Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

第六章 健康革命の世紀へ  

「科学と宗教」アナトーリ・A・ログノフ(池田大作全集第7巻)

前後
2  ―― 人間というのは、何歳くらいまで生きられるものですか。
 ログノフ 統計によりますと、ロシアの百歳以上の高齢者は、一万人に一人の割合です。なかには、百三十歳まで生きた人もいます。
 池田 ロシアのコーカサス地方は、長寿の人が多いことで有名です。ホフロフ教授の見解では、人間は百五十年は生きられる身体的な資源をもっている、ということでした。
 ログノフ 私もそう思います。おそらく百五十歳までが限界でしょう。百三十歳から百五十歳くらいまでが、人間の最高寿命であろうと思います。
 池田 仏典にも、長寿をまっとうした場合の年齢を、百二十歳とするものがあります。もちろん、寿命の長さだけでなく、使命を果たした人生であるかどうかが根本になりますが。
 ログノフ 二十一世紀には、平均寿命をもっと延ばすことができるでしょう。それにともない、人生の生き方、内実が問われてくると思います。
 池田 この限りある人生を、いかに自分らしく価値あらしめ、生き抜いていくか。
 日蓮大聖人の御文に「百二十まで持ちて名を・くたして死せんよりは生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ」とあります。
 大事なことは、悔いのない所願満足の人生です。そうでなければ、何のための人生かということになってしまう……。
 ログノフ 私の信条を申し上げれば、人間は何によって生きているのかという、使命感が必要だと思います。
 過去を振り返って、歳月を無駄に過ごさなかった、といえることが大事ではないでしょうか。
3  DNAの“二重らせん構造”とは
 ―― いまや、遺伝子の研究は、生物学や医学の一つの焦点になっております。多くの物理学者も、この問題にかかわっていると聞いています。
 ログノフ 量子力学の基礎を築いた一人であり、「波動方程式」でも有名なオーストリアのシュレーディンガーは、『生命とは何か』という著作を残しています。
 のちにDNAの“二重らせんモデル”を提唱したワトソンとクリックは、これに刺激されて、遺伝子の分子構造の解明をめざすようになったといいます。
 量子物理学と分子生物学とは、密接なつながりがあります。とくに、生命工学や分子遺伝学などの分野になると、量子物理学は必要不可欠です。
 池田 「子どもがなぜ親に似るのか」「なぜ親の特徴が子どもに遺伝するのか」――これは“自明の理”でありながら、人類が古くからいだいてきた疑問です。
 仏典でも「転子と申すは親の様なる子は少く候へども此の病は必ず伝わり候なり、例せば犬の子は母の吠を伝へねこの子は母の用を伝えて鼠を取る」(転子病〈遺伝病〉というのは親の生き写しのような子は少ないけれども、この病は必ず伝わるのである。たとえば、犬の子は母の吠えるのを伝えうけ、猫の子は母の働きを伝えうけて鼠を捕るようなものである)とあるように、遺伝に着目しております。
 この遺伝現象を担うものとして、「遺伝子」という考え方が出てきたのは、いつごろからですか。
 ログノフ 十九世紀半ば、オーストリアのメンデルは植物のエンドウを使って、遺伝の法則性を発見しました。しかし、この段階では遺伝情報を伝える実体は明らかではありませんでした。
 二十世紀の初めには、細胞内の染色体が遺伝に関係していることがわかりました。
 そして一九四〇年代になって、染色体内にあるDNAが遺伝子の本体であることが突きとめられたのです。
 池田 学問としては、比較的新しい分野になりますね。戦争が終わって間もなくのころですが、かつて数学の教師であった私の恩師は、科学にも通じていて、よく遺伝のことを語っておりました。それが強く記憶に残っているのですが……。
