Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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序 章  

「平和と人生と哲学を語る」H・A・キッシンジャー(全集102)

前後
2  米ソ首脳会談の重要性
 米ソ・サミットは平和への展望を前進させる一つの手段
 池田 それでは本題に入りたいと思います。
 ここ数年来、私は米ソ(=ソ連)最高首脳の会談が、世界の平和のために不可欠なことを、機会あるごとに主張してきた。
 一九八一年五月、私が三たびソ連を訪れたさい、当時のチーホノフ首相との会見では、ソ連首脳に対し「モスクワを離れて、スイスなどの良き地を選んで、アメリカ大統領と話しあいの場を徹底して開いてくれれば、どれほどか全人類は安堵するであろう」と、呼びかけました。
 その後も、いくたびか提言を通して、米ソ首脳会談の早期開催を要望してきました。世界の平和に大きな責任をもつ米ソの最高首脳が、まず万難を排して会うことから、また何回も対話を重ねることから、行き詰まりを打開する大胆な発想と行動も、勇気ある決断も生まれてくるというのが、私の確信だからである。
 もとより、私は米ソ関係の今後を楽観視しているわけではない。とりわけ核軍縮の実質的成果が、米ソ首脳会談の最大の焦点となっており、この面での進展は予断を許しません。
 しかし、世界の多くの良識ある人々の願いは、さらに硬直化しかねない現状を、なんとか打開する方途を両国首脳が見いだしてもらいたい、またそれをすべてに最優先して取り組んでもらいたい、ということです。
 キッシンジャー 私は五回、米ソ首脳会談に参加しております。そのほかにも、私自身の立場でソ連のトップの方々と会談しました。ですから、私はもちろん、米ソ両国の首脳会談が重要であると確信しております。
 このサミットが重要であるというのは、一つには、米ソ両国民がそれを望んでいるからです。また一つには、世界のあらゆる国民がそれを望んでいるからです。そして、なかんずく、米ソ・サミットが平和への展望を前進させる一つの手段だからです。
 今、私はもちろんアメリカ人としての考え方で話をしておりますが、同時に、未来のために何かを築いていこうとする為政者は、相手の考え方も考慮に入れなければならないと信じております。
 当事者の一方のみを利するような協定など絶対に結べるわけがありません。一方的な協定が守られることはないからです。
 国際関係の本質がわからない人々にかぎって、会う人ごとに違った話をしてもかまわないだろうとか、自分たちが利益を独り占めにできるとか、考えるものです。国際関係においては、つねに相互の利益を考えなければなりません。
 現在問題となっているのは、現代の国家には多数の官僚機構があり、それらがいずれも自分の目先の関心事にのみ力を注いでいるということです。これはとくに共産圏諸国で問題になっていると思います。というのは、共産圏諸国には〈抑制と均衡〉がないからです。
 したがって、米ソ首脳会談で最も重要なのは哲学的側面である、というのが私の持論です。
 私たち(アメリカ側)はソ連側に働きかけて、ソ連の機構からは生じることのないようなさまざまな問題を考慮するように仕向けることができます。
 米大統領がソ連書記長と会談するさいには、大統領が話したり書いたりしたことは、逐一、ソ連側に目を通してもらわなければなりません。認めるかどうかは別にして、ともかく目を通してもらうことです。
3  ですから私は、今度の会談、またその後に予想される何度かの会談が、ただ今お話しした程度の哲学的な理解に役立つことを望んできました。
 池田 確かなるポイントです。しからば、今後の米ソ首脳会談のもっていき方をどう考えますか。きわめて流動的ですが、新しい発展はあると思いますか。全世界が期待しているけれども、その期待に答えが出ると思いますか。
 キッシンジャー 二つの多少矛盾する問題があると思います。
 一つはもちろん、条約を結びたいということです。もう一つは、それと同時に現状になんらかの変革をもたらしたいということです。
