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日蓮大聖人・池田大作

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第一章 二十一世紀の「科学」…  

「科学と宗教」アナトーリ・A・ログノフ(池田大作全集第7巻)

前後
2  新しき人類のテーマ「科学と宗教」
 ―― (司会)ログノフ博士と池田名誉会長の対談集『第三の虹の橋』は各方面からたいへん高く評価されましたが、時間のたつのは早いもので、発刊からすでに六年になります。
 ログノフ わが国でも、高い評価を得ています。ゴルバチョフ元大統領も全部読んだと言っておりました。
 ―― この対談集は多くの注目を集め、中国でも翻訳、出版されました。旧ソ連科学アカデミー副総裁でもあったログノフ博士と、日本の仏法の指導者である池田名誉会長との対談は、たいへんにユニークかつ画期的なものでした。
 今回は、さらに進めて、お二人のそれぞれの専門分野である「科学」と「宗教」の対談をぜひお願いしたいと思っております。
 池田 多くの人たちが深遠な物理学などを難解なものと思っておりますが、しかし、現代社会にあって、物理学そして科学というものを、もっとわかりたい、知りたいという願望を皆もっています。その意味で、世界的な物理学の権威であるログノフ博士に、私はアリが巨象にぶつかるような気持ちで(笑い)、うかがっていきたい。
 ログノフ 光栄です。ご期待に応えられるように、できるだけわかりやすくなるよう努力します。
 池田先生は私につねに遠大なテーマを投げかけてくれます。先生は答えをわかっておられるにもかかわらず聞いてくださるので、私に証明をしなさい、と言われているようなものです(笑い)。ただ私は科学のことは専門ですけれども、宗教のことはまったく素人です。
 池田 私はその反対に宗教のことは専門家ですが、科学、とくに物理は素人です。
 また貴国の歴史からみて、当然、唯物史観のうえから、宗教が否定的にとらえられてきた時代のことは知悉しております。
 ログノフ それはそれとして、私はご存じのように、党と国家の中枢におりました。
 しかし、じつは娘がある宗教を信仰していたんです。それで幹部である友人たちから、「なんとかしろよ。著名な唯物論の指導者の一家の娘が信仰してるなんて、まずいじゃないか」とずいぶん言われて、いやな思いをしました。
 池田 お嬢さんのことは、私もお会いしてよく存じております。
 ログノフ そのころから、なぜ、かわいい娘が宗教を求めたか。共産国家がエベレスト山のように崩れないと思われた時代から、なぜ信仰していたのかということも、今になって、なるほどと理解できます。
 生命という不可思議な心の次元の世界は、唯物主義、科学万能主義でははかりしれない。微妙な、もっと別の観点から見なければわからないものであると思っております。
 池田 科学者のなかでも、仏像とか具象化した神とかでなく、大宇宙の神秘の法則、人為によらない「調和の力」などの次元から、宗教をとらえ信仰したいという動きが見受けられますね。
 どんなに時代が変わり、科学が進歩しても、古代から宗教が生き残ってきた。個々には生成消滅を繰り返しながらも、宗教そのものは生きつづけてきた。そこに現実があります。
 ログノフ その意味において、私も勉強したいと思いますので、ぜひやりましょう。
 池田 「科学と宗教」は、これからの世界の課題です。今までは「戦争」と「平和」、「政治」と「経済」であった。それが今度は「人間」と「文化」、「科学」と「宗教」――こういうテーマが一つの人類の流れではないでしょうか。
 ログノフ 池田先生はいつも時代を先取りされます。先生とお会いするたびに、私は新しい世界が開ける思いです。今おっしゃったことは、わが国でも、また世界においても、二十一世紀の重大な課題になると思います。
3  ―― 現在、「科学」における倫理の問題が、さまざまな局面でクローズアップされております。一方、国際政治の舞台では「宗教」による紛争が依然として存在します。そうした意味からも、「科学」と「宗教」を“人間のため”という視点から見つめ直すお二人の対談は、まことにタイムリーだと思います。
