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日蓮大聖人・池田大作

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1 ガンの歴史と現在  

「健康と人生」ルネ・シマー/ギー・ブルジョ(池田大作全集第107巻)

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1  ヒポクラテスの時代からガンはあった
 池田 シマー博士は、ガン研究の世界的な権威です。
 ガンの克服は、まさに人類の悲願と言えます。
 かつて私は、英雄ナポレオンの生涯をめぐって、フランスの学者たちと語りあったことがあります。ナポレオンもガンでなくなったという説があります。たしか、胃ガンだったと――。
 シマー そう言われていますね。古くは、エジプトのミイラのなかにもガンにかかっていたものが見つかっています。
 ガンは、現代病のように考えられている向きもありますが、人類の出現とともにあった病気です。古代にも、原始時代にもありました。
 池田 さまざまな証拠や文献もあると思いますが、人類がガンの存在を知るようになったのは、いつごろからでしょうか。
 シマー 古代ギリシャの医師として著名なヒポクラテス
 の時代(約二千四百年前)には、すでに知られていました。ヒポクラテスは、ガンに対して「カルキノス」という語を用いています。
 カルキノスというのは、「蟹」という意味です。ギリシャ人は、ガンを、原因はわからないものの、患者の体内に、ハサミで肉を切って深々と侵入して、肉をあますところなく食いつくしてしまう邪悪な蟹であると考えたようです。
 池田 現代の医学でも、まだ、原因を探究しているところですから、ギリシャ時代にわからないのは当然でしょう。
 それにしても、ガンの症状や進行を適切に形容していますね。
 シマー ヒポクラテスより前の時代には、人間の運命は神が決定すると思われていました。病気もこうした運命の一部だったのです。できることと言えば、せいぜい運命を予想することで、この仕事を担っていたのが占者や巫女といった連中です。
 時には、生贄を神にささげるという方法で神の怒りを鎮めるなどという試みもなされました。
 池田 インドでも、同じ時代にバラモン僧侶の権威主義と堕落がはびこっていました。僧侶による祭りごとをしなければ、地獄におちると言って、民衆をおどしたのです。紀元前の五世紀ごろに、すでに洋の東西をとわず、同じような現象が起きています。
 釈尊が登場して、腐敗した聖職者のくびきから、民衆を解放する宗教運動を起こしたのです。釈尊のもとには、ヒポクラテスにも比せられる名医である耆婆がいて、仏法医学の基盤をつくっています。
 シマー ギリシャにおいて、医学と祈祷を切り離し、医学の脱呪術化を行った最初の医者がヒポクラテスでした。彼は患者の症状を客観的に定義づけ
 ることに心をくだき、有名な四体液(血液、粘液、黒胆汁、黄胆汁)論で症状を説明しようとしました。彼は四体液の中の、脾臓や胃でつくられると考えられていた黒胆汁がガンを引き起こす要因であると主張しました。彼は神秘的な医学とたもとをわかち、症状の観察、比較、病因の究明、病気の進行を予想する診断方法の確立へと、方向転換させた最初の人物です。
 池田 ヒポクラテスについては、トインビー博士も、私との対談の中で、「知的職業の訓練を受けたすべての者が、“ヒポクラテスの誓い”を行うべきである」と強調していました。
 シマー ご承知のように、医学を修めた学生は“ヒポクラテスの誓い”を読みあげて医師となるわけですが、ヒポクラテスの全人類に対して果たした役割を考えると、驚くにはおよびません。
 この宣誓を通して、一人一人の若き医師が、患者に対する尊敬、臨床観察の大切さ、医学における倫理的側面の必要性を自覚するのです。
2  ガンの発生と地域差・年齢差
 池田 よく理解できます。倫理的側面は何よりも大切です。
 人類の寿命が延びているゆえに、当然、ガンもそれに相応してふえていくことが考えられますが、それを考慮に入れてもなお、ガンの増加率は全体としてそれ以上に高まっていると考えられますか。
