 池田 現在、免疫学の研究がもっとも進んでいる国はどこでしょうか。
 シマー おそらくアメリカでしょうが、どこでその突破口を開く研究が行われるかはだれにも予測できません。
 池田 免疫力を強化させることについて、心身医学からのリポートもありますね。たとえば、喜び、感謝、希望、満足感などは、リンパ球の活動を活発化させる。反対に、苦しみ、怒り、恨み、悲しみの感情は、リンパ球の活動を低下させると。
 このことと関連しますが、以前、デービット・スピーゲル博士の「ガンの精神療法には延命効果があるか」というタイトルの論文を興味深く読みました。そこでは、百九人の乳ガンの手術を受けた患者を二つのグループに分け、一方のグループには精神療法を行い、他のグループには行いませんでした。その結果は、精神療法を受けたグループの患者たちは、精神状態も安定しており、死亡までの期間や生存率において、他のグループに比べて約二倍の差があったとされております。
 すなわち、精神療法による延命効果が認められたと報告されたわけです。
 そのメカニズムに関する研究は、これからの課題でしょうが、精神状態が免疫系に影響をあたえうると考えられるのではないでしょうか。
 仏法には、「色心不二」という法理があります。「色法」とは身体を、「心法」とは心の働きをさします。「不二」とは、“而二不二”のことです。「而二」とは、身体と心の働きは相互に密接に関連しあっているということです。しかも、生命の次元においては、「不二」すなわち一体であるという法理です。
 身体と心が、たがいに影響しあうとすると、喜びや希望が、身体の働きを活性化し、ひいては免疫力も強めていく、反対に絶望におちいると、免疫力も弱まってしまうということになります。
 シマー 心身医学の実験を、研究室内で行って、人間の感情と病気の相関関係を特定することは非常にむずかしいものです。
 しかし、たとえば、心臓血管疾患でも、苦しみとか喜びとかの感情が病気に関係していることがわかっています。
 ガンでも「ストレス・ガン」(ストレスによって引き起こされるガン)ということも言われています。このような学説にも幅広く目を向ける必要があると思います。
10  ガンと心の関係
 池田 私の恩師である戸田先生は、よく「人間の身体は、それ自体が一大“製薬工場”である」と言っていました。内分泌腺からは各種のホルモンが分泌されており、脳の中の「エンドルフィン」は身体にもともとそなわった“鎮痛薬”というべきものです。また病原菌と闘う白血球や、体内で営まれている化学反応に働く酵素をつくりだすなど、人体はまさに“製薬工場”という側面があるのではないでしょうか。
 シマー “製薬工場”とは、たいへんユニークな考え方だと思います。
 たしかに、脳は「エンドルフィン」と言われる“内なるモルヒネ”を分泌することが知られています。この「エンドルフィン」は、東洋の「鍼」によって、分泌が促進されると言われています。
 ジョギングをしていると、途中で疲れを感じなくなるときがありますが、これは「エンドルフィン」の分泌の効果によると考えられています。
 ほかにも、怒りの感情が「アドレナリン」という物質の分泌をうながし、血圧の上昇や気管支の拡張を起こすなどの例があります。
 池田 心身医学においては、希望や生きがいを失って、うつ状態にある人、また、怒りや不安を抑圧して自分をさいなむ傾向の人は、ガンに弱い。反対に、新鮮な生きがいを発見し、目標に向かって生きぬく強い意志の人は、ガンに強く、闘う力があるという見解もあります。この点はいかがですか。
 シマー ガンの生成についての心理学的な視点からの考察は、重要で興味ある問題です。診断のときに、病状の深刻さを案じる患者は不安に襲われ、人によってさまざまな反応を示します。足や胸の切断による身体形状の変化の可能性とそのイメージ、身体に残る手術の痕跡、そして、以後の自分の人生がガラッと変わってしまうのではないかという不安、医療ではどうしようもない絶えまない苦痛との戦い――そういう精神的な圧迫は増す一方でしょう。
 病状によっては自分の仕事を一時休止しなければならない場合もあるでしょうし、リハビリ後でも復帰できない活動があれこれ出てくることもあります。あげくに社会生活に積極的でなくなり、抑うつされた心理状態で余生を過ごすことにもなりかねません。
 池田 たとえば、先の河野博臣博士により、次のような報告がされています。
11  1、ガンになりやすい人は、不幸な幼児体験をもっている。
 2、発病前のストレスとしては、重要な人間関係の喪失(妻や夫、あるいは子どもの死)があげられ、そのショックからうつ状態となり、人生の希望や生きがいを失う。
 3、ガン患者は一般的に、表面では社会に適応しているように見えても、内心はまったく適応しておらず、自分を抑制し続けている。