4  二十一世紀に実現する科学の夢
 ―― そこで、初めでもありますので、まず、二十一世紀の科学はどこまで進むか、大いなる夢をお聞かせいただきたいと思います。
 ログノフ それは簡単なようで、なかなかむずかしいご質問ですね。(笑い)
 池田 ちなみに、私の恩師である戸田城聖第二代会長は一九〇〇年(明治三十三年)に生まれました。その翌年、すなわち今世紀の冒頭の正月、日本の新聞(「報知新聞」明治三十四年一月二日、三日付)に「二十世紀の科学技術」という未来予測の記事が出ています。
 ログノフ ああ、一九〇一年といえば、トルストイが教会から破門された年です。その後、彼がますます社会のため、平和のために働いたことは、ご存じのとおりです。彼も人類のために偉大な遺産を残しました。ところで、その未来予測は当たっていますか。
 池田 おもしろいことに、ほとんどが的中しているのです。新幹線、テレビ電話、七日間世界一周、拡声器、自家用車の普及、大学教育の大衆化などです。実現しなかったのは、人と動物の対話とか(笑い)、台風の防止などです。
 ログノフ 同じように今、百年後の地球を予測すると、人類は驚くほど大きな変化のなかに生きていることと思いますね。
 池田 つい先日、アメリカのNASA(米航空宇宙局)では、地球以外の文明からの信号を捕らえようと、十年越しの探査計画を開始しました。宇宙の彼方にいるET(地球外知的生物)との交信についてはどうでしょうか。
 ログノフ ひょっとしたら、どこかの星の高度な文明をもった知的生物が、すでに地球のことを知り始めているかもしれませんよ(笑い)。というのは、地球から出ている自然の電波というのは弱いんです。これに比べて、人工の電波というのは非常に強くて、しかも数十億倍も多い。その人工の電波が流れ始めたのは、たかだかここ五十年くらいのことです。
 池田 たしかにそうですね。
 ログノフ そこで、文明がありうる隣の星までの距離は三十光年くらいでしょうか。だから、この五十年の間に、もしかすると、われわれの人工の電波が届いているかもしれない。そして、向こうから、それに対する答えの電波も送ってきているかもしれないのです。
5  ―― 先日も日本人の宇宙飛行士・毛利衛さんがスペースシャトルに搭乗して、わが国でも宇宙がさらに身近になりました。
 池田 ええ。「地球は青かった」と語った貴国のガガーリン氏から数えると、毛利さんは二百八十二番目に宇宙へ飛び立った地球人になるそうです。
 ログノフ ずいぶん多くなりましたね。
 ―― 毛利さんが中学生時代、ガガーリン宇宙飛行士の映ったテレビに腕をまわして、一緒に肩を組んでいるように撮った写真(毛利衛『毛利衛、ふわっと宇宙へ』朝日新聞社)がありましたね。(笑い)
 ログノフ ロシアのチトフ飛行士は、宇宙ステーション・ミールで三百六十六日間、生活しました。二十一世紀には本格的な宇宙ステーションがつくられ、宇宙船も大型化し、さらに多くの人が宇宙へ行けるようになるでしょう。
 池田 ますます心の国籍は「世界市民」「地球市民」でなければならない時代ですね。
 ―― 博士のご専門である物理学の領域ではどうでしょうか。
 ログノフ そうですね。「重力」「電磁力」「強い力」および「弱い力」という物質に働く四つの力の「超大統一理論」が、確立できるのではないかと思います。
 池田 いよいよ全世界の物理学者の夢がかなうわけですね。この宇宙の実相も、さらに鮮明になっていくでしょう。
 ログノフ それから学問的には、「真空とは何か」といった問題とか、「素粒子の発生」や「重力波についての解明」が進むでしょう。そして、「宇宙の進化の解釈」もできるだろうと思います。
 池田 それは楽しみです。いずれも仏法に説かれる宇宙論・存在論とも密接に関連してくる問題ばかりだからです。たとえば「真空」ということについても、最新科学では「エネルギーの源泉」ととらえる説があるようですね。
 ログノフ そのとおりです。従来の「無」とか「虚無」といった考え方とは違います。
 池田 それは大乗仏教の「空」の概念に重なってくる予感をいだかせます。二十一世紀は東洋の英知の真髄がさらに注目される時代になると思います。
 ログノフ 私も仏教の洞察をぜひうかがいたいと思っています。物理学の先端の分野では、東洋の哲学に強い関心をもち、そこになんらかのヒントを求めようとする研究者も少なくないのです。