 シマー おっしゃるとおり、ガンの発生頻度は年齢を経るごとに増加していくので、ガンの疾病率と死亡率の統計は、この事実を念頭に置いて調整する必要があります。
 こういう統計がとられるようになったのは一九三〇年代からですが、ある形のガンについて数値調整をしたところ、ガンによる死亡率に変化は見られません。ただし、過去四十年間に死亡率が大幅に上昇した肺ガンは除外してあります。
 池田 ガンの種類はわかっているだけで、何種類くらいあるのでしょうか。また、ガンの発生に地域差はあるのでしょうか。
 シマー 約二百五十種類ほどあります。そして、種類によって、発病率の高い地域や年齢層が異なることもわかっています。
 たとえば、発生頻度で言えば、他の地域に比較してアフリカと東南アジアで肝臓ガンが多発しています。先進国のなかでは日本だけ胃ガンが多く、他の国ではむしろ胃ガンは減っています。中国南部、イラン、ノルマンディーでは食道ガンが多い。低開発国では子宮ガンが多く、開発が進むと、それと符牒を合わせるかのように子宮ガンが減っています。また、オーストラリア人のうちの英国系の人たちのなかに皮膚ガンが多いといわれます。
 池田 日本では胃ガンによる死亡は減少してきたとはいえ、いまだにガンのなかで上位を占めています。肝臓ガンや膵臓ガンなども発生頻度が高く、消化器系のガンは全体の七〇パーセントにおよんでいます。また、乳ガンも最近では高い増加率を示しています。
 シマー カナダでは、一九九五年の統計では、新規のガン発生が最低十二万五千件、ガンによる死亡者は六万人以上と報告されましたが、この新規発生事例の半数以上が三種類のガンに区分されます。女性の場合ですと、乳ガン、直・結腸ガン、肺ガン。男性の場合で前立腺ガン、肺ガン、直・結腸ガンで
 す。
 九五年の一年間に、診断で判明したガン患者でもっとも多かったのが、女性の場合で乳ガン、男性では前立腺ガンでした。しかし死亡原因の第一位は、九五年も依然として肺ガンが占めました。
 これらのガンにかかったり、死亡する確率は、女性の場合ですと、九人中一名が乳ガン、十六人中一名が直・結腸ガン、二十二人中一名が肺ガンといった割合になります。男性では、十人中一名が前立腺ガンと診断され、そのほとんどが七十歳以上の方々という確率です。肺ガンは十一人中一名の割合になります。
3  小児ガンと成人のガンの違い
 池田 日本では、小児ガンが不慮の事故に次いで小児の死因の第二位を占めており、とくに白血病は小児期におけるもっとも重大な病気となっています。小児のガンは子ども自身も苦しいでしょうし、そうしたお子さんをもつ両親の苦悩もはかりしれないものがあります。
 シマー 三十年前ですと、ほとんどの小児にとってガンや白血病は「死にいたる病」で、診断の日から二年以内に死亡するのがふつうでした。
 今日では、ガンや白血病にかかる小児の半数が完全に治癒されています。快癒の事例は、病気の種類によって異なりますが、不治の場合でも、長期間、病状軽減のための治療を続行することによって、小児の生存を延長できたケースも多くあります。
 遅々としてはいますが、成功率は向上しており、今日、そういう治療を受けている小児のなかには、早晩、完全に治癒される子どもたちが出てくること
 は疑いありません。あまりにも多くの若い生命がガンの犠牲になるのを目のあたりにしてきた小児科医、両親、看護に従事する人たちは、彼ら自身の命が削られるような思いを久しくしてきたにちがいありません。このニュースは、彼らにとってもうれしいことでしょう。
 池田 小児と成人では違いがあるのでしょうか。
 シマー 現在、ガンに関する医学的進歩のほとんどが小児ガンの分野に集中しています。一九六〇年代の終わりから疑う余地のない成功例が累積しています。それが刺激となって研究はさらに進み、ガンで苦しむ青少年たちに大きな希望をあたえています。
 そこで、次のような暫定的な結論を出すことができるかもしれません。一般的に言って、小児のガンと、成人のガンは、同じ病気ではない、と。小児に見られるガンのタイプは、範疇的に区分すると、稀少腫瘍と関連づけられるものが多いのです。
