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日蓮大聖人・池田大作

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「前進勝利の年」へ出発 戦おう! 断固と勝とう! 勇気と誠実 団結と執念で!

2006.12.20 随筆 人間世紀の光4(池田大作全集第138巻)

前後
1  「希望とは、私の羅針盤である」(N・ドブロンラヴォフ作詞の歌より)
 これは、あるロシアの詩人の歌の一節だ。
 さらにまた──
 「常に前方を見よ」(『老年について』高橋三郎訳、『ヒルティ著作集』10所収、白水社)
 これは、スイスの哲学者ヒルティのモットーであった。
 人間の目は、前を見るためにある。
 そしてまた──
 「進め! 進め!」「勇気だ!」(『愛・孤独・遍歴』〈中野好夫・小川和子訳、思索社〉の註より)
 これは、イギリスの詩人バイロンの若き叫びであった。
 人間の足は、前へ進むためにある。
 さあ、前進だ!
 新しい創価学会の前進が、威風も堂々と始まった。
 御聖訓には仰せである。
 「いよいよ強盛の御志あるべし、冰は水より出でたれども水よりもすさ凄冷まじ、青き事は藍より出でたれども・かさぬれば藍よりも色まさる
 創立七十六周年を勝ち越えて、明七十七周年へ、さらに創立八十周年の大佳節へと、我らの行進の三色旗は、いよいよ色も冴えわたっている。
2  御書には、厳寒の佐渡で、師の心を心として、勇敢に戦いゆく多宝の弟子阿仏房を、「北国の導師」%(御書1304ページ)と最大に讃えられている。
 「導師」とは、仏法によって人びとを導く偉大な指導者のことである。
 法華経の本門では、広宣流布を成しゆく「地涌の菩薩」の四人のリーダーである四菩薩を、「四導師有り」(法華経455ページ)と説かれている。
 日蓮大聖人は、この四導師の一人である浄行菩薩が、阿仏房に生まれ変わったのであろうかと賞讃されていた。
 冬将軍が到来し、北海道や東北、信越、北陸、福井、北京都、北兵庫、山光(鳥取・島根)など、各地に白雪が舞い、銀世界に包まれる季節となった。文字通り、現代の広宣流布の「北国の導師」たる、わが友が、毎日毎日、健康で安全・無事故であられることを、私も妻も、真剣に祈り続けている。
 新春には、忘れ得ぬ「雪の秋田県の指導」より二十五周年になった。
 とともに、あの折、留守を護り、各地で真剣に、大成功を祈り続けてくださっていた尊い同志の方々が、全県下に大勢おられた。純白の雪の如く清らかな、その深き真心を、私はどうして忘れることができようか。
 この陰の功労の友が、新たに「雪の秋田指導 栄光グループ」として、記念の新年勤行会から、晴れ晴れと新出発されると何った。
 私は、今再び、雪の秋田へ馳せ参ずる思いで、題目を送っている。
 さらに、.全国の津々浦々で、私と共に誠実一路、広宣流布に戦ってくださる、「偉大な地域の導師」である皆様方に万感の感謝を捧げたい。
3  「前進」! 中国の文豪・魯迅は、この前進の力にこそ、「生命」の本質を見た。
 「いかなる暗黒が思想の流れをせきとめようとも、いかなる悲惨が社会に襲いかかろうとも、いかなる罪悪が人道をけがそうとも、完全を求めてやまない人類の潜在力は、それらの障着物を踏みこえて前温せずにいない」(『随想録』竹内好訳、『魯迅文集』3所収、筑摩書房)
 我らは、一切の障害を乗り越え、魔軍を蹴散らし、限りなく前進する。
 これが、無限の大生命力の根源たる妙法を信仰する人間の強さであるからだ。
 「創価」とは「大前進」の異名である。「創価」とは「大勝利」の異名である。
 本年の十一月十八日、アメリカ議会図書館から、創立の父・牧口常三郎先生の講演記録が届けられた。
 あの大弾圧の折、特高警察に押収され、戦後、アメリカで保管されていたものだ。
 それは、六十四年前(昭和十七年)の十一月二十二日、法難の迫り来るなか行われた、創価教育学会の第五回総会での初代会長・牧口先生の師子吼である。
 そこに記された一節には、「言はねばならぬことをどしどし言ふて折伏するのが随自意の法華経であらせられると思ふ。故に我々はこれで戦って来たのが、今日の盛大をいたした所以であり、今後もそれで戦はねばならぬと思ふ」とあった。
 言うべきことを、声を惜しまず言いまくれ! 恐れなく、戦い進め!