 ログノフ DNA分子の“二重らせん構造”が発表されたのが一九五三年です。これを契機に分子生物学、分子遺伝学は、輝かしい発展を遂げていくことになります。
 池田 生命の探究は、一歩また一歩と確実に、現象世界を解明しているといえますね。
 ログノフ 細胞核は、普通、直径五―十ミクロン(一ミクロン=10-4㎝)程度の大きさですが、細胞分裂のさい、そこに現れる染色体は、長さ数ミクロンほどの棒状のものです。
 DNA自体は直径約二ナノメートルの細い糸のようなもので、幾重にも折り重なって染色体を形づくっています。
 池田 一つのDNAの糸をまっすぐに伸ばすと、どのくらいの長さになりますか。
 ログノフ 人間の背丈ほど(約百八十センチ)になります。
 池田 身体の情報が集約されているDNA分子の“二重らせん構造”は、よく、“縄ばしご”に譬えられますが、簡単に言うとどういう構造ですか。
 ログノフ DNAの“はしご”の縦軸の部分は、糖とリン酸からなり、横棒はチッ素を含む塩基でできています。この塩基には四種類あり、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)という名前がつけられています。このDNAの“はしご”は、二本の縄がらせん状に巻かれたような形をしているところから、“二重らせん構造”と呼ばれています。
 池田 よく模型で説明されるものですね。
 ログノフ 遺伝子情報は、四種類の塩基の配列の組み合わせによって、情報が蓄えられています。つまり、“A”“G”“C”“T”の四文字のアルファベットを使って、遺伝暗号がDNAの上に記されていると考えれば、わかりやすいと思います。DNAの上に並んでいる塩基対の数は、人間などの哺乳動物では約三十億といわれています。
 ―― このたいへんな情報量の暗号を月刊誌「潮」として出版してみるとどうなるか、計算してみました。
 一ページに約一千字、一冊約四百ページとして、七千五百冊。月刊ですから、ざっと六百二十五年かかります。
 池田 膨大なDNAの暗号を全部解読し、「遺伝子地図」をつくろうという計画もありますね。
 ログノフ 十年前、私たちは一年間に約百個の塩基配列を解読するのが限界でした。しかし現在では、解析技術の発達によって、全世界で年に合計すると約三億個の解読ができるようになりました。
 池田 人間の身体には六十兆もの細胞があり、一つ一つの細胞には、同じ遺伝情報が含まれている。どの細胞も同じDNAをもっていながら、あるものは脳細胞になったり、内臓や骨、あるいは手や足になったり、それぞれが特定の役割・機能を担っている。考えてみると、これは不思議なことです。
 ログノフ 大事なポイントです。生体はもともと一個の受精した卵細胞です。それが細胞分裂を繰り返していく過程で、さまざまな器官に分化していく様子は、まさしく生命の神秘です。
 一個の細胞のDNAには、身体のすべての情報が入っています。そのなかで、特定の部分だけの遺伝子情報を発現させ、各細胞に固有の情報を与え、それぞれの役割をもたせていく――この複雑なシステムの仕組みは、今のところ十分には明らかになっていません。しかし、まさしくこれは、現在の分子生物学のメーンテーマの一つとして、多くの研究者が取り組んでいる課題です。
 ―― たとえば、皮膚の表面の細胞は約一カ月で、すべて入れ替わるといいます。細胞が分裂するとき、DNAの情報はどのようにして伝えられるのでしょうか。
 ログノフ DNAは自己を複製することによって、情報を伝えます。細胞分裂するときには、DNAの“はしご”の二本の縄が、ちょうど、ファスナーが二つに分かれるように、二本に分かれます。そして、半分に分かれた古いはしごの反対側に、酵素の働きによって、新しい部分が作られます。
 横棒の塩基は、アデニン(A)とチミン(T)、グアニン(G)とシトシン(C)が、必ず対をなして結びつくような構造になっていますので、新しくできる“はしご”の塩基は、古い“はしご”の塩基の配列と対応するように作られます。こうして、以前とまったく同じDNAが複製されます。