 条約のための条約にならないよう、注意しなければなりません。われわれがなすべきことは、現状を改善することであります。
4  ゴルバチョフ書記長の印象
 新しい平和行動ができうる第一級の政治家
 池田 当然と思う。
 ソ連の新書記長とは、博士はなんらかのコンタクトはもっているんですか。
 キッシンジャー まだもっておりません。
 池田 それでは、電話とか、なにかでのつながりはどうですか。
 キッシンジャー 今のところありませんが、年内か来年には会いたいと思っております。
 池田 ああ、そうですか。では、外観的に見て、新しき書記長の政治家としての印象はどうとりますか。つまり、直観的で結構ですが、人物をどう見ますか。政治家としてどう思いますか。
 キッシンジャー 有能な政治家です。ただし有能な為政者かどうかはまだ決めかねております。
 私は偏見をもっておりません。ゴルバチョフ氏は確かにソ連の戦術的な遂行能力を改善しました。私がわからないのは、その改善が現行の政策の戦術的な処理にとどまるのか、または氏が虚心に新しい政策を生みだすのかという点であります。彼自身がまだ決めていないようです。
 池田 私たちもそう思っている。
 ともかく多くの人が一致してみることは、米ソの緊張緩和、および各国の共存共栄、また世界平和という視野に立って、新しいなんらかの平和への行動をしてもらいたい。
 またそれができうる第一級の政治家とみたいし、そのようにも思えるんですがね。
 キッシンジャー アナトーリ・ドブルイニン氏が多分ゴルバチョフ氏の首席顧問の一人になっているはずですが、私は彼をよく知っております。現在、党中央委員会の外交部長をしていますが、私はドブルイニン氏の能力を非常に高く買っております。
 池田 アナトーリ・ドブルイニンさんは私は知りません。ただ、私も三回、ソ連に行っております。友人も多いほうです。これからも世界平和のために、どうしても、重要な位置にあるソ連とは、さまざまな面でつながっていかねばならないと思っている一人です。
5  米中・中ソ関係の今後はどうなるか
 アメリカと中国、対話を困難にしていること
 池田 次に中ソ関係改善の新局面、兆候として、最近のソ連のゴルバチョフ書記長の対中改善への意欲が注目されている。七月末(一九八六年)のウラジオストク演説では、いくつかの具体策をも示しており、世界の関心を集めました。
 また、ソ連のカピッツァ外務次官が、黒竜江・ウスリー川の中ソ国境地帯にある、いくつかの島の、中国帰属を認めてもよい意向を示すなど、対中改善にかける意気込みを、強く感じさせている。
 経済的な関係では、三十三年ぶりにモスクワで開かれた「中国経済貿易展」は、三十五万人の観客を集め、盛況でした。
 私自身、中ソ関係はいまだ全面的な関係改善の展望が開けているとは言えないと思っておりますが、今後いっそう、ソ連側からの対中関係打開のアプローチがつづくのではないかと、見通しております。
 とくに両国とも共通して経済面からの要請もあり、中ソが結びつきを強めていくのは、当然予想されるところである。
 中ソ対立が、アジアの緊張を高める要素であることはいうまでもありません。その意味では、中ソの関係が改善されることは歓迎されるべきでありましょう。
 願わくは、中ソ関係の改善が両国にとってのみならず、周辺諸国に緊張緩和の波動を与え、全体的な平和へ建設的影響を与えるものであってほしいと考えます。
 そこで博士は、最近の中ソ関係打開の動き、また今後の見通しをどうご覧になりますか。
 キッシンジャー 私はもちろん、中国に対して非常に特別な感情をいだいております。中国の国民に敬服しておりますし、これまでにお会いした中国歴代の指導者を大変尊敬しております。これらの指導者は偉大な知恵の蓄積された古来の文化を象徴しています。その振る舞いは優雅で思慮に満ちております。
 中国は三千年間も独立を保ってきました。その間、あるときはアジアの主導権を握り、あるときは外国からの圧力にあえぎました。しかし中国はみずからの主体性を、またその点ではみずからの独立を、決して放棄することはありませんでした。
 ですから、アジアの未来において、中国はつねに一つの主導国となるでしょう。唯一の主導国というわけにはいかないかもしれませんが。
