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日蓮大聖人・池田大作

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序文 池田 大作  

「健康と人生」ルネ・シマー/ギー・ブルジョ(池田大作全集第107巻)

前後
1  〔対談者略歴〕
 ルネ・シマー(Rune´ Simard)
 一九三五年、カナダ・モントリオール生まれ。モントリオール大学で医学博士を取得。パリ大学、シェルブルック大学教授を経てモントリオール大学ガン研究所所長、同大学長(九三年-九八年)。カナダ医学研究評議会議長、ガン研究国際センターの科学評議会議長など歴任。主な著書に『カナダ――破壊か再生か――教育、科学、技術向上のケース』など。
 ギー・ブルジョ(Guy Bourgeault)
 一九三三年、カナダ・モントリオール生まれ。モントリオール大学で文学士、哲学修士、神学修士を取得。イタリア・グレゴリアナ大学で神学博士、倫理学博士を取得。モントリオール大学生涯教育学部長、カナダ・ユネスコ協会会長など歴任。主な著書に『倫理学、法学と健康工学』『生物医学の新技術に直面する倫理と法律』など。
2  「健康」――それは二十世紀から二十一世紀に向かう焦点の課題である。私はこれまでさまざまな場所で「健康」について論じてきたが、今回、モントリオール大学のルネ・シマー学長、同教授のギー・ブルジョ博士と語りあう機会を得、「健康と人生――生老病死を語る」と題する本書を発刊する運びとなった。
 現代文明は科学技術の長足の進歩によって、伝染病をはじめとする古代からの多くの疾病を克服し、外科手術の高度化とあいまって人類の幸福に大きく貢献してきた。
 さらに、二十一世紀は“生命工学”の時代とされるように、ガン、エイズ、心臓病や先端医療の革新が、細胞次元、遺伝子次元から、脳の領域にまでおよぶことが期待されている。
 しかし、一方では、科学技術の“生命の領域”への適用が、脳死、尊厳死や胎児の遺伝子診断、体外受精等
 の、深刻な生命倫理問題を提起してきた。
 また、加速度的に変化する現代社会からのストレッサー(ストレスの原因となる刺激)が、心理的・精神的ストレスとなって、人間本来の“精神の力”を衰弱化させ、うつ状態に象徴される“心の病”を引き起こしている。
 大自然と分断された現代人は、帰るべき“心の故郷”をもたず無気力となり、その反面、攻撃性を増加させている。
 現代の人々が、人生の幸福の“要”である「健康」にいちだんと関心を深めつつあるのも、現代科学文明のもたらす、このような“プラス”と“マイナス”の作用への応答であろう。
3  私は、仏法者として、二十一世紀、そして、第三の千年を迎えるにあたり、「人類の健康」をどのように促進すべきかに思索をめぐらせてきた。そのような時に、ガン研究の世界的権威であるシマー学長と、生命倫理の専門家で、キリスト教神学にも深い学識をもたれているブルジョ博士に出会ったのである。お二人とも、長い間、大学教育にたずさわってこられた、優れた教育者であられる。
 三人の「語らい」は、まず、シマー学長の専門であるガンとエイズの医学的知見、ブルジョ博士の専門であるガン告知やエイズによる差別の問題と人権から始まった。(第一章)
 次いで、健康の本質を掘り下げ、「生命の本来的な調和」(第二章)におよび、それを基軸に、“生と死”
 に関する具体的な生命倫理の課題(第三章)に意見を出しあった。
 さらに、生命と人間の歴史を遡行し、生命の発生、進化論、人類の誕生について考察した。(第四章)
 最後の「生命の世紀の黎明」(第五章)では、「教育」を中心に据え、現代文明の内包する“社会病理”を摘出しつつ、第三の千年へと開かれゆく「人間観」「世界観(コスモロジー)」の構築を試みたのである。
 シマー学長、ブルジョ博士はともに、現代文明の“病理”を癒す“医師”として、また“人類の教師”としての貴重な知見を披露されたのである。
 二十一世紀が“科学性”と“精神性”が共鳴し、融合しつつ、健全なる“人類文明”を現出させる「生命の世紀」となることを望んでの両博士との「対話」であった。
 本書を手にされる方々にとって、両博士と私の思索の過程が、豊潤な“健康と人生”を開花させ、同時に精神性に輝く“人類文明”への参画者となるための“糧”となれば幸いである。

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