 これが、初代からの永遠の遺訓である。
 なお、この総会の十日ほど前、牧口先生は、現在の西東京で奮闘する同志をねぎらっておられた。その有縁の天地で、今、第二総東京の同志は、明年の先駆を切って、北風のなか、勇気凛々と戦っておられる。健康と勝利栄光を祈りたい。
4  それは、昭和二十五年の師走のことである。
 師である戸田城聖先生の事業が破綻し、学会の理事長も辞任された、言い尽くせぬ艱難辛苦の冬であった。私は、悪戦苦闘の日々に、こう記した。
 「一日中、思いきり動く。先生に対する非難、ごうごうたり。私は、断然戦う。
 先生の大使命を、最も知っているのは、私だと確信する。......憤然として、命を張って、戦いきろう」(『若き日の日記』上。本全集第36巻収録)
 広宣流布の大師匠は、戸田先生以外には、おられない。必ず必ず先生に第二代会長になっていただくのだ。
 そして思う存分、大前進の指揮を執っていただくのだ。
 その時をつくるため、大難の嵐のなかで、私は、ただ一人、生命をなげうって、先生をお守りしてきたのである。
 悪逆のナチスと戦った、フランスの英雄ド・ゴール将軍は厳然と訴えた。
 「戦闘のまっただなかに、厖大な努力を尽して、われわれは生まれかわり、新しくなりかわらなくてはならぬ」(『ド・ゴール大戦回顧録』5、村上光彦訳、みすず書房)と。
 私の決心も同じであった。
 この試練のなかで、私は、一切を変毒為薬して、生まれ変わった創価学会をつくってみせると決断し、その決意で生き抜いた。戦い抜いた。
 偉大なる我が師・戸田先生のもと、師弟の魂が脈動する、新しい学会を築くことを、私は生命を賭して、強く強く祈り抜いていたのである。
 そして、事業の苦境を大きく打開して、ついに我が師・戸田先生を会長に推戴できる春を迎えた。私は、熱い涙が止まらなかった。
 一九五一年(昭和二十六年)三月の下旬。西神田の小さな小さな学会本部で、先生は宣言された。
 ──広宣流布の聖業を為すものは、断じて、われわれ創価学会以外にない!
 そして、烈々と叫ばれた。
 「いまはただ前進あるのみ。闘争あるのみ。もたもたしている弱卒にかかわっているときでない」と。
 この「前進!」の師子吼に呼応して、四月に入って間もなく、師と共に戦う陣列として、支部組織を一新した。
 そして時を移さず、学会内に、戸田先生の第二代会長。推戴の決意と歓喜が沸騰し、あの晴れわたる祝賀の五月の三日となったのである。
5  大文豪トルストイが着き留めた先哲の一節に、こうある。
 「愚人は賢者の傍に一生を送り乍ら、少しも眞理を織り得ない」(ビリューコフ編補『愛の暦』原久一郎訳、三笠書房)
 戸田先生の会長推戴の署名には、三千人の弟子の名前が記されている。
 しかし、そこには、「牧口門下」を鼻にかけた、戦前からの傲慢な幹部の名前はなかった。署名を拒否したのだ。それは、師弟の道への裏切りであった。
 創価学会が、「仏意仏勅の広宣流布の教団」として大きく発迹顕本した時、信心なき者どもは、牧口先生の唯一無二の後継者であられる戸田先生を、「広宣流布の師匠」と仰ぐことができなかった。
 そして多くの弟子が、ふるいにかけられるように、無残に脱落していったのである。
 「日蓮が弟子の中に異体異心の者之有れば例せば城者として城を破るが如し
 醜き慢心と嫉妬の輩は、あまりにも尊く美しい団結の城にはいられないのだ。
 「傲慢は地獄へ」(「自由に寄せる賛歌」高岡和夫訳、『ヘルダーリン全集』1所収、河出書房新社)とは、ドイツの大詩人ヘルダーリンの詩句である。
 「師弟相違せばなに事も成べからず
