Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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青年よ言論の闘士たれ 正義の師子吼で 創価は勝ちたり

2005.7.25 随筆 人間世紀の光3(池田大作全集第137巻)

前後
5  中傷記事で、私と学会を陥れようとした「月刊ペン事件」も、真っ赤な嘘で塗り固められたものであった。
 学会の隆盛に嫉妬の炎を燃やし、邪な意図をもって画策されたデマであった。
 厳正な裁判の結果、当時の名誉毀損罪では最高額の罰金刑が下っている。
 悪党どもは、まともな言論戦では勝ち目がない。だから、ありもしない社会的事件を捏造し、それを足掛かりに正義を攻撃する。事実無根であっても、デマが騒ぎになったこと自体を「事件」と称して、また騒ぐのだ。
 御書には、迫害の原因について「讒言」「讒訴」「讒奏」等と、幾度となく明言されている。「讒」とは「悪し様に中傷して人を陥れる」という意味である。
 大聖人の御生涯も、また、いわれなき中傷・デマとの戦いであられた。
 大聖人を「犯僧」(破戒僧)呼ばわりしたデマなどが巷に流され、悪用されていったのである。
 大聖人は、自身への誹謗に対し、「事を権門に寄せて日蓮ををどさんより但正しき文を出だせ」と反撃された。権威を借りて脅すよりも、肝心の証拠を出せ!見よ、何一つ出せないだろう!
 火を吐くような師子王の叫びであられる。
 「熱原の法難」の折にも、悪質なデマが使われた。
 日興上人による弘教に恐れをいだいた邪僧・行智らは、幕府要人と結託し、「苅田狼籍(稲の略奪)」の罪を捏造した。これが、無案の農民信徒を連行する大迫害につながったのだ。
 大聖人は、「苅田狼籍」は「跡形も無き虚誕(=嘘)」(「滝泉寺申状」、御書八五二ページ)と見破られていた。"行智が自らの悪行を隠そうとして種々の計略をめぐらし、何の根拠もない嘘で陥れようと謀ったものである"と、謀略の本質を喝破され、行智の悪行の数々を暴き出された。
 ともあれ、「人間も意気地なしと思われると、悪党どもから勝手なまねをされる」(『フィガロの結婚』辰野隆訳、岩波文庫)とは、フランスの劇作家ボーマルシェの言葉である。
 ゆえに、邪悪には、容赦なく責め抜くことが正しいのだ。
 魯迅は、「デマをとばしたやつの化けの皮をひんむいてやる」(『朝花夕拾』竹内好訳、『魯迅文集』2所収、筑摩書房)と憤怒した。
 嘘を「嘘だ」と言い切れ。人間を軽賤するデマは、鋭き言論で叩き切れ!
 正義と真実で戦うのだ。
 勇敢なる師子吼のなかに、大聖人の仏法の血脈がある。そしてここに、悪を見て見ぬふりをする精神風土を根底から変革する、最も着実にして正しき道があるのだ!
 詩人シラーは叫んだ。
 「勝利はわれわれのものであります。わたしは諸君の眼前にすでに勝利への道を拓きました」(『フィエスコの叛乱』野島正城訳、岩波文庫)
 私も勝った。一切のデマを打ち破り、荘厳なる師弟勝利の旗を打ち立てた。
 青年よ、後継の君たちよ!
 君の言論の勝利なくして、真の師子吼はない。青年らしく、勇敢に叫び抜け!
 「立正安国」の理想に燃えた君たちの敢闘で、精神革命の世紀を開くのだ!
 大歴史家トインビー博士は、こう断言された。
 「現代社会の病根を治すには、人間の心の内面からの精神革命による以外にない」(『二十一世紀への対話』。本全集第3巻収録)

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