 池田 一般の細胞が分裂する場合は、DNAの複製によって情報が伝えられる。ところで、親から子どもへと遺伝情報が伝えられる場合は、父方と母方から半分ずつ情報を受け継ぐわけですね。
 ログノフ そのとおりです。ここでは詳しくは述べませんが、DNAは細胞分裂のさい、染色体を形成します。ヒトの染色体は二本ずつ対をなしていて、全部で二十三組四十六本あります。生殖細胞では特殊な分裂をするため、染色体数は半分の二十三本になります。両親からそれぞれ二十三本ずつ受け継ぎ、子どもの染色体が構成されるのです。
4  ガンを発現させる「遺伝子」
 ―― さて、最近「ガン遺伝子」という言葉をよく聞きます。日本では一九八一年以降、ガンが心臓病や脳卒中をおさえて、死亡原因の第一位となっています。
 池田 「ガン細胞」は“狂った細胞”といわれますが、「ガン細胞」と「正常な細胞」とは、具体的にどのように違うのですか。
 ログノフ 「ガン細胞」は、もともと「正常な細胞」として機能していたのが、本来の働きをほとんど忘れて、ひたすら分裂を繰り返し増えていくものです。「ガン細胞」が活発に増殖していくために、周りの正常な細胞組織は圧迫され、破壊されてしまいます。
 ―― 人間社会にも、自分のことしか考えないで、周囲に迷惑をかける「ガン細胞」のような存在が時折、見受けられます。(笑い)
 ログノフ さらにやっかいなことに、「ガン細胞」は細胞同士がしっかりとつながっていないために分離しやすく、血液やリンパ液の流れにのって、身体の他の場所に移動して新しい腫瘍をつくることがあります。たんなる腫瘍なら除去すればすみますが、ガンは転移する可能性があるために、発見が遅れると生命にかかわってくる。
 ―― ガンはかなり昔からあったようです。ガン研究の権威であるモントリオール大学のシマー博士は、名誉会長との対談のなかで、エジプトのミイラにもガンが見られる。ガンは人類の出現とともにあった病気である、と論じておられましたが。
 池田 ええ。たいへんにいい方で、最近、モントリオール大学の学長に選出されました。博士との対談でも、ガンは大きなテーマになりました。
 ログノフ 近年の医療技術の進歩や健康診断の普及によって、ガンの治癒率は高まっており、“不治の病”という従来のガンに対するイメージは変わりつつあります。
 池田 そうですね。シマー博士も、定期的な検診が大切だと繰り返し強調されていました。
 ログノフ 私の友人の医師も、現在では、早期発見さえできれば、ガンはほぼ一〇〇パーセント治癒が可能だと言っていました。
 池田 そうした治癒率の向上とは反対に、ガンによる死亡者数は年々増加しています。これは社会の高齢化と関係がありますか。
 ログノフ 年齢が上がれば上がるほど、ガンにかかる割合は高くなります。それは高齢化とともに細胞分裂のさいの遺伝子複製にミスが起きやすくなるとともに、ガン細胞に対する身体の抵抗力が弱まるためです。
 池田 人間以外の動物にもガンはありますか。
 ログノフ ほとんどの動物に、ガンの存在が認められています。生きとし生けるものはガンと無縁ではありません。
 池田 「正常な細胞」が、どうして「ガン細胞」に変わってしまうのでしょうか。
 ログノフ 分子生物学の発展によって、「ガン細胞」の本質は「遺伝子」の異常にあることがわかってきました。
 正常な遺伝子に質的・量的な異常が起きると、その遺伝子は「ガン遺伝子」として、細胞をガン化していきます。現在までに、五十種類を超す「ガン遺伝子」が見つかっています。
 池田 遺伝子のわずかな変化で、ガンが生まれることがあるそうですが。
 ログノフ たとえば、膀胱ガンで見つかった、ある「ガン遺伝子」は六千六百個の塩基からなるDNAですが、これは驚くことに、ガンの働きが現れる前の「正常な遺伝子」と一カ所の違いしかありません。
 ―― たった一カ所の情報の狂いですか……。