 池田 そのとおりですね。グローバルにとらえねばならないでしょう。また、大変長遠の次元で、または視野で見つめる必要もあるでしょうね。三年前(一九八四年)、北京大学での私の講演(=「平和への王道―私の一考察」。本全集第1巻収録)の中でも論じたところでもありますが、伝統的に中国は優れた統治感覚、秩序感覚をもっています。
 キッシンジャー アメリカと中国の関係は非常に重要です。
 ところで考えてみますと、アメリカの歴史は全部まとめても、中国の歴代王朝の存続期間よりも短いのです。ですから中国人の考え方は私たちと違いますし、中国と対話する適切な方法を見いだすことは必ずしも容易ではありません。
 アメリカの大統領や国務長官は、だれがなろうと、就任と同時に外交政策について一から再検討を始めます。しかし中国人の考え方からすれば、国益とは永続的なものであり、二、三年おきに再検討できるようなものではありません。
 池田 そうでしょうね。「五年」や「十年」の単位ではみられないでしょう。そういう短い単位でみたり、考えれば、間違いを必ず犯すでしょう。博士のおっしゃるとおりと、私も同感です。
 キッシンジャー 中国人からみれば、アメリカのやり方は未熟の典型ということになるわけですが、こうしたことが対話を困難にしているのです。
 反面、中国人は他の国を巧みに操って、それらの国が自分たちの望むことを提案するように仕向けることを好んでやります。私としては別に気になりませんし、かえって敬服しているくらいですが、一般にアメリカ人はこうしたやり方に慣れておりません。
 そういうわけで、ときとして対話が困難になることがあります。しかし私は、中国とアメリカの基本的な国益は多くの点で一致していると信じております。とくに、中国の独立と主体性と成長に関するかぎり、一致しております。
 池田 よく理解できる。
 キッシンジャー さて、中ソ問題ですが、これは非常にこみいった論題ですね。
 池田 そうでしょうね。複雑でしょうね。
 キッシンジャー 一つには、中国とソ連は非常に長い国境を共有しております。この国境は、両国の関係がどんなに改善されても、短くなることはありません。
 池田 もちろんです。しかし、お互いの国境の軍隊は疲れてきている。その滞在のための費用も大変である。その意味においては、お互いが非常に損をしているというのが、私の率直な見解です。
 キッシンジャー それで、中ソ国境の一方には、おそらく四千万人のロシア人がおり、もう一方には十億人の中国人がおります。関係するソ連側の領土の多くは、十九世紀に中国から獲得したものです。これが多少の不安をかもしだしているのです。
 池田 そうですね。中国とソ連は、世界で一番長い国境線で接している。さまざまな面での歴史的な両者の立場の違いも多くある。私も両国をいくどか訪問し、また国家の首脳と率直に語りあい、事実として、また実感として感じております。
 一九六九年のいわゆる珍宝島(ダマンスキー島)事件をピークとした緊張状態は今なお存続し、両国が国境線上に配置している兵士の総数は現在、約百四十万人とも言われる。
 ただ私には、この状態がいつまでもつづくとは思えませんし、その変化のきざしが出てきている気がする、またそれをぜひ希望したい。
 キッシンジャー そのとおりです。
 アメリカに関するかぎり、中ソ間の緊張には関心がありません。それは中国とソ連が解決すべき問題であります。
 事実、ゴルバチョフ書記長が最近あのような演説をしたわけですから、両国の関係は改善に向かう、と私は信じております。
 私はまた、賢明な中国の指導者は、中国の外交関係を全面的にソ連に合わせて調整することはできない、ということを考えなければならないだろうと思います。というのは、もしソ連の歴代の指導者が心変わりをした場合、中国はまったく孤立するという好ましくない立場に立たされるからです。
 したがって、私は中ソ関係の改善は望みますが、そのために米中関係ないし日中関係を損なうことは必ずしも望ましくないと思います。
6  中東和平に見通しはあるか
 根本的そして長期的な中東和平のための三つの基本原則
 池田 よくわかります。
 もう一点、中東和平の見通しについて、お考えをうかがいたい。
