Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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フランスの透徹した文人 アンドレ・マルロ一氏

随筆 世界交友録Ⅰ Ⅱ(前半)(池田大作全集第122巻)

前後
2  日本と世界の進路について──氏の目がふたたび光った。「根本的に重要なことは、なにが中心課題かを知ることです。‥‥現時点では、最も重要なものは人間ということになりましょう。あなたの眼には、人間にとって、なにが最も重要なものと映りますか?」
 「──人間自身の変革がどうすれば可能かということでしょう」。人間を変えずして、何を変えられよう。私は人間革命の理念を語った。「ここから前へ、さらに先へ、限りなく自分自身を超えていく」一人の人間の精神闘争。それが、社会に波動をあたえ、やがて全人類の宿命をも転換する。
 「人間の尊貴さは、その無限の可能性にあると信じ、そこに一切をかけ、それを規範として行動していきたいと思います」と。
 「期待しています」。氏の言葉の重みは、今も私の胸にある。氏は何度も私に「歴史的責任」「歴史的行動」への期待を語ってくださった。数世紀を見つめての行動という意味であろう。
 氏は「辻馬車から宇宙船まで、たった一世代のうちに変化をとげるのを見てきた」世代として、想像を超える二十一世紀の可能性を語られた。
 「いまから百年後に二十世紀文明と絶対的に異なる文明が起こりうるということが、当然、考えられてしかるべきでしょう。その場合、かつてヨーロッパにキリスト教がもたらした精神革命といったものが、ふたたび仏教によってもたらされないという保証はどこにもない、ということです」
 環境、核、人間形成、新しき騎士道、文化と宗教、社会主義の未来──前後二回の対話をまとめた一書に、私は『人間革命と人間の条件』(本金集第4巻収録)の題をつけた。
3  月光を浴びて立つ人
 ナチスからルーブルの至宝を守った美術史家ルネ・ユイグ氏とも私は対談集を編んだ。氏はマルロー氏と、レジスタンス以来の友人である。占領下のあるとき、両氏は夜道を車で走った。月が皓々と冴え渡っていた。「歩こう」。突然、マルロー氏が車を停めた。
 いつナチスに見つかるかも分からない。ユイグ氏は気が気でなかったが、悠然と歩むマルロー氏に続いた。ふとマルロー氏が、深いもの思いにふける面持ちで言った。「文明の中心は、かつてエーゲ海から地中海に移った。さらに地中海から大西洋に移ってきた。次は、きっと大西洋から太平洋に移っていくだろう」
 明日をも知れぬ戦時下にあって、はるかなる未来を展望するスケールの大きさにユイグ氏は驚いたという。「つねに大局的なものの見方のできる偉大な人物でした」
4  お宅を訪問した翌年の秋、マルロー氏の訃報が届いた。私には、氏が今も満天の星座を仰ぎ、あの長身に月光を浴びて立ち、声なき問いを発し続ける姿が浮かんでならない。
 「この永遠を前に、人間はそも何であろうか?」「人生が『ばかばかしく』ないために、現代人は人生にどんな『永遠の価値』をあたえられるのか?」「文明は『何のため』に? そして『どこ』へ?」と。
 今、社会の蘇生に必要なのは、安易な既成の解答ではない。全生命をかけた「大いなる問い」であり、「大いなる問い」を生き抜く求道の真摯さではないだろうか。
 そこにこそ、走り続けた人間探究者マルロー氏の不滅の遺産があると私は思う。
 (一九九四年五月一日 「週刊読売」掲載)

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