 池田 次に医学の分野で、ガンの克服は可能でしょうか。
 ログノフ 「ガンの克服に有効な薬」「エイズに効く薬」ができると期待しています。
6  ―― 日本の国立がんセンターの末舛恵一総長も「ここ五年から十年の間に、ガンは少なくとも八〇%は治るところにまでもっていきたい」(「朝日新聞」一九九二年三月二日付)と語っていました。
 池田 日本の科学技術庁の予測では、
  二〇〇六年エイズの治療法確立
  二〇〇七年ガンの転移を防ぐ有効手段の開発
  二〇一一年老人性痴呆症の予防法確立
  二〇一六年遺伝子治療の実用化
 などとなっています。健康で長寿の人生は人類の願いです。
 ログノフ そのとおりです。健康の問題はますます重要です。
 池田 エイズにもガンにも遺伝子の本体であるDNA(デオキシリボ核酸)やRNAが関連していますが、人間の遺伝子の解明もいちだんと進むでしょうね。
 ログノフ 遺伝子診断、遺伝子治療によって、ダウン症のような多くの先天性疾患の予防と治療が可能になるでしょう。
 池田 それは朗報です。では「細胞」は人工的に合成できるようになりますか。
 ログノフ 「無機質からの細胞の創造」、それから「細胞の分化のメカニズム」について研究が進むと思います。
 池田 脳とか心の領域ではどうですか。これは二十一世紀の大きな課題となると思いますが……。
 ログノフ そうですね。「記憶のメカニズム」がもっとわかるようになります。人間の脳をモデルにした「人工知能」も進歩するでしょう。
 池田 記憶力をよくする方法も発見されますか。(笑い)
 ログノフ 期待できると思います。でも、私自身は決して記憶力のよい人間だとは思っておりません。(爆笑)
 池田 読者も安心することでしょう。(笑い)
 ログノフ これで、だいたい十項目になりましたね。私が二十一世紀に解決できると確信している「十の科学的問題」です。
 技術の発展は、おのずからそうした科学的な成果に付随してくると思います。
7  池田 とすれば、二十一世紀の「技術革新」の目玉は何ですか。
 ログノフ 「超伝導材料の開発」です。
 超伝導とは、一定温度以下で電気抵抗がゼロになる現象のことで、普通の状態で物質に電気を流すと必ず抵抗が生じて、そのぶんエネルギーを失ってしまいます。ところが超伝導では、エネルギーのロスがなく、大きな電気を流せます。ですから、大幅なエネルギーの節約ができます。
 ただ、今の技術では、きわめて低温にしないと「超伝導」が起きないのです。
 池田 すると常温での「超伝導」は、エネルギーの大革命をもたらしますね。
 ログノフ そうです。実現すれば、事実上、全世界に革命的な影響を与えるでしょう。新しいエネルギー源といえるほど重大なことです。
 ―― 日本でも、すでに数年前から、超伝導を利用したリニアモーターカー(磁気浮上式鉄道)の試運転が始まっています。
 池田 医療の分野では、体の内部を鮮明に映しだすMRI(核磁気共鳴映像法)にも使われていると聞きました。核融合の磁石とか、発電機にも試みられているようですが。
 ログノフ まさにそのとおりです。超伝導は、何にせよグローバルな分野に波及効果をもっています。
 また、エネルギーの節約はそのままエコロジー(生態学)の対策に通じます。今のエネルギーのレベルでも、節約した分を海洋や大気の浄化、再生に使うことができるからです。
 池田 すばらしいことです。「地球環境問題」への対処は、次の世代への責任です。
8  「科学の発展」と「人間の幸福」
 ―― 日常生活の場面においては、どのような変化があるでしょうか。
 ログノフ まず、テレビのスクリーンが大きくなり、その供給(発信)装置はずっと小さくできます。機器を小さくすることは、事実上の発明ともいえるのではないでしょうか。
 池田 なるほど。映像時代を象徴するものになりますね。
 ―― 自動車はどうですか。
 ログノフ おそらく五年ごとに、電気自動車とか、太陽エネルギー自動車とか、かたちを変えていくでしょう。ただ、それも一時的現象でしかありません。どんどん変わっていくと思います。
 機械全体の原理はもちろん超伝導です。基礎となるコンピューターがさらに小さくなり、その能力が大きくなるでしょう。
