Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

“人類調和への記念碑”として  

「21世紀の人権を語る」A.デ・アタイデ(池田大作全集第104巻)

前後
1  アタイデ 私たちが「世界人権宣言」の検討作業を進めていくなかで、エピソードがいくつも生まれました。
 キュリー夫人の次女エーヴ・キュリー女史との「宣言」をめぐる語らいも、忘れられない思い出の一コマです。
 女史とは、私が第三委員会に出席のためパリに滞在中、ご自宅にうかがい、書斎で語り合いました。彼女は、「世界人権宣言」にかける私の熱意が、母のキュリー夫人の熱き信念に似ていると、若く凛々しい私(笑い)を励まし、好意を寄せてくださいました。「必ずアタイデさんの祖国ブラジルを訪問します」とも話してくれました。
 池田 エーヴ女史は『キュリー夫人伝』の著者としても知られています。
 そのはしがきには、味わい深い一文があります。“キュリー夫人の輝かしき業績や生活以上に珍重すべきものは、いかなる成功も不運逆境さえも、その純真さを変えることができなかった魂である”と。
 女史は、アタイデ総裁の姿にも、偉大な母と共通のヒューマニズムの“魂”を見る思いだったのでしょう。
 アタイデ その後、約束どおり、ブラジルで女史と再会を果たすことができました。後年、彼女のお嬢さんからうかがったのですが、光栄にも、女史はフランスに帰国されてからも、私の話を何度かされていたそうです。
 池田 国連の場で、ブラジル代表の活躍は光っていたようですね。
 アタイデ 私事ではありますが、ブラジルへの評価を感じたエピソードがあります。一九四八年十二月、国連での一切の作業が終わり、各国の代表も帰途につくときを迎えました。その折、ルーズヴェルト夫人が、ブラジル代表である私を、妻と一緒に昼食に招待してくださったのです。夫人が帰国する直前のことでした。彼女は、ブラジルをとくに高く評価されているようでした。
 池田 心あたたまる対話が目に浮かぶようです。総裁、ルーズヴェルト夫人をはじめ「世界人権宣言」の制定にたずさわった先達たちの業績は「宣言」とともに不滅です。“人類調和への記念碑”として永遠に称賛されるでありましょう。ともあれ、総裁の祖国ブラジルには、すばらしい国民性があります。
 オーストリアの作家ツヴァイクは、その著『未来の国ブラジル』で、次のようにブラジルを称賛しています。
 「我々は国家に順番をつける場合に、産業、経済、軍事的価値でなく、平和的精神と人間性に対する姿勢を判定の尺度としたい。この意味で、ブラジルは世界で一番模範的であり、それゆえに最も尊敬に値する国の一つに思える。ブラジルは戦争を憎む国であり、そのうえ戦争をほとんど知らない国である」
 アタイデ ブラジルは、各国人種が集約しているという意味からいえば、世界の一つの文化センターということができます。しかし、真の意味でブラジルに文化の滋養を与えてくれたのは、偉大なビジョンの持ち主である池田会長以外にはないと申し上げたいのです。
 池田 深きご期待に恐縮します。
 新たな地球文明を創出するために、人類が求めているものは、多様性のなかの調和です。この点、ブラジル文明のもつ使命は大きいといえます。
 アタイデ 「世界人権宣言」の検討作業を進め、直面した幾多の難問について考えるうえで、私がとくに心がけた点は何であったか――それは、世界の各民族の間に“精神的なつながり”を創り出すこと、すなわち、“精神の世界性”を確立することでした。
 経済的なつながりや政治的なつながりはまことにもろい。人々を結びつけるには不十分です。そうした結びつきよりも、はるかに高く、はるかに広く、はるかに強く、人類を結びつけ、人間の運命さえ決定づける絆を結ばなければなりません。
 池田 “精神の世界性”――すばらしいお言葉です。私どももそのために、一貫して戦ってまいりました。二十一世紀のために、人々が「精神の世界連合」をつくることが最も重要です。
 アタイデ 対立する教義、信条、利害や主義主張の激突の末に創り出された「世界人権宣言」は、人類の歩む苦難の道のりの一里塚として永遠に残るでしょう。
 池田 「世界人権宣言」は、いわば“人類調和への記念碑”といえましょう。その制定のために捧げられたご努力は、永遠に称賛されつづけるにちがいありません。
 さて、第三委員会で大論争となった「宣言」第一条について、さらにくわしくお聞きしたいと思います。
 アタイデ わかりました。
 第一条の草案は、「すべての人間は、自由であり、かつ、尊厳と権利において平等に生れている。人間は、生れながらにして良心と理性が授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」となっていました。私は、それを大部分の国民の信条・感情と相入れない、無神論的・自然論的な主張であると考えました。
 そのように、神の存在は人間には知ることができないとして神を否定するような、そっけない不可知論哲学のような表現ではなく、人間性の最も偉大な部分を構成する“宗教的な信念”を反映するものとなれば、諸国民の意思と希望にずっと深く結びつくと確信していたのです。
 池田 総裁が提起された問題は、人権の基礎、「世界人権宣言」の思想的・哲学的根拠を何に求めるのかという根本的な問いを含んでいます。
 アタイデ 私のこの提案は、委員会に驚きさえかもしだしました。と同時に、メキシコを除く全ラテン・アメリカ、ヨーロッパではベルギーとオランダの支持を受けました。他の国はこの問題に関心を示さないか、マルクス・レーニン主義の物質主義的、無神論的な主張にもとづいて、ブラジル代表の修正案に攻撃を加えてきました。
 ソ連の代表で、著名な学者のパブロフ教授は、「ブラジル代表は、宗教的テーゼ(命題)を主張している。それは、人間が月に到達することのように、現実からは遠く掛け離れている」とまで述べました。もっとも、やがて人類は、ニール・アームストロングらが、ためらいがちな第一歩を月に記すのを、見ることになりましたが。
 池田 当時のソ連では、かたくなな“無神論的な信念”が優勢であり、体制に協力しない宗教者には過烈な弾圧が行われたこともありました。
 このような時代状況を考えると、総裁があえて「神」という言葉を用いて、“宗教的なるもの”を強調し、国家を超えた、より普遍的な“人間主義”を志向された意義がはっきりとしてきます。

1
1