Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

人類の課題に挑むローマ・クラブ ホフライトネル会長

随筆 世界交友録Ⅰ Ⅱ(前半)(池田大作全集第122巻)

前後
2  地球草命のために人間革命を
 第二代のアレクサンダー・キング会長を継いでローマ・クラブの会長になられたのが九一年一月。
 その直後、私は五人の識者とともに、湾岸戦争の回避へ「緊急アピール」をイラクのフセイン大統領に送った。識者の一人がホフライトネル会長であった。
 「人間の責任宣言」が出されたのは同年十一月のローマ・クラブ年次大会である。
 汚職、破壊、テロ、麻薬、国ぐるみの搾取、人権侵害、軍事介入、環境破壊──宣言では、これらの諸悪の根源は「責任感の欠如にある」としている。
 まさに正鵠を射た指摘であろう。
 保身のために民衆を犠牲にする指導者。現在のために未来を犠牲にする浪費社会。すべて「無責任」の一語に尽きる。
 ホフライトネル会長は一九二八年、スペイン生まれで、私と同じ年であられる。
 ご両親とも教育者であられた。氏が小学校に上がると、お父さんが校長先生。中学校はお母さんが先生。高校に行くと、二人ともその高校の先生になられていたという。氏がコロンビアの大学に教授として赴任されたときには、ご両親と三人で教鞭をとられた。
 学究のご一家である。お父さんは十四カ国語に通じ、お母さんは七カ国語、氏は六カ国語を身につけておられる。
 ご両親から学ばれたことは「人のために何ができるか」「どう尽くすか」という心であった。
 一度だけ、叱られたそうである。
 氏が八歳のとき、お父さんと道を歩いていた。氏は)何げなく、ポケットのコインをつかみ、遊び半分に投げ上げた。
 そのとき、お父さんは、じつに悲しそうな顔をして少年をにらみ、顔を軽くぶたれたという。
 「私は、その父の顔を今もって忘れません。父は、ものごとの善し悪しの基礎を教えてくれたのだと思います」──。
 米州機構(OAS)の教育計画・行政顧問、世界銀行の教育部門投資部・初代部長、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の理事、スペインの国立教育センター初代会長、教育科学大臣など、国内外の要職を歴任してこられた。
 二十代で、四十代、五十代の人の上に立って仕事をされた。そのため、早くから「何とかふけて見えるようになりたい」と願ってこられたという。
 氏の「指導者論」の核心は「学ぶ」ことである。
 「個人的な気持ちを言えば、私は『長』というよりも、むしろ、人々に尽くす『召し使い』でありたい。そのほうが幸せなのです。
 ローマ・クラブの同僚は、皆、すばらしい知識人です。私は、その弟子にすぎないと思っています。
 『つねに学ぶ』──私は、人生の意義はそこにあると信じているのです」
 この謙虚さに、氏のエネルギーの秘密があろう。
 時代の動きは速い。ゆえに「学ぶ」ことを忘れたら、ただちに取り残されてしまう。学ばないのは無責任に通じる。
 会長になられた翌年に出されたローマ・クラブの報告書は『第一次地球革命』(アレキサンダー・キング、ベルトラン・シュナイダー共著、田草川弘訳、朝日新聞社)。
 序文の中で会長は書いておられる。
 「地球的問題群を生み出すのも人間であり、その結果に苦しむのも人間である」
 「今回もまた、ローマ・クラブはやたらに地球の終わりを予言したがる、という批判を浴びるかもしれない。しかし、あえて必要な警告を発することこそ、我々の役割であり、誇りである。それはむしろ、『地球の終わり』を回避するために必要な第一歩と言うべきものである」
 仏教の教えに「賢人は安全なところにいながら危機の到来を嘆き、愚人は危険なところにいながら、いつまでも安全であってほしいと願う」とある。
 その意味で、ローマ・クラブには、まさに賢人の責任感がある。要は、世界の指導者と民衆が、どれほど賢人になるかである。
 『第一次地球革命』では、「新しい世界の新しい指導者」像を、九点にわたり提言しておられる。
 わかりやすく、まとめると次のようになる。
 ① 地球的問題群に対して、何をなすべきかのビジョンをもち、地球的視野で行動できること。
 ② 変革を起こし、変化に対応する力。
 ③ 功利主義に負けない倫理観。
 ④ 話しあい、意見を聞いたうえで、きっぱりと決断し、実行し、結果を出す力。
 ⑤ みずから学び、人にも学ぶ意欲を起こさせる力。
 ⑥ 状況が変化したとき、すばやく決定を変える力。
 ⑦ 方針を皆に分かりやすく伝える力。
 ⑧ 手段と目的をはっきり分ける能力。
 ⑨ 皆の意見、要望を聞く場をつくる意思。
3  会長ご自身が、こうした指導者像そのものの方であり、会長が研究されている「二十一世紀にふさわしい人間像」であられる。
 会長との初の出会いは、フランスのヴィクトル・ユゴー文学記念館の開館式であった(九一年六月)。スペインからわざわざ駆けつけてくださったのである。
 ユゴーは、フランスの一連の革命を「それは局部的な革命ではなく『人間革命』である」と明言している。
 その意味で、「地球革命の成功には人間革命こそが必要」と考える私どもにとって、これ以上の出会いの場所はなかった。
 二〇〇一年まで、あとわずか。
 「時」は待ってくれない。二十一世紀をいかなる世紀にするかは、私たち自身と「時」との競走でもある。
 (一九九四年十二月四日 「聖教新聞」掲載)

1
2