 ―― 現在でも、世界で一年に約五千万台もの自動車が生産されていますから、こうした変化の影響は大きいですね。
 池田 自動車の交通事故対策も、いちだんと真剣に考えなければならないでしょう。日本では一九九一年、年間で一万一千百五名もの人が交通事故で亡くなりました。残念ながら、さらに増加の傾向にあります。とくに、未来ある青少年の事故はあまりに痛ましい。
 ログノフ じつは、ロシアでも交通戦争は深刻です。アフガニスタンの内戦で十年間に亡くなった人よりも、この一年間に交通事故で死んだ人のほうが多いのです。
9  ―― それと“人間精神の危機の時代”ということも忘れてはならないと思います。
 先日、発表された日本の文部省の調査(一九九一年度)でも、ショッキングな結果が出ました。学校の先生の間にも「心の病」が増えて、教師のうち千人に一人は「精神性の疾患」で休職しているというのです。
 ログノフ 私も長年、教育にかかわってきた一人として、痛感している問題があります。
 ご存じのように、かつてのソ連は宗教のかわりに共産主義を与え、宗教を排除しました。しかし、宗教が深遠な世界を求めるのに対し、共産主義はあまりにも現実的です。共産主義は等しく「モノ」を持てるようにすることをめざしたのです。
 池田 よくわかります。
 ログノフ そうやって多くの世代が育ってきました。ですから、今、人々は「モノ」を持つことを幸せに思っています。そこに私は世代的な危機を感じます。
 池田 これは世界的な傾向ではないでしょうか。
 ログノフ ただ、これは大都市でのことです。ロシアの農村部の人は今でも変わらず、一日汗を流して働き、よき友人をもち、よき伴侶とともに、よき子どもを育てることに幸せを感じています。
 池田 それこそまさしく、人間の人間としての幸福の味わいをもつお話です。
 ログノフ そういう誠実に生きる民衆の幸福観は、全然次元が違いますね。
 池田 おっしゃるとおりです。要するに、幸福は自分が自分自身として会得するものです。基準はあるようでないのです。人間が人間らしく、飾らずに生きぬいていく。その素朴にして、たくましき生命力のなかに、幸福の実像は躍動するのではないでしょうか。
 ログノフ そのとおりです。物質的繁栄だけでは「幸福」とはいえません。どうしても精神的充実が不可欠です。そこで、その精神的充実をどうやってつかむかが問題です。たとえば、読書などもあります。しかし、それだけでは十分ではありません。そこになぜ「宗教」が必要であるかという意義があると私は思います。
 私自身は特定の宗教はもっていませんが、人間にとっての信仰の必要性は強く感じます。
 池田 大物理学者の真摯な言葉として、深く私の胸に入りました。
 私の恩師である戸田第二代会長は、独創的な数学者であり、哲学者でした。その恩師はもう四十年以上前になりますが、こう言っておりました。
 「科学は外界を見つめて真理の世界へ進んだ。と同様に、宗教は生命の内面へ真理を求めて発展した。人類の幸福のために真理を探究する、この二つの潮流の根幹がわからなくては、科学と宗教の問題は理解できない」と――。高度な科学文明において、高次元の宗教が社会の光源になることを、恩師は見抜いていました。
 ログノフ ほほう、すばらしい。簡潔にして的確な指摘だと思います。
 池田 恩師は、「科学」と「宗教」が一致しないのは、原点を忘れ、堕落し形式化した宗教者側の責任であると、それは痛烈でした。ですから、恩師も博士とのこの対談を喜んでくれると思います。
10  「宝石の王者」ダイヤモンド
 ―― さて“二十一世紀の大陸”といえばアフリカです。池田先生はアフリカの指導者とも広範に対話を繰り広げておられます。南アフリカ共和国のデクラーク大統領とも会見されましたね。(一九九二年六月四日)
 池田 いたしました。大統領みずから、わざわざ聖教新聞社まで来てくださいました。
 ログノフ すごいことですね。大統領はロシアを訪問してから、日本に行かれましたね。
 池田 そうです。ゴルバチョフ元大統領についても、「部分的な改革を推し進めようとしていた。それよりも根本的な社会の改革をめざしたほうがよかった。しかし、世界を平和へと導いた功績は後世に必ず残るでしょう」と、率直に感想を語っておられました。