 昨年(一九八六年)四月十五日未明に行われた米国のリビア攻撃が、中東和平の行方に暗い影を投げかけたことは、否定しえない事実です。
 リビア攻撃後、程度の差はあっても、アラブ穏健派、急進派を問わず、反米姿勢を一様に強めており、これまで米国主導で行われてきた和平工作は、蹉跌をきたしてしまったと言えるのではないでしょうか。
 中東和平に関して、私は一九七五年一月、ワシントンで博士とお会いしたさい、文書をもって和平への提案を試みました。当時、博士は米国の国務長官という要職にあって、中東和平に全力を挙げ、取り組んでいたようにお見受けいたしました。
 事実、あのときも中東情勢は緊迫化し、まかり間違えば第三次世界大戦も起こりかねない危機を迎えていたように思います。
 私はそのとき、根本的かつ長期的な中東和平のための理念として、三つの基本原則と、それに付随する若干の提案を、博士に差し上げました。幸いにも博士からは、全面的に賛成であるとの返事をいただきました。
 ここでふたたび、私の提案した三つの基本原則を列記させていただくと、その第一は「力をもてる国の利益よりも、もたざる国の民衆の意見が優先されなければならない」ということである。
 第二は「中東和平を進めるにあたり、あくまで武力的解決を避けて、交渉による解決を貫くべきである」ということであり、第三は「平和的解決のための具体的な交渉は、あくまで当事者同士の話しあいによって決定されるべきだ」というものでありました。
 また、第三の基本原則に付随して、私は「民族自決の原則」が尊重されるべきことを希望しました。
 当時と現在では、むろん中東情勢は大きな変化があります。しかし、前述の中東和平への理念は、和平が、その名に値する和平であろうとするかぎり、やはりふまえなければならないものである、と思っております。
 博士は、第四次中東戦争にさいし、当事国を往復する“シャトル外交”で、和平調停に成果を上げられました。中東問題についても第一人者である博士に、今後の中東和平の展望についての感触をお聞きしたい。
 キッシンジャー この問題はとくに複雑ですね。というのは、多かれ少なかれ、少なくとも三つの独立した危機が同時に存在するからです。
 その一つは超大国間の紛争です。もう一つはイスラム原理主義派とイスラム伝統主義派の争いです。これもさらに細分化されます。それは、急進派にも二種類あるからです。一方は在俗急進派であり、もう一方は原理主義急進派ですが、後者は大部分が聖職者です。三番目はパレスチナをめぐるイスラエルとアラブの紛争です。
 この三つの紛争は互いに関連してはいるものの、それぞれ別個のものです。
 たとえばエルサレムやヨルダン川西岸で何が起きようと、イラン・イラク戦争にはあまり影響がありません。
 石油危機は米ソの対立ともアラブ・イスラエルの紛争とも別個のものです。ですから同時にいくつかの戦線上を移動しなければなりません。
 池田 なるほど。
 中東問題を大ざっぱに分ければ、次の六つに分けられるわけです。
 ①アラブ・イスラエル問題(第一次-第四次中東戦争)
 ②イラン・イラク戦争(イスラム派間の利害対立、スンニー派対シーア派)
 ③レバノン問題(パレスチナ難民問題等)
 ④レバノン・シリア問題(キリスト教対イスラム教)
 ⑤ガザ地区占領(イスラエル対エジプト)
 ⑥ヨルダン川西岸占領(イスラエル対ヨルダン)
 歴史的にみても、中東は、宗教上の分裂や衝突に大国や中東諸国間の政治的利害が絡むと、紛争が起こるという図式が見られます。この底流にある構造を絶対に見落としてはならないわけです。
7  政治家に望むこと
 アラブ、イスラエルは世界の火薬庫。望まれる政治家像とは
 キッシンジャー そこで最低限どうしてもやらねばならないことは、アラブとイスラエルの紛争、原理主義派と在俗派の紛争が大国間の紛争に発展しないように手を打つことであります。
 池田 まったく同感です。そこのところが、非常に大事ですね。
 宗教上の対立を政治的な対立に転化させ、紛争に拍車をかけるようなことは絶対に避けねばならない。
 超大国が、いずれかの派を露骨に支持することは「中東問題の東西問題化」につながり、中東和平に決定的な亀裂をもたらしかねません。