 ログノフ DNAの塩基配列は三文字ごとに区切られ、遺伝暗号として読み取られることがわかっています。つまり三文字が一つの単位となって、タンパク質を構成するアミノ酸一個が決まるのです。
 この遺伝暗号に一文字狂いが生じるだけで、全体に大きな影響が出てくる場合があります。それまで正常であった遺伝子も、一つの小さな違いによって「ガン遺伝子」に転化し、細胞をガン化する働きを現すことがあるのです。
 池田 逆にいえば、人間の身体は、こうした遺伝子のレベルまで機能が精緻に完璧にかみ合っているからこそ、健康でいられる。生命活動それ自体が「妙」といえますね。
 ログノフ 六十兆個もの細胞が異常を起こすことなく、全体として健康をたもっていることのほうが、むしろ不思議なことともいえます。人間の身体というものは、驚くほど見事な調和をたもっていると思います。
5  “生への意欲”は免疫力を強める
 ―― 今、ガンの予防薬の開発が、注目されていますが。
 ログノフ ええ。研究もたいへんに盛んです。今後の「遺伝子工学」の進展によって、開発は可能になると思います。具体的に、いつ、どのようなかたちで見つけられるかは答えられませんが、人間自身が本来もっている免疫力を高めるような「治療薬」が、登場する可能性はあるようです。
 池田 ガンの放射線療法は、博士の専門領域にもかかわりますね。
 ログノフ プロトヴィノの私のところでは、「パイ中間子」を照射してガン細胞を破壊する治療を主に行っています。この放射線治療は、外科療法、薬物療法などとうまく組み合わせることによって、より大きな効果が期待できます。ロシアでは、モスクワやドゥブナなど、加速器のある大学や研究所に治療施設があります。
 ―― ガンの「自然退縮」の報告も、世界各国でなされています。かつて名誉会長と本誌で対談していただいた、アメリカの故ノーマン・カズンズ博士も、その分野で有名です。
 ログノフ たしか、カズンズ博士はケネディ大統領の特使として、モスクワを訪れたこともありましたね。
 池田 “アメリカの良心”“行動する思想家”との呼び名にふさわしい、立派な方でした。ご自身も膠原病、心筋梗塞と二度にわたり難病を克服されている。その体験から、ガンなどの治療における“生への意欲”の重要性を訴えていました。
 ―― カズンズ博士が晩年、全力を傾けられたのは、「精神神経免疫学」(以下、ノーマン・カズンズ『ヘッド・ファースト――希望の生命学』上野圭一・片山陽子訳、春秋社を参照)という新しい医学の分野でした。
 池田 そうです。精神の働きとガンとの関係性を試した次のような実験を、カズンズ博士は自分自身で行っています。
 すなわち、この世で起こりうる最高にすばらしい出来事を、五分間だけ頭に思い描いてみます。その前後でガンに対する体内の免疫細胞の変化を調べるというものです。
 ログノフ 結果はどうでしたか。
 池田 たった五分間で、免疫系のいろいろな成分が、平均して五〇パーセント以上も増加したというのです。
 ログノフ ほほう。どんなことを思い浮かべたのでしょうか。
 池田 カズンズ博士は、当時、冷戦状態にあったソ連とアメリカが友好を結び、大国のリーダーたちが核兵器を廃棄する光景をイメージしたというのです。
 ―― カズンズ博士の人柄がしのばれるエピソードです。「免疫」というのは、わかりやすくいうと、どういうものですか。
 ログノフ 「免疫系」というのは、私たちの身体を病気から守る防衛システムです。「免疫系」に関する研究は現在、最も活発な分野の一つでしょう。
 池田 私の恩師はよく「人間の体は一大製薬工場のようなものだ」と言っていました。人間の身体は、もともと病気などを治す力をもっている。
 ログノフ うまい表現ですね(笑い)。細菌やウイルスといった微生物は、肉眼ではとうてい見えません。私たちの身体は、そうした外敵の侵入に絶えずさらされています。しかし、身体には外敵の侵入を阻むバリアー(防衛機能)がいくつも備わっている。皮膚がそうですし、涙や唾液に含まれる殺菌物質もそうでしょう。異物を外へ運ぶ気道の繊毛や、強力な胃酸もバリアーの働きをします。