 ―― 南アフリカでは長い間アパルトヘイト(人種隔離政策)が行われてきました。池田先生はANC(アフリカ民族会議)のマンデラ議長とも会見されましたね。
 池田 二十八年ぶりに釈放され、活動を再開された年でした。私は多くの学生、青年たちと心より歓迎しました。
 ログノフ マンデラ議長はロシアでも有名です。
 池田 デクラーク大統領からも、マンデラ議長からも、正式に招待状をいただきました。ご招待に応えて、いつか必ず訪問させていただきたいと思っています。
 ログノフ 池田先生は世界中に友人がいる。驚きです。ところで、あそこは鉱物、なかんずく世界的なダイヤモンドの産地で、以前はそれをオランダに持っていって精錬していたようですが、たいへんに豊かな国です。
 池田 「南部アフリカを制する者は世界を制する」とは、その豊かな資源に注目した貴国のレーニンの言葉です。
 ログノフ そうです。有名な言葉です。
 池田 ただ、デクラーク大統領はユーモアを込めて、「どこの家の庭を掘ってもダイヤモンドが取れるというわけではありません」と語っておられました。(笑い)
11  ―― ダイヤの国の話になりましたから、まず、ダイヤモンドの話題からでどうでしょうか(笑い)。「宝石の王者」ダイヤは、対談の第一回を飾るにふさわしいと思います。
 ログノフ わかりました。科学でも、ダイヤは貴重な材料です。ガラスや金属の研削・研磨、ハイテクの素材など、工業用として不可欠の存在です。ダイヤの約八〇パーセントは工業用のものです。宇宙船の窓にも、ダイヤが使われています。
 池田先生、仏教には何かありますか。
 池田 そうですね。いろいろあります。たとえば、約二千年も前から、ダイヤを象徴した経典もあります。
 ログノフ それは何という……。
 池田 有名な鳩摩羅什が漢訳した『金剛般若波羅蜜経』という経典です。この「金剛」とはダイヤのことで、原語のサンスクリット語「ヴァジュラ」(vajra)は、「金石のなかで最も硬いもの」を表しています。イギリスのマックス・ミュラーという学者は、この経典を文字どおり『ダイヤモンド・スートラ(経)』と英訳しました。
 ログノフ なるほど。ダイヤは最初にインドで発見されましたね。
 池田 そうです。紀元前七、八世紀といわれています。インドでは相当古くから、石や槍などを研ぐのに、ダイヤが使われていたといいますし、釈尊にゆかりのある水晶の冠が、ダイヤで研磨されたという話(崎川範行『ダイヤモンド』共立出版)も伝えられています。
 ―― 東方に大遠征したアレキサンダー大王も、インドのダイヤと出合ったという伝説が残っておりますね。
 池田 かつてヨーロッパでは、ダイヤのことを「インドの石」と呼んでいたほどです。近代になって、ブラジルや南アフリカで発見されるまでは、インドが唯一の産地でしたし、ダイヤの単位の「カラット」も、計量に使ったインドの木の実に由来していますね。
 ログノフ よくわかりました。そのダイヤをとおして仏法が説かれていることは、興味深いですね。
 池田 仏典には、まるで百科事典のように、天文学や物質科学、医学など、当時の万般にわたる知識が網羅されています。
 恩師は、「釈尊が仏教教団を組織したとき、四諦の法輪にしても、十二因縁にしても、六波羅蜜にしても、妙法の世界観、宇宙観にしても、時の科学をリードして、生き生きと民衆を救った」と、よく語っていました。仏法はもともと科学的知識を大切にしたのです。
 ―― ロシアのダイヤも有名だそうですが。
 池田 クレムリンにも「ダイヤモンド庫」がありますね。三年前(一九九〇年)の夏、ゴルバチョフ元大統領と初めて会見した翌々日、関係者に案内していただき、エカテリーナ二世戴冠式の大王冠など歴史的名品の数々を拝見しました。まるで「おとぎの国」に来たようでした。
 第二次大戦後は、シベリアのサハ共和国(ヤクーチア)がダイヤの産地として有名になりましたね。
 ログノフ ええ。シベリアといえば、昔、多くの人は、ただ雪があるだけで何もないという見方をしておりました。しかし、モスクワ大学の創立者であるロモノーソフは、たいへんに先見の明のある科学者で、二百年前から、シベリアがロシアをより豊かにしていくだろうと予見していたんです。