 ゆえに、師匠が明確に定まり、師弟が戦う「心」と「祈り」と「行動」を一致させてこそ、広宣流布の大願は成就する。そこにこそ、永遠の勝利と幸福の大道である成仏の血脈が、滾々と流れ通うのだ。
 戦う作家ロマン・ロランは謳った。
 「強いものは強いものといっしょに進むのだ」(『七月十四日』宮本正清訳、『ロマン・ロラン全集』9所収、みすず書房)
 これが、創価の師弟である。
6  先日、お会いした、フィリピンの気高き「教育の母」オリビア・デレオン学長(国立リサール・システム大学)は、創価の青年たちに、期待を込めて語っておられた。
 「どんなに裕福であっても、どんなに権力を持っていても、世俗的・物質的な財産というものは、いずれ失われてしまいます」「人生は、その人がいかに生きたかによってこそ、最善のものとなっていくのです」と。
 最善の平和と正義の道を、誇りも高く歩みゆく、創価の青年部へ、世界の知性の信頼は、一段と大きく広がっている。
 「青年・躍進の年」のこの一年、わが男女青年部は、実に多くの新たな若き「地涌の菩薩」を糾合し、壮大な拡大と成長を飾ってくれた。
 はや、明年の「前進・勝利の年」へ、勢いよく快進撃が始まっている。
 思えば、私が第三代会長に就任した時も、「躍進」から「勝利」へという、旭日の生命力のリズムで、青年部が全学会を牽引してくれた。
 今、原田会長、正木理事長の誕生に呼応して、新しい人材が、法華経の会座の如く、続々と雲集していることが、私は本当に嬉しい。
 イギリスの書名な作家オーウェルは達観していた。
 「何事も静止することはないのだ。代々受け継いできたものをふやすか失うか、より大きくなるか小さくなるか、前進するか後退するか、しかない」(『ライオンと一角獣』小野協一訳、『オーウェル著作集』2所収、平凡社)
 まったく、その通りだ。
 「前進」こそが、真の「後継者」たる証である。
 そして、その試金石こそ、「勝利」の二字なのである。
 「勝利に向かって前進するか、敗北の苦汁を味わうかのどちらかだ」(『わが祖国への自伝』野間寛二郎訳、理論社)とは、ガーナ建国の父・エンクルマ初代大統領の警句であった。
7  「仏法は勝負」である。ゆえに、断じて勝たねばならない。
 その勝負に勝つための力は、祈りの「題目」である。この「題目」という最極の勝利の利剣を持っていながら、用いないことは愚かだ。
 日蓮大聖人も敬愛しておられた中国の大詩人・白楽天は叫んだ。
 「賢者進めば則ち愚者退く」(白氏文集)――と。
 正義の賢者が、勝ち進むことこそが、時代を変えるのだ。
 そのためにも、大事なことは、「団結」の道である。
 あの人権の闘士であるキング博士の高らかな宣言が、私には響いてくる。
 「前方に横たわる課題に向けて準備をするに当たり、私たちは団結していくことを固く決意しながら出発しよう。共同して闘っていこう」(C・カーソン/K・シェパード編『私には夢がある M・L・キング説教集・講演集』梶原寿監訳、新教出版社)
 さあ、わが弟子たちよ! わが青年たちよ! わが専き同志たちよ!
 「勇気」と「誠実」、「団結」と「執念」の魂の炎を、勝利のために、ただただ勝利のために、昇りゆく太陽のように燃え上がらせていくのだ。
 そして、悔いなく偉大なる人間革命の人生の前進を!
 わが永遠の生命の胸中に、素晴らしき広宣流布の栄光の歴史を!
 明るく明るく、強く強く、共々に勝利の旗を掲げゆこうではないか!

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