 また、明らかに完治したと思われる小児のほとんどは、発病後二年経過してそのような判断が下されています。対照的に成人のガンは、病状の進み具合が目立って早いというわけでなく、一般的に言って、五年経たないと生存率が確定できません。
 子どもや若い成人のガンは、熟年者の場合と比べて、死亡も早いが治癒も早いと言えますし、むしろパスツールの時代以来の、伝染病などに代表される病気の典型的な状態に相似しているのです。
 池田 率直にうかがいたいのですが、二十一世紀には、ガンが人々に「死の恐怖」を呼び起こすような病気ではなくなっていると考えられますか。
 シマー 現在、世界的に見て、ガンは心臓血管系の病因に次ぐ致死病因に数えられています。地球上では、昔の疫病のような流行病はほとんど姿を消し
 ました。しかし、ガンがそれに代わる新しい病気として、闘うべきもっとも手強い相手となりました。残念ながらわれわれ人類は、これからも当分の間ガンと付き合っていかなくてはならないようです。
4  正常な細胞の中に「ガン遺伝子」が
 池田 ガンにかかる原因については、今日、「発ガン物質」や細胞内の「ガン遺伝子」の存在などが指摘されています。正常な細胞がガン細胞に変わるメカニズムは、どの程度、解明されているのでしょうか。
 シマー ガン発生のメカニズムについての解明は、まだまだ進んでいません。
 もう少し具体的に言いますと、今から二十五年ほど前には、ガンの原因は化学物質、いわゆる発ガン物質であると考えられていました。
 池田 ウイルス説もありましたね。博士の恩師であるベルナール博士はウイルス説を強く主張していた、とお聞きしましたが……。
 シマー そうです。その後、ウイルスが原因ではないかと言われるようになり、さらにウイルス中の、ある種の遺伝子が原因と言われるようになりました。
 ところが、人間の正常な細胞の中に、ウイルスの遺伝子と同じ遺伝子が発見されたのです。それが「ガン遺伝子」です。
 池田 正常な人間の中にも、「ガン遺伝子」が見つかったというのは大ニュースでしたね。
 シマー ええ。その「ガン遺伝子」が、何によって発現し、またコントロールされているかは、まだよくわかりません。現在は、ある種の「遺伝子」(ガン抑制遺伝子)がガン遺伝子をコントロールし、私たちが「ガン」と呼ぶ異常な細胞の増殖を制御しているのではないかとも考えられています。しかし、その詳しいメカニズムは解明されていません。
 そしてまた、最近は、ある種の「化学物質」がガンの原因として注目されています。つまり、ガンの原因に関する理論は、今のところ、堂々めぐりをしていて、大きな前進は見られていないのです。
 池田 まさに混沌として予断を許さないということでしょうか。
 シマー ええ。ですから私が大学院で講義をするとき、その最初の講義のタイトルは「調和とカオス(混沌)」です。
 人間の生命は、受精後、通常、九カ月あまりかかって、大きな可能性の幅をもって生まれてきます。ところが、成長していくにつれて、細胞内の“調和”状態に何らかの異変が起こり、“カオス”の状態になる。そこにガンが発生する可能性があると考えています。
 池田 生命の本質への鋭い洞察だと思います。
 仏法でも、“調和”を生命の健全な状態として重視しています。生命がダイナミックな調和をかなでるとき、そこには生の創造への輝きがあります。
 仏法では、ギリシャ、インド、中国などの古代医学と同じように、身体は、「地・水・火・風」という四つの種類の要素(四大)によって成立していると説きます。“四大仮和合”と言って、四大が、仮に和合し、調和のダイナミズムをかなでているときが、“生”であり、調和が乱れると、さまざまな病気を引き起こします。調和、「和合」がまったく破壊されてしまうと“死”を迎えると考えます。
 西洋医学とは異なる体系からですが、“調和”と“不調和”という視点から、生命現象をとらえている点では、共通しているように思います。

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