 それでも、幾重ものバリアーを突破して、外敵が体内の組織や血液の中にまで侵入する場合があります。
6  池田 それらの侵入者と闘うのが、免疫細胞の働きですね。
7  ログノフ 免疫細胞にはいろいろな種類があります。
 血液の流れにのって身体中を巡回し、異物の侵入に目を光らせているパトロール隊。異物を確認するとただちに攻撃をしかける迎撃部隊。異物の形に応じた「抗体」を作り、その毒性を弱める化学工作部隊。異物を察知して、各部隊を動かし、作戦の指揮をとる司令官……。
 まさしく、私たちの身体のなかで、ミクロの「宇宙戦争(スター・ウォーズ)」が際限なく繰り広げられているのです。
 池田 おもしろい(笑い)。「生」あるものは、みな闘っている。それは、生きていることの証ともいえます。
 ログノフ じつはガン発生の過程にも、免疫細胞とガン細胞との熾烈な闘いがあります。健常な人の身体においても、一日に数個のガン細胞が出現しているともいいます。
 ―― それで大丈夫なんですか。
 ログノフ 免疫細胞は絶えずガン細胞を捜し出し、食い殺して、ガンの発生を抑えているのです。しかし、ガン細胞の増殖のほうが激しくなり、免疫系とガン細胞の力関係が逆転すると、ガンが広がっていきます。
 池田 カズンズ博士は、人間の身体が本来そなえている「治癒系」、そしてそれを引き出す“精神の働き”としての「確信系」に注目していました。
 「希望」「歓び」「生への意欲」「信念」「愛情」などの肯定的な感情は、ガン細胞と闘う身体の免疫力を強める。身体にそなわる「治癒系」と、心のいだく「確信系」が共同して、病気の治癒に働くというのです。
 ログノフ そうすると、反対に「絶望」や「不安」、「憎悪」といった感情は、免疫力を弱めるわけですか。
 池田 ええ。そういう症例も、医師たちが指摘しています。
 ログノフ 人間の精神と肉体は、相互に関係し合っているということですね。
 ―― たしかに経験的にも、そういうことは言えます。病気にかぎらず、心身爽快が健康の基本です。
 ログノフ たとえば年長者であっても、青年の問題に対して敏感で思いやりがあり理解する人は、若々しく仕事ができると思います。
 池田 そうですね。仏法でも「色心連持」と説きます。色法と心法、すなわち肉体と精神が一体不二で連動して生命を継続していく。もともとの経典では、心身が連動して濁り悪くなっていくことが述べられていますが、もちろん良くなる場合も、肉体と精神は連動して変化します。
 心身が調和しつつ働き、自己の生命の向上へ、充実の方向へと回転していく。そこに「健康革命」というか、一つの理想があるのではないでしょうか。
8  仏法の説く「生老病死」の意味
 ―― 最近、「老化」も遺伝子によって起きるのではないかと、注目を集めていますね。
 ログノフ ウェルナー症候群という病気がありまして、この病気が現れると、若者でも年寄りのように老化してしまうのです。これは遺伝病とされています。今のところ、老化の仕組みは解明されていませんが、遺伝子レベルで老化をつかさどるシステムがあることも考えられます。
 池田 老化していくと、白髪になったり、髪が薄くなったり、背骨が曲がったり、皮膚が弾力を失ったりといった、身体的な変化が現れます。
 老化をつかさどる遺伝子があるということは、こうした老化現象も、あらかじめ遺伝子にプログラムされているということですか。
 ログノフ ええ。その可能性も出てきたといえるかもしれません。たんに細胞が生成し、増殖していくだけでなく、細胞それ自体の老化に関しても「老化遺伝子」が働くと考えられるのです。
 池田 DNAの中に、まさに生命の縮図がある。老化というのも、遺伝子のレベルでは、むしろ積極的な活動の一面を担っているようですが。
 ログノフ それと関連するのですが、受精後二カ月の胎児には、握り拳の形をしていた手の、水かきに相当する部分の細胞がなくなり、指が作られていく様子が見られます。ちょうど彫刻を作るときに、固まりを削りながら顔や手足を彫っていくような具合です。
