Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

“内なる混乱状態”  

「21世紀への警鐘」アウレリオ・ペッチェイ(池田大作全集第4巻)

前後
2  たしかにこれらの年代には、未曾有の科学的発見や技術的進歩がもたらされ、また現実に即した数々の成果によって、人類の生活が実質的に改善されました。宇宙空間の征服や自然力の支配、医学や教育、そしてもちろん工業、運輸、通信等のさまざまな分野でつぎつぎと進歩がみられ、未来への陶酔感が幅をきかせ、金持ちも貧乏人もともに生活水準が向上して、より健全な生活ができることが有望視されました。だれもが、こうした目新しい科学技術上の偉業や経済的な成果がもたらす恩恵の試食を楽しむことに夢中なあまり、将来支払わなければならない犠牲や直面しなければならない限界について騒ぎ立てることは、絶えてありませんでした。ましてや世界の諸状況が下降するかもしれないなどとは、考えもしなかったのです。
 現代物質文明の、こうした盲目的な独りよがりに警告を与えることがローマ・クラブの存在理由の一つでしたし、それはいまも変わりありません。現状に対する憂慮を表明し、現実へのより強い認識を呼びかけるために最初にとられた手段が、一九七二年に全世界に公表された『成長の限界』という周知のリポートであったわけです。この報告はさまざまな論議を呼びましたが、世論に対しては顕著な影響を与えました。しかし、幻影というものは容易に拭い去れるものではありません。われわれは、現在、種々の危機と取り組んでいますが、こうした危機は、かつて人間システムを適度にうまく運営することに成功した制度や方針や方策が、もはやその機能を十分に果たせなくなっていることを示すものです。そして、これを認める人びとの数は、ますます増えてきています。にもかかわらず、思いもかけないエル・ドラド(黄金の国)がもうすぐ現れるかもしれないという願望が、依然として蔓延しているのです。ほとんどの政府や政党、それに世界の既成体制が、概していまだにこの誤った願望をいだき、それを大衆の中に生きつづけさせようとしています。そしてその一方では、時計の針を逆戻りさせて、二、三十年前の平穏だった時代の好景気を再現させるという、不可能な仕事をやりとげるための方法や手段を、必死に模索しているのです。
 人類が踏み出さなければならない新たな階段とは、現状をありのままに直視し、将来ありそうな中期的・長期的進展をできうるかぎり現実に即して評価することです。こうした客観的な分析によって、人類は自らがいま誤った方向に向かっているということ、そして、ほんの二、三十年の間に人類をこのような苦難におとしいれてしまった方針や方法や仕組みに相変わらず固執したり、現在の行動を続行することが致命的な過ちであることを、認識できるようになると私は確信しています。
3  このような分析は、必ずいくつかの基本的な事柄を、われわれの精神にきわめて明確に示してくれることでしょう。まず第一に、技術面・物質面がますます進歩することによって人類の難問題はすべて解決されると信じたり、あるいは世界の不景気もたんに新しい国際的経済体制を設けるだけでそれこそ魔法のように好転できると期待して、盲目的に突進することが、まったくの愚行であることが明らかになるでしょう。
 そうした新しい秩序にしても、多数の人びとが多かれ少なかれ善意でそれを肯定しつづけているものの、それがどのようなものであるべきなのか、またどうしたらそれが実現できるのかは、だれもまだ納得のいくように明確にしてはいないのです。また同様に、他の人びとが主張するようにただたんに軍備競争を管理したり、核分裂または核融合による豊富なエネルギーの新時代に速やかに突入したりするだけで、あるいは、教育──何の教育かわかりませんが──を世界のすべての農村や集落に普及させるだけで、めざす目的が達成できるかもしれないなどと期待するのも、愚かなことです。
 こうした出来事のいくつかは、たしかに多くの建設的な結果も生んでいますし、おそらくそうした結果はいずれ生じることになるでしょう。しかし、たとえそうであっても、多様な人類の危機を解決するうえで特定の事実や手段に本質的に頼る還元主義者的なアプローチは、解決を生むというよりは、むしろそれ自体が問題の一部となるのです。一般の市民は心の中ではこのことを感じており、発表される種々の恩恵にも、その裏には前もって見積もることがほとんど不可能な犠牲や欠陥が隠されているのではないかと、不安に思っています。人びとが今日行っていることは、事実上、人類の苦境の原因に対処するというよりは、むしろその苦境の徴候や表面化した姿に対処しているにすぎません。それゆえに、現在の行動を最後までつづければ、おそらく、激しい衰退の渦巻きにますます深く引き込まれてしまう結果になるでしょう。いまこそ、このことを率直に言うべきときなのです。しかし、現在とっている行動や方針・方策がゆくゆくはすべての危機からわれわれを救出してくれるであろうという誤った信念からくる最も深刻な結果は、そうした信念によって、危機の根底にある何か別のもの──実体が掴みにくく、いまだに明確にされてはいないが本質的なもの、人間に内在するものであり、その存在を前提にしなければ理解し難いような病弊を生み出し、それによって人びとの心を支配するほどの大きな何か──が覆い隠されてしまい、そのために人びとの関心が、真の核心的問題からそれていってしまうということです。その「何か別のもの」とは、人間の“内なる混乱状態”のことなのです。

1
2