 キッシンジャー 個々の紛争についても、状況を好転させる試みがなされなければなりません。
 しかし、こと原理主義派と在俗派の争いに関しては、その帰結はイラン・イラク戦争がどうなるかによって決まることでしょう。
 アラブ・イスラエル紛争について言えば、現在が全般的な解決を図るのにおあつらえ向きの時期であるとは考えられません。
 ただし、ヨルダン川西岸やガザ地区といった具体的な問題を個別的に解決することは可能だと思われます。
 池田 そうでしょうね。よくわかりました。前にも申し上げたとおり、私は中東和平への道は、第三者の利害による介入を排し、武力ではなく、当事者同士の話しあいを粘り強くつづけていくことが大前提と考えてきました。
 その原理原則のうえで、今度は全体を見渡した、一つ一つの個別的な問題の調停役が、やはり要請されるべきものである。その根本的解決の方向にもっていくべき人物はだれかいませんか。まあ、もう一回、博士の出番はないのですか。(笑い)
 ともかく世界の火薬庫ですから、みんな恐れている。
 レーガン大統領は年配ですから、無理でしょう。ソ連も中国も、国内の安定を図るだけでも、今は大変でしょう。ヨーロッパでも、その解決をしていく指導者は見あたらない。ヨーロッパ自体が経済的にも行き詰まっているし……。日本も、もっと真剣に取り組めばいいけれども、どうも国際的には小さい。(笑い)
 キッシンジャー レーガン大統領が年を取りすぎているとは思いません。日本では、少なくとも七十歳にならないと総理大臣にはなれないそうですね。問題はレーガン大統領の任期があと二年しか残っていないということです。
 池田 日本も困ったもんです。(爆笑)
 しかし、だんだん世代交代もなされつつある。
 まあ、残念なことに年配の政治家が総理になってきた伝統は確かにあるでしょう。
 キッシンジャー 一民間人となったら、政府の仕事に干渉すべきではないでしょう。しかし私は、求められれば、喜んで自分の意見を述べます。
 池田 私も民間人です。一市民です(大笑い)。今の博士の言葉は、平凡な言葉のようであるが、じつは非常に重要な発言なのです。さまざまな意味をはらんでいる言葉です。
 それはそれとして、博士の意思が通るか通らないかは別として、国際情勢の緊張緩和、また平和確立という分野においては、博士のような方こそ重要な使命があると考えていただけないか。私は日本の政治家にお願いしたいとは思うけれども、ちょっと今は無理だと思っている。(笑い)
 キッシンジャー 私は世界中の指導者とずっと友好を保ってきました。とくに日本の指導者は格別に親切であり誠実です。
 ですから、私の意見を求められれば、私はいつでも喜んで述べます。しかし政府の人々と張りあうべきではないと思っております。
 池田 おっしゃることは、よくわかります。日本の指導者は、確かに親切であるかもしれない。また仕事に忠実であるかもしれない。
 しかしグローバルな、世界的次元に立っての貢献度はまだまだこれからであると私は思っている。
 その意味においては、博士の期待に応えられるような政治家が陸続と出てもらいたい。
 ともあれ私は、政治家も、もっともっと哲学性をもってもらいたいと思っている一人である。また、深い哲学に裏付けられた人生観、世界観をもって行動してもらいたい、というのが私の願いである。
8  核エネルギーの管理について
 技術の効率性、防護シェル等の安全対策、技術管理に関する国際的な基準を設けること
 池田 次に世界的な重要課題である、核エネルギーの管理についても若干触れておきたい。
 ソ連のチェルノブイリ原子力発電所の事故以来、核エネルギーの管理についての論議が国際的に高まっております。
 私は、第一回国連軍縮特別総会(一九七八年)に寄せて、「核軍縮および核廃絶への十項目提言」を発表しましたが、その中で、核兵器の全面的廃棄と通常兵器削減に向かう前段階として、国連がイニシアチブ(主導権)をとり、まず、当面、核エネルギーの安全な管理が可能となる道を模索すべきである、と提案しました。
 その内訳の第一段階は、核エネルギーを国連の監視下に置き、その安全な管理にゆだねるよう働きかけるべきだということである。
