Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

「幻世紀のインド」へ駆けた若き宰相 ラジブ・ガンジー首相

随筆 世界交友録Ⅰ Ⅱ(前半)(池田大作全集第122巻)

前後
2  人類に必要なのは「釈尊の慈悲」
 迎賓館での会見は、首相が国会演説を終えられた直後だった。
 「釈尊の『慈悲』の精神こそ、人類生存の必要条件であります」
 「人類は心の壁を取りはずし、一つの家族として繁栄しなければなりません」
 私は仏法者として、演説での、この「インドからのメッセージ」に共感を語った。
 首相はつねに主張されていた。
 「インドの非暴力の精神とそ、平和を求める世界の財産です」と。
 温かみのある笑顔澄んだ、大きな眼。優雅で毅然とした物腰。天からつかわされたかのような不思議な魅力がある方であった。
 「青年こそ未来そのものです」と期待を語り、「女性」の地位向上への熱意を語られる首相に、私は二十一世紀の曙光を見た。
 大宰相へと、ぐんぐん伸びゆくであろう若木の巨大な可能性に打たれた。
 しかし──九一年五月、悲報が世界を駆けた。選挙の遊説中に、近づいた女性テロリストの自爆によってラジブ氏が爆死したのである。
 危険を承知で、「いや、私は民衆のなかに入るのだ」と突き進んだ結果であった。
 インド中が、時を止めた。新世紀が遠のいた。人類が半旗を掲げた。
 マハトマの直弟子パンディ博士は「悲しみを言葉にするすべがない」と嘆いた。
 「使命の完成のために、彼は命を投げ出した。彼に報いる道はただ、インドが調和と兄弟愛で国の団結を守ることだ‥‥」
 私も、友人である博士とまったく同じ気持ちであった。
 翌年、私は訪印して、首相の慰霊碑に花をささげた。
 そして、ソニア夫人をご自宅に訪ねた最愛の夫を亡くされて九ヵ月。悲しみは癒えようはずもない。私は夫人の目を見つめて、せめてもの励ましを送らずにおれなかった。
 「人生には暴風雨があり、暗い夜もあります。それを越えれば、苦しみの深かった分だけ、大きな幸福の朝が光るものです。一番、悲しかった人が、一番、晴れやかに輝く人です」
 「運命を価値に転換してください。宿命を使命に変えてください」
 「むずかしいでしょうが、振り向かず、前へ、前へ──それが貴国インドが生んだ釈尊の教えです」
 夫人は、にっこりと、うなずいてくださった。私はうれしかった。
 首相に贈った詩「獅子の国母の大地」(本全集第41巻収録)をご夫妻で喜んでくださり、身近な人とともに朗読されたとも、うかがった。
 私は思い出す。インディラ・ガンジー首相の暗殺直前の「最後のスピーチ」を。
 「私が生きるか死ぬかは問題ではありません。生ある限り、私は使命に進みます。そして私が死んだなら、私の血の一滴一滴は、『自由』にして『分断されない』わが祖国を養い強める糧となるでしょう!」
 ラジプ首相も同じ決意で立ち、生死を超えて、駆け抜いていかれた。
 これほどの決意で、民衆のために戦う指導者が今、日本にいるのか。不幸にして私は知らない。
 宿命といい、使命といっても、究極は自分自身が決めるものである。わが人生を何のためにささげるのか。その一念の強弱で、宿命に泣く敗北の人生ともなれば、使命を光らせる崇高な人生ともなろう。
 ラジプ首相の慰霊碑で、私はこう署名した。
  偉大なる大指導者は
  悲劇的に見える時もあるが
  それは永遠に民衆を覚醒するための
  偉大にして
  壮大な劇なのである
 ニューデリーの空を仰ぐと、首相の、あの寛やかな笑顔が見えた気がした。
 (一九九四年十月十六日 「聖教新聞」掲載)

1
2