 池田 私が心打たれるのは、博士はお会いするたびに、いつも創立者の話をされる。「原点」を大切にし、誇りとしておられることです。
 ―― ロシア語で、ダイヤのことを何と言いますか。
 ログノフ 「アルマス」と言います。この言葉は、おもしろいことに男性名詞です。
 ―― それは意外ですね。
 池田 いや、もともと、それは「征服されないもの」「無敵のもの」というギリシャ語の「アマダス」に由来する言葉ですね。その名のとおり、地球上で最も硬く、強い物質を象徴しているのではないでしょうか。
 ログノフ そうですね。ダイヤは硬さとともに、熱にも薬品にも腐食されにくく、たいへん安定した物質です。
 ―― では、仏法でいう「金剛」とは、何を表しているのでしょうか。
 池田 人間の生命に内在する「確固たる不動の境地」、つまり仏の生命を表象しています。そのゆるぎない、そして尊極な境界を「金剛不壊」「金剛宝器」とも表現します。また、釈尊が己心に襲いかかる魔を打ち払って悟りを開いた場所を「金剛宝座」と言います。
 ログノフ 尊極な人間生命を、この世の最高の宝石に譬えたのですね。ほかにも意味はありますか。
 池田 あります。これは通途の仏法になりますが、「金剛」すなわち、サンスクリット語の「ヴァジュラ」には、もともと「雷電」とか「落雷」とかの意味もあり、神秘的な「稲妻」をさしています。
 すなわち、「落雷」が鮮烈な「稲妻」を放って、どのように硬いものでも断ち切ってしまうように、仏の完全なる智慧の光明は、いかなる生死の苦しみも、根底から打ち破るということを表しています。
 ログノフ なるほど、なるほど。
 池田 ですから、先ほどの『金剛般若波羅蜜経』(ダイヤモンド・スートラ)という経典も、イギリスのエドワード・コンゼという学者によると、「落雷のように切断する完全なる智慧の経典」「雷電を遮断する完全なる智慧の経典」(中村元『続仏教語源散策』東京書籍)といった意義があるとしています。
 このように、仏法では、あらゆる「知識」を活用し、生かしていく「智慧」を根本として説かれています。
12  月や火星にダイヤはあるか
 ―― 「雪は天からの手紙である」といわれるのに対して、ダイヤを「地下からの手紙」(砂川一郎『宝石は語る』岩波新書)と呼ぶ科学者もいますね。
 ログノフ ええ、ダイヤはもともと地下の深いところで、きわめて高い温度と圧力によって結晶がつくられたと考えられ、そこに硬さの秘密があります。
 池田 そうすると、同じ炭素でできている鉛筆の芯(石墨)が軟らかいのに、ダイヤモンドだけが硬いのはなぜですか。
 ログノフ 「高圧」と「高温」のもとで結晶したダイヤのほうは結合力が強く、一つ一つの原子がそれぞれ他の四つの原子とガッチリと、しかも立体的に結合した構造になっています。
 これに対し、石墨は炭素原子の間の結合力が弱く、層が積み重なってできたような結晶構造になっています。だから軟らかいのです。
 池田 では、ダイヤモンドより硬いものが、この世の中に存在する可能性はありますか。
 ログノフ 間違いなくあると思います。実験室ではすでにダイヤモンドより硬い物質が人工的につくられ、新しい炭素の結晶として考えられています。したがって、地中百キロ、二百キロという深いところには、ダイヤよりも硬い物質が存在するのではないでしょうか。
 池田 私たちの足元の地球の内部は、まだまだわかっていないことが多いですね。(笑い)
 それでは、月や火星などでダイヤが見つかる可能性はどうですか。
 ログノフ 可能性はあると思います。もちろん、それは月や火星の内部で起こっているプロセスに関する知識をもとにいうことになりますが、おそらく大きな圧力もあるでしょうし、炭素もあるでしょうから、原理的にはありうると思います。
 池田 宇宙から飛んできた隕石の中からダイヤが発見されているそうですが。
 ログノフ ええ。一八八八年にロシアのジェロフェジェフとラチノフの二人が発見しました。その後、そうした発見はアメリカや、ドイツの学者によってもなされています。
 これは、微量なダイヤですが、隕石が地球に衝突したとき、瞬間的に発生する高温高圧のもとでつくられたというのが有力な説です。
 池田 人工ダイヤは、この隕石からヒントを得たというのは本当ですか。