 4、緊張、不安、怒りなどの感情を表現する能力に欠け、その分、自分自身をさいなむ内向的な傾向が強い。
12  また、生きがいの喪失、抑うつ状態などが長く続くと、ガン細胞の増殖、進行を速め、予後をいっそう悪くする。逆に、新たな生きがいを発見し、目標に向かって前向きに生きぬいていこうとする強靭な意志は、ガン細胞を退縮させる、というリポートもあります。
 このようなガンと心の関係については、病理学的、統計学的にも世界で研究が進められているようです。
 シマー ガンになりやすい人がいるということ、あるいは精神的なストレスや抑圧がガンにつながるということなどは、ガン究明の手がかりの一つです。
 このテーマは、古くから議論されており、すでに二世紀には、「抑うつ」の女性に乳ガンが多いことをガレノスが確認しています。
 しかし、それ以来、この方面の研究があまり進んでいないことも申し上げなければなりません。精神的な状態とガンの間に確定的な関係があることを、具体的に立証するのは容易ではありません。
 そうは言っても、いずれの場合であれ、ガンにともなう余病の発生を防ぐために、ガンの専門医に診てもらう一方、精神科医にも相談する必要があります。医師や看護師は、ガンのこの次元の問題について、細心の注意を払うようになってきてはいますが、まだ十分に対応できているとは言えません。しかし彼らは、積極的に学んで訓練を受け、患者の精神的なニーズを明確に知り、精神面での治療にも尽くしたいと熱望しています。
13  人体は「悪」に対抗するものをつくる
 池田 ガン患者には、幼児期に両親や愛する人を失うという孤独の苦悩を経験していることが多く(約三分の一)、それが精神的ストレスとなってガン発生の一つの引き金になっていることは、先ほどの河野博士の報告からもほぼわかります。また、ストレスのなかでも、愛すべき対象の喪失はもっとも影響が大きいとも言われております。
 しかし、たとえ幼児期に両親を失ったとしても、人生の途上で「永遠なる父性、母性」にめぐりあえば、そうした精神的ストレスから解放され、ガン細胞と闘う力を増幅することができるものと思われます。この「永遠なるもの」、そこに内包された父性、母性との出あいこそ哲学であり、さらには宗教の使命だと思うのです。ゆえに、たとえば、宗教との出あいによって、その生き方の「実存的転換」が可能になり、そこからガンと闘う生命力が引き出されるのではないかと思われます。私は、このようなところに、ガンとの闘いにおける哲学や宗教の使命を見いだしているのですが。
 シマー 何人かのガン患者を対象にして、性格上の問題があるかどうかを観察するとしても、ガンのような肉体的な病気が精神面にどのような影響をおよぼすかの推定や、あるいは逆に、ガンになる前に当人の性格を分析しておくということは、われわれにはできません。
 患者の個人的履歴を見ると、病気の最初の徴候が出る前に何かストレスのたまる出来事があったことを知ることができる場合があります。しかし、ガン患者に対して、それがガンになった原因ですよ、と言うことは、私個人としては、避けたい。
 深刻な病気を経験したり、何度もストレスを味わっている人でも、ガンにならない人がいます。また、ストレスと一口に言っても、それがどの程度のストレスかについては、きわめて主観的な要素が介在します。
 池田 おっしゃることは、よくわかります。同じストレスを受けても、それをどう克服するかによって生体の反応は変わってきます。ストレスの対処法については、後ほど取り上げたいと思います。
 ストレスに敗れてしまうか、かえって生命強化の力としていくか。後者の場合に「実存的転換」が起きるのだと思いますが――。
 シマー この分野が研究に値することを否定するものではありませんが、あまりにも多種多様の解釈が可能であり、実験モデルと証拠の不足もあって、われわれが確定的な判定を下せるようになるまでには、まだ遠い道程をたどらなければならないと思われます。
 池田 アメリカの良心とも言われたノーマン・カズンズ氏とかつて対談した折に、氏は「人間に備わる『治癒系』と、人の精神が抱き得る『確信系』が共同して働き、病気の治癒に働く」との見解を述べておられました。
 私たちの生命には、病気を克服する力が本来的にそなわっているのではないか、と思うのですが。
 シマー 率直に言って、私も、人体はつねに内なる「悪」に対抗する、新しい何かをつくりだすと思っています。
 池田 長年、ガン研究にたずさわってこられた博士の言葉だけに重みがあります。多くの人々に「希望」と「勇気」をあたえる一言です。

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