 このように生まれたばかりの生命の中でさえ、DNAの情報にしたがって、自発的に消滅していく細胞があるのです。
 池田 なるほど。生命そのものの中に、生まれ、働き、老い、そして死んでいく、そうした本然のリズムが内在している……。
 ログノフ これまで「老い」や「死」は、生命活動の否定的な側面としてとらえられてきました。しかし、こうした観点からすると、みずから老化し、死んでいくことが、生命の本質的な性質といえるかもしれません。
 池田 それは、仏法の説く「生老病死」「成住壊空」という存在への根源的な視点とも、重なり合っていくものだと思います。
 ―― ところで、近年の「遺伝子工学」の発展ぶりには目を見張るものがあります。たとえば、糖尿病の治療で用いるインシュリンを産出する細胞のDNAを、大腸菌の細胞核の中に入れて、インシュリンを作らせたり……。
 ログノフ ええ。インシュリンは、以前はブタの膵臓から採っていたので、少量しか得られませんでしたが、遺伝子工学の技術によって、大量に採り出すことが可能になりました。
 また、医療の分野では、遺伝の発現をコントロールする「遺伝子制御療法」が生まれつつあります。この治療法は、遺伝子の必要な部分を活性化したり、抑制したりすることによって、患者自身の治癒力をあげるというものです。
9  人間のための「遺伝子工学」の途
 池田 「遺伝子工学」では、微生物に秘められた潜在的な力を引き出すことによって、食品、農業、畜産、鉱業、新エネルギーの開発、さらに環境汚染の浄化まで、幅広い分野での利用が考えられています。二十一世紀には、われわれが想像もしなかった変革が起きるかもしれない。
 ―― 海水中の石油を食べて、それを分解するバクテリアもいるそうですが。
 ログノフ ええ。一九八九年、アラスカ沖で起きたタンカーの石油流出事故のときには、原油の打ち寄せた海岸に、チッ素やリンなどを含んだ栄養剤を撒いて、“石油分解細菌”を増やし、環境浄化に効果をあげたという事例もあります。
 池田 また、マメ科の植物の根に存在するチッ素固定菌の開発利用など、農業肥料の開発も進んでいるようですが。
 ログノフ そのとおりです。チッ素固定菌には、チッ素ガスをアンモニアに還元する能力があります。現在、これらの菌からチッ素固定の能力を採り出し、それを遺伝子工学的に植物に与える方法が研究されています。
 大気の五分の四はチッ素です。この無尽蔵ともいえるチッ素ガスを植物が栄養として摂取できれば、大きな農業改革となることでしょう。
 ―― このような「遺伝子工学」の研究の進展がもたらすプラス面とともに、マイナス面も指摘されていますが。
 ログノフ たしかに、「遺伝子工学」による新しい微生物の出現は、自然のある種のバランスを崩す恐れがあるのも事実です。
 池田 人体への適用のさいの倫理性の問題もあります。遺伝子操作は、病気の治療に利用される以外にも、頭脳や身体の機能を変えたり、性格や精神構造にまで重大な影響をおよぼすなど、さまざまな可能性を含んでいます。ですから、一歩、使い方を誤ると、「人間改造」や「優生学思想」へと結びつく危険性もはらんでいます。
 ログノフ そのとおりです。そのような行為は、人間を破滅させるものです。
 池田 本来、人間のためにあるべき医療や研究が、人間や生命をモノ化し、逆に人間の存在を脅かす魔性へと転落していく。その“歯止め”をどこに求めるのか。また、科学者はもちろん、すべての社会の人々が、いかなる「生命観」をもって、自然とかかわっていくのか――これらはきわめて重要な問題です。
 仏教のトータルな「生命観」は、この点にあっても大いなる英知をもたらすと思います。
 ログノフ この問題は科学者だけでなく、政治、経済、文化等々、あらゆる分野の人々が知恵を結集して、真剣に対処していくべきことです。
10  科学の「分析知」と仏教の「智慧」