 ログノフ そのとおりです。これは今世紀の科学技術の成果です。人工ダイヤには、いくつか製造法がありますが、一般的なのは、炭素を、ニッケル、鉄、コバルトなどの触媒とともに、数万気圧・セ氏二千度という高圧高温のもとで合成する方法です。人工ダイヤの薄膜は、低圧下でも合成が可能となり、次世代の半導体など夢の素材として、各国で開発が競い合われています。
 池田 人工ダイヤは、天然のものと同じ美しさになりますか。
 ログノフ それは、自然と同じように人間が物質をつくれるかどうかという問題です。理論的には可能なのですが、自然の環境のなかでダイヤが生成されるときには、純粋なものばかりではなく、他のものが混ざることもあります。しかし、それによってかえってダイヤの魅力も増すようです。
 池田 宇宙が創造した美の結晶には、かなわないわけですね。
 ロシアの作家のクプリーンでしたか、「ダイヤモンドは太陽の光が大地の中で凝縮し、時間によって冷やされたもの」と表現しておりました。人工だと、こういう深みある表現は出てこないでしょう。
13  内なる「生命のダイヤ」の光彩
 ログノフ ロシアのヤクート人の間に、おもしろい言い伝えがあります。
 ダイヤモンドは、悪いことをしないで、自然に手に入れた場合だけに、人を守り、強く正しくする力をもっている。
 しかし、往々にして、すばらしいダイヤは悪い人間に所有されているために、本来の力を発揮できないことのほうが多い……。
 池田 民衆の鋭い英知の目です。次元は異なりますが、釈尊が入滅の直前に説いたとされる『涅槃経』のなかに、「金剛身品」という一章があり、「如来の身は即ち金剛身なり」と記されています。
 そのなかで釈尊は、不正に蓄財し、私腹を肥やす聖職者の転倒を厳しく戒めています。
 そして釈尊が、なぜ仏がダイヤのごとき永遠常住の大生命を築くことができたのか。それは過去世に在家の国王として、腐敗した悪侶と徹底して戦い、正法を守ったからであると説かれています。
14  ―― 昔から、聖職者が悪事を働くのは変わりませんね。人を救うべき立場で、最も心が卑しいなんて論外です。
 ログノフ どの社会でも、大なり小なり、偽善者の悪との闘争は避けられません。トルストイも「偽善より悪いものはない」と言っています。
 池田 ところで、中世のヨーロッパではダイヤを研磨する技術がなく、宝石としてのダイヤはエメラルドなどよりも価値が低かったようです。上から数えると、十七番目くらいだったという説がありますね。
 ログノフ 天然にとれるダイヤモンドの原石は、半透明なただの小石で、そのままで輝くわけではありません。研磨して初めて燦然と輝くからでしょうか。
 池田 ダイヤは他の宝石と比べて、どうして輝きが違うのでしょうか。
 ログノフ 理想的な角度でカットされたダイヤ(いわゆる“ブリリアント型”など)は、光の屈折率がきわめて高いために、結晶に当たった光が裏側へ抜け出ることなく、内部で反射して、すべて元にもどってくる。そのために、まるで内側から光っているように輝きます。
 さらに、プリズムのように光を分散させる度合いも大きく、あのすばらしい虹色のきらめきを発するのです。
 ―― たとえダイヤは持っていなくても、わが心の宝石を最高に輝かせる人生でありたいですね。
 ログノフ 大事なことは、人間は創造者であるということです。人間は基本的に創造者としての人生を歩むべきだと私は思います。創造するためには、さまざまなことが必要になってきます。
 まず知性が必要です。生まれながらの知性と、さらに精神を磨いていく、育てていく。そうすることによって、仕事をしていく、何かをなしとげていく力が生まれてきます。
 池田 そのとおりです。博士の生き方に裏づけられた力強い言葉です。
 最も尊極な宝石は、自分自身の内奥に秘められている。その生命のダイヤモンドを曇らせる「瞋り」や「貪欲」や「愚癡」という煩悩への執着を断ち切り、「慈悲」と「勇気」と「知恵」の行動へ転じていく。そして自分らしい価値を創造しながら、人間性の輝きを限りなく発光させていく――この「人間」と「社会」と「宇宙」をもつらぬく根本的法則にのっとった人生を、仏法では「自体顕照」といいます。
 さらに大乗仏教の精髄が説く「金剛不壊」とは、「生命の永遠性」を象徴していますが、この点については、またあらためてお話しできればと思います。
 ログノフ ぜひお願いします。