 国際的に核エネルギーの管理に大きな関心を呼んでいる今こそ、核の脅威をめぐる状況を一歩前進させるチャンスであると考えます。
 キッシンジャー これはきわめてむずかしい問題です。一面では、現代の工業国のなかで、核エネルギーを利用しなくても、他にエネルギー源が十分にあるという国がいくつあるのか、それを見きわめるのが困難です。
 たとえば、フランスは将来そのエネルギーの六〇パーセント以上を核エネルギーで確保することになっていますから、途中で断念するわけにはいきません。すでに三〇パーセント以上を核に頼っている西ドイツ、まもなく六〇パーセントを超えるソ連についても同じです。
 もちろん安全性の問題があります。チェルノブイリの事故の後、西側工業国はソ連に対して「どうしてもっと早く知らせなかったのか」と非難しましたが、私はその非難は誤りだったと思います。
 というのは、現地当局が事をひた隠しにしていたため、ソ連政府自体、いったい何が起きているのかわからなかったと思うのです。
 池田 それは大変興味ぶかい発言です。あの原子炉は黒鉛チャンネル型という古い型のもののようですけれども、管理システムに、なんらかの欠陥があったのでしょうか。
 キッシンジャー いずれにしろ、チェルノブイリの事故があったからといって、核エネルギーをすべて危険視すべきではありません。
 チェルノブイリの事故でいろいろなことがわかりました。まず、ソ連の核平和利用の技術は西側の核技術よりも遅れております。
 池田 なるほど。その点はよくわかります。ソ連には一〇〇万キロワット級原発が十四基ある。そのうち今回のチェルノブイリと同じ型のものは十二基とも言われますね。
 キッシンジャー ソ連では、平和利用のための原子炉を核兵器用プルトニウムの製造にも使用しております。ですから極度の危険を冒すことになったのです。さらに、ソ連は安全対策の面でルーズでした。
 たとえば、西側の核エネルギー工場では、原子炉はすべて防護シェルで囲まれております。したがって、事故が発生したとしても、汚染が広範囲におよぶことはありません。ソ連では防護シェルが使われておりませんでした。
 池田 技術面において、安全を第一義にしていくべきである、との博士の見解はまったく正しいと思う。というのは、この二年間においても、いくつかの国で、人為的な理由のみならず、技術的にもきわめて重要な問題をはらんだ原発事故がかなりあったという事実があるからです。
 キッシンジャー ソ連の作業員や技術者は訓練があまりよく行き届いておりませんでした。しかも、西側では絶対に認められないような実験を行っていたのです。西側や日本の原子炉は、だれかがその安全装置を全部遮断しようとしても、決して遮断できないようにつくられているはずです。
 必要なことは、互いに批判しあうことではなく、さまざまな面にわたって国際的な基準を設けることです。
 第一に、技術の効率性です。ある型の原子炉は建造を禁止すべきです。たとえば、ソ連が使用している黒鉛減速炉ですが、この型は、事故が発生したら、制御することはできません。
 第二に、防護シェル等の安全対策がなければなりません。
 第三に、技術管理に関する国際的な基準が必要です。
 池田 大賛成ですね。
 キッシンジャー 西側はソ連と協力して、そうした基準の設定を支援すべきでしょう。
 一方、ソ連は汚染地域の浄化という面で経験を積んでいるようです。先般の事故の場合も、何が起きたのかを理解するのに数日かかりましたが、いったんそれがわかると、後はきわめて効率よく行動しました。
 このことからみても以前に何回か事故があったことは明らかです。でなければ、あれだけの経験を積んでいるはずがありません。したがって、双方が経験を交換しあうことができるのです。
 池田 よくわかりました。ともかく巨大な科学の力は、諸刃の剣であることを忘れてはならないでしょう。
 核の平和利用における安全対策についても、ぜひ東西の協力を希望したい。これは全世界の切実な願望だからです。それをどのように具現化させるかは、こんどは国家間の、政治次元の問題になりますが、大変示唆に富んだお話であると思う。
  

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