 池田 その一つの参考として申し上げたいのですが、仏法では人間の「知」を大きく二つに分けます。一つは「識」すなわち「ヴィジュニャーナ」で、いま一つは「智慧」すなわち「プラジュニャー」です。「ジュニャー」というのは“知る”という意味です。「ヴィ」には“分ける”という意味があり、「識」=「ヴィジュニャーナ」は「分析的な知」を意味します。「科学的な知」も、このなかに入ります。これに対して、「プラ」は“完全な”という意味で、「智慧」=「プラジュニャー」は「総合的な知」を意味します。
 前者は科学などの分析的な「知識」であり、後者はより全体的な「英知」といえるでしょう。
 ログノフ 「分析知」と「全体知」という視点は大事ですね。
 池田 仏法では、「分析的な知」「知識」も重視します。そして、その「知識」を使いこなしていくものが、「智慧」であるとしています。
 たとえば、自然観にしても、西洋と比べ東洋の思想には、自然と人間が調和しゆく“総合的な視座”があることは、よく指摘されるところです。
 ログノフ 人間と自然、そして人間と人間さえ分離された今日の世界で、人間は何より最高に道徳的なものを求めるべきです。
 池田 そのとおりです。たとえば、日蓮大聖人は「五智」ということを説いています。これは前にお話しした「九識論」とも関連します。
 ―― 「九識論」については、“夢と記憶”のところで、論じていただきました。
 池田 そうでしたね。
 「前の五識は成所作智・第六識は妙観察智・第七識は平等性智・第八識は大円鏡智・第九識は法界体性智なり」とあります。
 ログノフ 難解そうですが、どういう意義になりますか。
 池田 それでは、一つずつ説明していきましょう。
 まず、人間の五感に相当する「前五識」が、仏法の悟りに基づいたとき、「成所作智」となり、人々を救うための実践的な智慧として働きます。また、「第六識」は事物のありのままの姿を洞察する「妙観察智」という智慧に転じていきます。この「妙観察智」「成所作智」は、科学者の良心が科学的情報を吸収しつつ、正確に判断していくことに通じると思います。
 ログノフ 技術の悪用や、データの隠匿を見破っていくことですね。
 池田 次に、「第七識」は、自身と他者がともに平等で尊厳なるものであると知る「平等性智」という智慧になります。これは「優生学的発想」と対峙するものです。
 ログノフ 「優生学」というのは、本来の目的は、遺伝的な病気をなくすことにありました。ところが、その後、優秀な民族をつくるというファシズムに悪用されてしまいました。
 池田 「遺伝子工学」がふたたび、このような悪用を許さないためにも、すべての人間が平等に尊厳なる当体であり、ある種の人間だけを優秀とするような思想を拒絶する「平等性智」が必要ではないでしょうか。
 ログノフ まったく同感です。四番目の智慧はどういうものですか。
 池田 第四の「大円鏡智」とは、“欠けたところのない大いなる鏡”のように、万物のありのままの姿、実相を映し出す智慧です。この智慧によって、人間のみならず、あらゆる生命的存在が、互いに関連しながら、共存していく姿を洞察するのです。
 これは、自然を“支配する対象”として見るのではなく、自然のなかに人間と共通の生命を見いだし、共生していこうとする、仏法の「自然観」を生みだしていきます。
 ―― 最後の「第九識」というのは、「根本浄識」ということでしたね。
 池田 そのとおりです。「第九識」は、「法界体性智」としての智慧の光を放ちます。いわば宇宙生命そのものにそなわった智慧、宇宙根源の法の放つ光明であり、すべての智慧はこの「法界体性智」に支えられ、一体となって働く――この万人が共有する根本の智慧を湧現する「法」を説いたのが仏法なのです。
 ログノフ 宇宙と共鳴し、自然と協調しゆく科学技術への道を開くことは、すばらしい二十一世紀の実現に大切なことです。
 ―― 次は、人体という“小宇宙”から、ふたたび天空の“大宇宙”に目を転じて、「相対性理論」や「宇宙論」などをめぐってお話をうかがえればと思います。

1
2