15  未来を開く「生命論」「宇宙論」を
 ―― 最後に、今後取り上げる予定のテーマについて、読者のために、その大まかな項目だけでもお話しいただきたいと思います。
 先日のスペースシャトル「エンデバー」に関する報告が続々と発表されていますので、できれば次章はレポートもまじえながら、このあたりからお願いできればと思います。
 池田 いいですね。宇宙空間は「相対性理論」と「量子力学」の世界ですから、まさに博士の専門領域ですね。一般には難解な、この二つの現代科学の最先端の理論を、宇宙船に乗った気分でうかがいたいですね。(笑い)
 原子などのミクロな世界を支配する基本的な物理法則。マクロな世界で有効なニュートン力学などとは大きな違いがある。
 ログノフ わかりました(笑い)。「物質の究極とは何か」「素粒子の寿命はどれくらいか」といった話題から、「時空論」「宇宙は有限か無限か」といった問題にも取り組んでみましょう。
 ―― 宇宙飛行士たちは、宇宙空間で何を体験し、何を見、何を感じたか。池田先生は何人かの宇宙飛行士と会われておりますし、この点もぜひお願いします。
 池田 わかりました。また、身近なところでは「電気と電波」「光と鏡」といった、やさしい科学も取り上げたいですね。
 「冷蔵庫はなぜ冷えるのか」「電子レンジで温められるのはどうしてか」とか「鏡の原理」といった、日常の科学もお聞きしたい。
 ログノフ いや、じつはこれらのテーマは「量子力学」につながっていく重要な問題なんです。
 池田 アインシュタインの「相対性原理」も、光の速さについての素朴な疑問から生まれたと聞いています。このへんも、博士にわかりやすくお話しいただきたいと思っています。
 ログノフ どこまでご期待に応えられるかわかりませんが……。
 池田 それから、博士の取り組んでこられた「高エネルギー加速器」による研究は、世界的にも最重点の課題になっていますが、そこではどのような研究をされ、何が解明されたのか。
 また、その「ミクロの世界」と「マクロの世界」とがどのような関係にあるのか、量子力学の視点と仏法の視点から、一度論じておくのはどうでしょうか。
 ログノフ 賛成です。
 池田 また、オパーリンをはじめとする生命の発生に関する議論、ダーウィンに代表される進化論や人類の誕生など「生命と精神の領域」についても、博士のお考えをお聞きしたい。
 「恐竜はなぜ滅んだのか」とか、「人類を超える知的生物は存在するか」などの興味深いテーマも取り上げましょう。
 ログノフ この分野は、私の専門ではないものですから、この機会にしっかり勉強してみるつもりです。
 池田 心の領域というと、大脳生理学の分野ですが、ここでは「夢と睡眠」、それから先ほど出ました「記憶の問題」がありますね。具体的には、「頭のよくなる薬はあるか」とか(笑い)、「睡眠はどれくらいとればよいのか」とか、「夢はなぜ見るのか」についても、どうでしょうか。
 ログノフ いいですね。それから、生命の本質といわれる「遺伝子」も取り上げましょう。
 池田 生物学のテーマですね。私も仏法者として、できるかぎり思索を深めておきます。
 ログノフ 精神の分野に入ったところで、今度は、池田先生に本格的な「宗教論」をうかがいたいと思います。
 池田 歴史上、科学と宗教はさまざまな関わり方をしてきました。周知のように、西洋近代科学の誕生には、キリスト教とイスラム教が深く関わっております。また、インドや中国の科学にも、仏教をはじめとする東洋の宗教が貢献しております。
 ログノフ 池田先生には、人類史における「宗教」と「科学」の“相互関連”を踏まえて、いよいよ未来の人類のための「宗教論」「科学論」を展開していただきたいのです。とくに、「仏教」は未来の科学にどのように貢献するのかについて、おうかがいしたいと思います。
 池田 「生とは」「死とは」また「生命とは何か」、そして「永遠の生命」という宗教の根本的テーマについても語り合いましょう。仏法に説く「生命論」「宇宙論」こそ、ダイヤのごとき英知の光源といってよいと思います。
 ―― たいへん楽しみな、示唆に富む対談になりそうで、胸がわくわくする思いです。

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